過去の今夜の『夜のヒットスタジオ』と『ザ・ベストテン』だヨ(=^◇^=) | J.BO∅WYの気になる過去の今日の出来事だヨ(=^◇^=)

J.BO∅WYの気になる過去の今日の出来事だヨ(=^◇^=)

過去の今日、『太陽にほえろ!』のどのエピソードが放送されたかを後悔なく公開するブログでしたが、
2023(令和五)年2月2日(木)曜日に突然、きまぐれに気が変わってしまい変更しました土佐ヨ(=^◇^=) 
いうことでどうか④⑥③⑨お願いしますm(__)m(__)m

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 ┃ 『夜のヒットスタジオ』司会一代目:前田武彦・芳村真理  ┃
 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
  ※1974年以前の放送VTR現存確認OK♂♀ <2008(平成20)年現在②本目>
 ┌─―――――――――――┐㊦↓1977.11.4放送分
 |♪オープニングメドレー♪|白黒映像■http://youtu.be/EKnRU0usY1k
 └─―――――――――――┘今夜の視聴率・・・33.4%
  <ブルーライト・ヨコハマ>伊東ゆかり
         <虹色の湖>いしだあゆみ
       <小樽のひとよ>中村晃子
      <誰もいない処で>鶴岡雅義と東京ロマンチカ
        <涙の連絡船>小川知子
     <ひとりにしないで>都はるみ
          <花と蝶>園まり
        <恋のフーガ>森進一
        <恋のフーガ>ザ・ピーナッツ
 ┌─――――――――――――――――――――――――――┐
①|歴代出演歌手-前田武彦・芳村真理司会時代Ⅰ(1968~1969)|
 └─――――――――――――――――――――――――――┘
‡第0017回 1969(昭和44)年 2月24日(月) ザ・ピーナッツ、伊東ゆかり、園まり、森進一、
                   都はるみ、いしだあゆみ、小川知子、中村晃子
 ┌─―――――――――――――――――――――――――――――┐
②|歌謡曲黄金時代と夜のヒットスタジオ-曲目リスト(2)69年1~2月|改訂版
 └─―――――――――――――――――――――――――――――┘
  ♪ブルーライト・ヨコハマ♪ いしだあゆみ (初出演) ※小川知子が付き添い襟裳男がハンカチ王子に
        ♪初恋のひと♪ 小川知子 ※歌唱中泣きの三人勢ぞろい http://youtu.be/EKnRU0usY1k
      ♪好きになった人♪ 都はるみ (初出演)
 ┌─――――――――――――――――――――――――┐
③|【総括】夜のヒットスタジオ・年表Ⅰ(1968,11~1971,3)|※泣きの夜ヒット②夜目(>▽<)
 └─――――――――――――――――――――――――┘◎いしだあゆみ、小川知子が番組内で号泣するハプニングが起きる。1969(昭和44)年 1月27日放送の中村晃子のケースと共に「泣きの夜ヒット」と称される端緒となる。演
 ┌─―――――――――――――――――――┐
④|夜ヒット継続の転機・「泣きの夜ヒット事件」|※①番㊦↓に詳細がありますヨ(>▽<)GO♂
 └─―――――――――――――――――――┘ 
 1969(昭和44)年 1月27日(月)放送 ⇒ 中村晃子が号泣(>▽<)
‡1969(昭和44)年 2月24日(月)放送 ⇒ いしだあゆみと小川知子が番組内で号泣(>▽<)
⑤♪ブルーライト・ヨコハマ♪を歌唱しながら号泣中のいしだあゆみをハンカチでふいてあげる優しい襟裳男・森進一

映像◆今夜挿入 いしだあゆみ ブルーライトヨコハマ https://youtu.be/z89-S8XChrc
①http://blog.goo.ne.jp/resistance-k/e/cfa22197162eba79b973b135a5bd830e
②http://blog.goo.ne.jp/resistance-k/e/f92c3818b58f247c0378ee274cfccbf5
③http://blog.goo.ne.jp/resistance-k/e/beea63089ecfd0c24b4fb4621db5b91d
④http://blog.goo.ne.jp/resistance-k/e/ab924f53bf441b8daf5588eb37af17f7
⑤http://video.fc2.com/content/20101208fvRfgFc4

