マイペースにチクチクとしてたらバンコクまでたどり着く

マイペースにチクチクとしてたらバンコクまでたどり着く

気の向くままにつづります
夫の転勤とともに南下し続け気づいたらタイまで来てました
2022年3月に本帰国済
宣伝目的のコメントに関しては即削除させていただいております
記事、プロフィール等なにも書かれてない方からのアメンバー申請はお断りします
ご了承ください

小噺のタイトルのようだけど

次女の担任から先日朝8時5分に電話がかかってきて早退してきた


そこからしばらく学校をお休みしたり遅刻したり


まだまだ長いトンネルは続きそうな感じ


彼女が言うには


にんげんがこわい

家を1歩出たら〇〇中学の1年☆組♡番の■■◎◎(次女の名前)で、でもみんなが思うそれと本当の◎◎とのギャップが苦しい

誰かと何かトラブルがあったというわけではない


あーなんか言ってることわかるー


小4で帰国してきてから何回も爆発したよね

転校してきて勝手がわからないのに周りにとっては当たり前なそれを教えてもらえなくてアンテナびんびんにはりまくってなんとか馴染もうとして…バーン!

クラス替えのたびに誰々ちゃんたちは1年生から同じクラスでうんちゃらかんちゃら…私は幼なじみと呼べる人がいないから…バーン!

謝ることが苦手なダブスタな担任にもあったねー


とか、とか、とか


真ん中っ子、大変だな


もっと気楽に生きればいいんだけどそれが上手くいかんのよね


元クララだもんな

あの時もメンタル起因で歩けなくなったんだよね


ここからはアラフォーおばさんの推測

↓↓↓

先月、体調崩してというかお腹の調子が悪くてというか結果BPのせいだったんだけど何日か学校を休んで


1週間ぶりくらいに学校に行ったら次女といつも仲良しのAちゃんBちゃんの幼なじみコンビが仲違いの決裂してて


Aちゃんが言う仲違いの原因と

Bちゃんが言う仲違いの原因が違ってるらしく


Aちゃんはほとぼり冷めるの待ちっぽいけど

Bちゃんからしたらもう仲直りする気はない


AちゃんともBちゃんともそれぞれは普通に次女と接してる

ただ、AちゃんとBちゃんは朝の登下校も別になってしまうほど距離が出来てしまった

保育園からの付き合いだったはずなのに


ここに若干の恋愛ゴト要素も加わってきてて…


↑↑↑


40もとっくにこえたオバさんからすると

うわーーーーめんどくせーーーーーーー

にしかならないけど

多感な13歳にはビシバシ色んなもの突き刺さるよなーと


これも本人は自覚なさそうだけどココロが苦しくなる原因のひとつなんじゃないかなーと


別にAちゃんのこともBちゃんのことも責めるつもりがあってここに書いたわけではないです

ただの記録のつもり


いつも思うのは私は何をしてあげられるかなってことと本人にはつらいかもしれないけど親と子、というか人と人として向き合う時間がまたひとつできたなってこと



歳が大きくなればなるほどいろんなことが難しくてもどかしい



有難いことに今の担任の先生がとても歩み寄り方が上手というか理解が深い方で緩急をうまくつけてくれていること

何が緊急事態で何は様子見なのかの判断が的確


ほんとありがたくて頭が下がりまくります


最初の早退の理由は頭痛と吐き気だったんだけど私からその裏にある心の状態を伝えたところサッとスクールカウンセラーの先生のスケジュールを確認してくれたり、保健室とは別室の心に不安がある子向けの避難教室への道を作ってくれたり、でも常に先を見て話をしてくれる

