ある日、一人のお坊さんが団子屋の店先で草団子を食べていた。
すると、どこからともなく無骨な野武士が現れ、お坊さんに尋ねた。
「拙者、故あって諸国を放浪している者だが、ちとお尋ねしたいことがある」
ところが、お坊さんは返事どころか、男を気に掛ける素振りもない。
そんな態度が気に入らないのか、野武士はわざとらしく大袈裟に咳をして続けた。
「拙者は剣に生きる者として、死んだらどうなるのか心配で仕方がないのだ。
そこでひとつ、地獄と極楽とはどんなものなのか、お教え願いたい」
だが、お坊さんはあくまで無関心な態度を崩さず、黙々と草団子を頬張る。
「どうか、この通りだ。拙者のような無学な男に知恵をお授け下され」
野武士は頭を垂れて教えを請う。その姿を見て、お坊さんが初めて口を開いた。
「武芸者の分際で死後のことなぞ気にかけるとは、呆れたものだ。この腰抜けが」
この辛辣な言葉に腹が据えかねたのか、野武士は腰に下げた刀の鞘に手をやって叫んだ。
「人が下手に出ればいい気になりおって、クソ坊主がッ! すぐ謝れ! 謝らなければ切って捨てる!」
野武士の激しい剣幕にも関わらず、お坊さんは微塵も動じることなく、団子の残りを口の中に放り込む。
「おのれ、もう勘弁ならぬぅ! 死んで詫びろ!」
野武士は素早く刀を抜くと、大上段に構えた。
その顔は茹蛸のように紅潮し、額には薄っすらと汗が滲んでいる。
興奮のあまり、呼吸は激しく乱れ、ささくれ立った唇が微かに震えていた。
「これで最後だ。どうだ、謝る気はないか」
お坊さんは団子をゆっくりと飲み込むと、野武士を一瞥して微笑んだ。
「何を笑っておるのだ! もう許さんぞッ! 死ねぇい!」
野武士が頭上高く掲げた刀身を振り下げようとしたその瞬間。
「それが地獄じゃよ」
お坊さんが穏やかな声でそう言い放った。
野武士は口を開けたまま硬直し、やがて刀が重過ぎるとばかりに膝から崩れ落ちる。
そして、握った刀を脇に放り投げ、お坊さんの足元に擦り寄って深々と土下座した。
「あ、いや…拙者、何と申すべきか皆目見当が…」
お坊さんはゆっくりと腰を落とし、野武士の肩に手を置いた。
「それが極楽じゃ」