 映像◆『かたらふ』ぼくたちのスタア 藤井隆が想い出の夜ヒットを語る・後編 https://youtu.be/EJ7mJGDVUFw
 映像◆『かたらふ』夜のヒットスタジオ特集 後編 https://youtu.be/bhxZgcE34TE
 2016.08.27(土)放送 小堺さん司会と藤井隆さん
 1984.02.06(月) 狂気に満ちた演出 戸川純 ♪玉姫様♪ ピンクのドレス&とんぼの羽
‡1969.02.24(月) 小川知子「恋人からのメッセージ」曲中に号泣!?
  あの時のテープ録音したのがあったので小川知子に贈る前田武彦
  左側・中村晃子が「泣くのをやめなさいよ!」と小川に言う。右側・いしだあゆみ
 1969.01.27(月) 「泣きの夜ヒット」名物コーナー「コンピューター 恋人選び」
 藤井隆と一緒に観たい夜ヒットの名珍場面集
  名珍場面集① 三波伸介の悪ノリで歌に集中できない小柳ルミ子
  名珍場面集② TUBEの名前を間違える司会・井上順「ウェーブの皆さんです」
  名珍場面集③ セットの鳥が急に飛んで びっくりする 岩崎宏美
  名珍場面集④ 白いドレスに赤ワインをこぼす 梓みちよ
 1987.09.02(月) 夜ヒットに出演していた 小堺一機 歌手・小堺一機(31)
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 ┃ 『夜のヒットスタジオ』司会二代目a:芳村真理・三波伸介・朝丘雪路  ┃
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①|歴代出演歌手―芳村真理・三波伸介司会時代(1974~1976)|
 └─―――――――――――――――――――――――――┘
‡第0329回 1975(昭和50)年 2月24日(月) スリー・ディグリーズ、五木ひろし、和田アキ子、
                   殿さまキングス、アグネス・チャン、桜田淳子、ほか
 ┌─――――――――――――――――――――――――――――――――――――――┐
②|夜ヒット・初出演データ(10) 司会者不在→芳村・三波・朝丘時代(1973,10-1976,3)|
 └─――――――――――――――――――――――――――――――――――――――┘
‡第0329回 1975(昭和50)年 2月24日(月) ♪にがい涙♪荒野のならず者♪ スリー・ディグリーズ
                   ※これを契機に海外アーティストの出演機会が増え始める
 ┌─――――――――――――――――――――――――┐
③|【総括】夜のヒットスタジオ・年表Ⅲ(1974,4~1976,3)|
 └─――――――――――――――――――――――――┘女性R&Bボーカルグループの大御所・スリー・ディグリーズが来日・初出演。代表作♪荒野のならず者♪のほか、日本語で♪にがい涙♪を披露。また、オープニングメドレーにも参加し、アグネス・チャンの♪ひなげしの花♪に挑戦
①http://blog.goo.ne.jp/resistance-k/e/01012ceff2b26199c8c4289afd6a847e
②http://blog.goo.ne.jp/resistance-k/e/e9076525754d4fda5df0b443ce4adea8
③http://blog.goo.ne.jp/resistance-k/e/13bb4fd69591c7817f64b01cdbc248cb
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 ┃ 『夜のヒットスタジオDELUXE』司会五代目:古舘伊知郎・柴俊夫 ┃
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①|歴代出演歌手―芳村真理・古舘伊知郎司会時代Ⅱ(1987~1988)|
 └─―――――――――――――――――――――――――――┘
‡第1002回 1988(昭和63)年 2月24日(水) 五木ひろし、アリス、沢口靖子、田原俊彦、細川たかし、
                   TM NETWORK、中山美穂、RA-MU、渡辺美奈代、神野美伽
 ┌─―――――――――――――――――――――――――――――――――┐
②|夜のヒットスタジオ・初出演データ(2) 古舘・柴時代(1988,2-1989,9)|
 └─―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
‡第1002回 1988(昭和63)年 2月24日(水) ♪Fishnet(フィッシュネット)♪ モーリス・デイ
                        ♪愛は心の仕事です♪ RA-MU(ラ・ムー)
 ┌─―――――――――――――――――――――――――――――――――┐
③|【総括】夜のヒットスタジオ・年表Ⅹ(1988,2<第1001回>~1990,10<最終回>)|
 └─―――――――――――――――――――――――――――――――――┘◎新司会者として柴俊夫が登場、古舘・柴の男性2人司会となる。◎菊池桃子、ロックバンド「RA-MU」ボーカルとして登場。♪愛は心の仕事です♪を披露
 ┌─―――――――――――――┐
 |『夜ヒット』今夜のエピソード|1988年1月~2月のマンスリーゲストはいないヨ(=^◇^=)
 └─―――――――――――――┘中山美穂 ♪You're my only shinin' star♪
 http://youtu.be/PHcj4-h8ZJA
 <iframe width="960" height="720" src="https://www.youtube.com/embed/PHcj4-h8ZJA" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>
 ┌─―――――――――――――┐
④|『夜のヒットスタジオ』司会者|
 └─―――――――――――――┘第1000回までは基本的に芳村真理を軸に男性パートナーが交代し、第1002回目からは古舘伊知郎を軸にパートナーが交代する形で司会者が変遷した。『夜ヒット』4分割後の『SUPER』以外の司会者については#派生番組を参照。
 ┌─――――――――┐通算出演 第123回
⑤| 今夜の田原俊彦 |♪夢であいましょう♪ (3回)
 └─――――――――┘MC ⇒ 柴さんと「ACB」の想い出
         エピソード ⇒ 司会 柴俊夫登場
①http://blog.goo.ne.jp/resistance-k/e/8656d50951a618ed615a3ebb733fda6f
②http://blog.goo.ne.jp/resistance-k/e/7e5837ea2c6a869a7ba372d34642b447
③http://blog.goo.ne.jp/resistance-k/e/b53c0a9c9a4360f59bbd422319982458
④http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%9C%E3%81%AE%E3%83%92%E3%83%83%E3%83%88%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%82%B8%E3%82%AA#.E5.8F.B8.E4.BC.9A.E8.80.85
⑤http://www.104ttdp.com/tt/musicpro/yoruhit/yh-88.html
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 ┃『夜のヒットスタジオ』┃
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 1968(昭和43)年11月04日(月) 22:00~22:54 開始
 1985(昭和60)年03月25日(月) 22:00~22:54 終了
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 ┃『夜のヒットスタジオDELUXE┃
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 1985(昭和60)年04月03日(水) 21:02~22:52 開始
 1989(平成元)年09月27日(水) 21:02~22:52 終了
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 ┃『夜のヒットスタジオ SUPER』┃
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 1989(平成元)年10月18日(水) 22:00~22:54 開始
 1990(平成二)年10月03日(水) 22:00~22:54 終了
 http://blog.goo.ne.jp/resistance-k
 https://ja.wikipedia.org/wiki/夜のヒットスタジオ
 https://ja.wikipedia.org/wiki/夜のヒットスタジオ出演歌手一覧