押し付けがましいことはなく、思い込みとかで突っ走ることもなく、否定するでもなく、とにかく自然でかつ心強い


家族としてはそういう存在がいてくれることがほんとにありがたい



いつも口癖のように言うけど

私は我が子について万年初心者なので

ほんっっとわからないことがありすぎる

マニュアルがいつか完成する時がくるんですかね



この記事をいつか笑ってそーだったそーだったと読めることを願います


先ほど岸田奈美さんという方の【私がほしかった遺書の話】を読んだ



その中にあった

「もういない人からもらう言葉って、

宝物にもなるし、呪いにもなる」

これにすごく共感した


私は父と最期の別れみたいな明確なものが無かったので父からは遺言とか遺書とかいったものは受け取ってない


だから父が何を思ってたのかよくわからないまま今、生きてる


この歳になると、というか節目節目で

夫と初対面の時はどんなだったんだろうなー

とか

お父さんは私の花嫁姿、見たかったかなー

とか

娘たちとはどういうふうに接したんだろうなー

とか

息子とはどういうふうに接したんだろうなー

とか、とか、とか


思う時もある



とはいえ、父との暮らしは20歳の時が最後なので

その後、一度だけ家に父から電話が来たのを取ったのが会話としては最後かな?なので

父とは将来のこととかあぁして欲しいとかこうなって欲しいみたいのは聞いたこともないし

あんなにワープロ使って文章を色々書いてた人なのにそういう類の文章は一切残ってなかったので

父が何か私たちに伝えたかったことがあったかどうかすらわからない


生前の父が私たちの幸せや健康を願っていたような気配はないのできっと何も思ってないんだろうなくらいに考えてる


まあ今となっては何も無かったからこそ私は変な呪縛みたいなもの無しに生きてられるわけで


正直、まだ存命な母の想いみたいなのが現状とても重くのしかかってるので


冒頭に書いた岸田さんのコトバに首がもげるほどに頷けてしまう


母の「あーするな」「こーするな」「あーしなさい」「こーしなさい」「ふつう………すべきでしょ」みたいなのはすごく私に足枷となってついてきてるけど

ふと思い返したときに浮かぶ父のコトバは意外なことに生活の知恵レベルな内容だけど私の今に活きてるのだ


人生を出来れば68歳あたりで終えたい私としては

そろそろ終活的なものも視野に入ってて

娘や息子たちに何かを遺した方がいいんだろかとよく考える


のこすなら…父みたいな生活の知恵を遺せるように生きようかな


夫がどう思うかわからないけど

私はお墓はいらない

遺影ものこしたくない

葬式も最低限でと言いたいけど

葬式って結局遺った人たちの心の整理の場なのでここは遺った人が満足いくようにしてもらえれば

働いてるわけでもないので金銭的な財産も大してないし




やっぱり私は

「幸せに」

とか

「みんなで仲良く」

なんて呪いのコトバではなく


トマトの六等分の切り方とか

ゴミをコンパクトにまとめる方法とか

焼き鳥のタレの調味料の割合とか


そんなことを子どもたちや夫に伝えてから旅立ちたい




1年ぶりの記事がこんなで失礼しました



こんなこときっと後にも先にも起こりえないことだと思う


今日は朝からバタバタしていた


次女の絶対忘れたらいかんかったはずの忘れ物を届けたり


一畳菜園に秋冬野菜を植えたり


長女に頼まれた買い物のメモに書かれたものの品番が間違っていたり


とにかくイレギュラーなことが次から次へと起こって


やっとひと息つけたのが昼だった


外作業で汗もかいたし塩たっぷりの塩むすびを食べようと思った


自分が食べるものなので手にこれでもかと塩をつけてにぎった


このやり方が一番好き


自分が食べるものだしお皿を使うのも面倒でとりあえず、と炊飯器の内釜の中ににぎったおむすびを仮置きした


振り返ってラップを棚からとり、一旦キッチンに置く


海苔を冷蔵庫から出しながら片付けもしようとあれこれをシンクに置いた


とりあえず、使ったものを水につけよう

カピカピになると洗う時めんどうだから


そう思ったので水を出した


ふと気づいた


あれ?おむすび、どこだ?


ぎゃー!おむすび、水浴びしてる!!


慌てて救出!


まだ原型をとどめてる!!


セーフ!


どうするかなんて悩むまもなく私は無心にそれをしぼった


そう、おむすびをしぼった


おむすびをしぼったのだ


文字通りぎゅーっと両手で上下から圧をかけて


ほんの数秒の間の出来事


ふと我に返って気づいた


私、だいぶ疲れてるな


帰宅した息子と娘にこれを話したら涙を流しながら笑ってくれた




じゃ、いっか

家族が笑ってくれたし



きっとこの先同じ経験をすることはないと思って久々だけど記事にしてみた




我が家の子育て

子どもたちの間のことは自分たちで話し合いをするのが基本


タイにいる頃から…というか長男と話が通じるようになってから始まった…のかな


ケンカの仲裁とかも私はあまりしない

もちろんお互いの手が出ない範囲で


一番の理由はめんどくさいからなんだけど笑

なんか私がまあまあ親から抑えつけられて育ったからってのもあるのかも




私は家族って共同生活なのでお互いの思いやりがないと簡単に崩壊すると思ってて

体調不良とかもその崩壊のひとつに含まれるんだけど


私は専業主婦だけど無敵でもないし不死身でもないし

私の持ち時間も家族みんなの持ち時間も1日24時間なのは同じだし



って前置きが長くなったけど

我が家は色んなところに当番表がある

しかも気付くと増えてる


先日もリビングのドアのガラス部分にひとつ増えてた


「麦茶当番」って書いてあった


要は日曜から木曜の夕方に麦茶を作る担当を決めたらしい


麦茶ね、私はほぼ飲まないのに

毎日私が作るのが納得いかなくて

だからといってボイコットしたらお水のボトルの減りがめっちゃはやくなっただけだったので

「なんかおかしくなーい?」

と子どもたちに呼びかけてみたら気づいた子がやるようになって


でも気付けばほぼ毎日やってるのが次女になって

今度は次女がフツフツと怒りがたまってきたらしく

「私ばっかりっておかしくなーい?」

って姉と弟に怒った結果、当番表が出来てた


何も言わなくても【メイン】【サブ】って1人の責任にならないようにしてあった


みんなが飲むもの、みんなが学校に持ってくものだからね


他には「メダカ当番」「風呂の順番」とかとか色々ある

タイの頃も「シャワーの順番」「部屋の電気消す」とかあったな

やってみておかしいと思ったら再度話し合ってる


風呂は入れる人からってしてたらどんどん遅くなって最終的に大人にしわ寄せ(お湯冷める、電池切れでシャワーで済ませる、晩酌がいつまでも出来ない)がくるのが耐えきれなくて

「おかしくなーい?」

って声掛けたら表が出来てた



基本、私は問題提起する時はあるけど介入はしない

親(私)が首突っ込むとだいたい長続きしないので



当番表があると「今日誰だっけ?」「今日は私?」みたいに確認するくせがついたし、多分責任感みたいなのも持つようになった…気がする



そして何より私のイライラがかなり減った!

私のイライラと当番表の数は反比例してるのかもしれない!笑





ふふふ

我が子の早期自立(自律)計画、着々と進行中