 ①:生歌・生演奏の特質が露骨に活かされたのが、かの「泣き」事件の数々でしょう。ワタクシは、VTRも残っている、いしだあゆみと小川知子が同時に泣いた回は、ちょっと覚えておりません。しかし他にもゲストが泣き出してしまった回はありました。その時の女性歌手が誰だかは忘れましたが、歌っている最中にうずくまって泣き出してしまい、歌は中止されました。子供であるワタクシは何がなんだかわからず親に尋ねましたが、親も何がなんだかわからなかったようです(笑)。いしだあゆみについては、この番組のウリの一つだったコンピューター恋人選びで、恋仲が噂されていた森進一が出てしまい、それでその後の歌で泣き出したのです。心中は本人しかわかりますまい。ただ、この時に森も出演していて、いしだが歌うのを励ましております。コンピューターの結果ともども、或る程度までは演出だったわけです。泣きまで行ったのは、スタッフにすれば最上の結果だったんでしょう。続く小川は、恋人だったレーサー福沢幸雄の死後まもなくで、小川が以前に出演した際に、前田と福沢の電話での会話を録音していたテープを、歌の直前に彼女に渡したのでした。「テープをここで聞かせたりはしないよ。だから手に持って歌ってね」そら、泣け!ちゅー事やないかい(笑)。とまあ、2つとも或る意味ヒキョーと言うか、生番組の盛り上げ方を上手く計算したというか、そういう面がありました。
 ②:ワタクシはマエタケの司会は大好きだったのですが、じゃあ世間みんながそうだったのかと言えば、反対派もいたようで。泣きのヒットスタジオが夜十時にもかかわらず視聴率40%を超え、記者に心境を問われた前田はこんな一言を発します。「高視聴率を取って言えるのは、視聴率なんてそれほど意味のないってことかな」いかにものマエタケ節。今ならべつになにも感じないでしょうが、当時の司会者像としては、これも皆様のおかげですというコメントが当たり前。番組の司会中もこんな感じの物言いはしばしば観られ、価値観の古過ぎる人間には、生意気な人間だという見方があったでしょう。
 http://blog.goo.ne.jp/resistance-k/e/ab924f53bf441b8daf5588eb37af17f7
 ┌─―――――――――――――――――――┐
 |夜ヒット継続の転機・「泣きの夜ヒット事件」|
 └─―――――――――――――――――――┘ 
 1969(昭和44)年 1月27日(月)放送 ⇒ 中村晃子が号泣(>▽<)
‡1969(昭和44)年 2月24日(月)放送 ⇒ いしだあゆみと小川知子が番組内で号泣(>▽<)
 http://blog.goo.ne.jp/resistance-k/e/ab924f53bf441b8daf5588eb37af17f7

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 ┃ 『悲しいほどお天気』 ┃
 ┗━━━━━━━━━━━━┛東芝EMI
 松任谷由実8枚目オリジナルアルバム作品
 1972(昭和47)年10月09日(月) https://www.uta-net.com/song/40116
 1979(昭和54)年12月01日(土) LP:ETP-80118 CT:ZT25-489・ZT28-542
 1981(昭和56)年05月05日(火) LP:ETP-90084 CT:ZT28-784
 1979(昭和54)年09月18日(火)「MAGICAL PUMPKIN~魔法の南瓜物語~」開幕
 1980(昭和54)年03月26日(水)「MAGICAL PUMPKIN~魔法の南瓜物語~」閉幕
 1985(昭和60)年06月01日(土) CD:CA32-1134
‡1999(平成11)年02月24日(水) リマスタリングCD:TOCT-10641 LP:TOJT-10641
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%82%B2%E3%81%97%E3%81%84%E3%81%BB%E3%81%A9%E3%81%8A%E5%A4%A9%E6%B0%97
 https://music.amazon.co.jp/albums/B07HF2SMFD/B07HF2H7CL
 ※1985(昭和60)年のCD化
  1999(平成11)年のリマスタリング化
  上記をユーミンが実施した約半年後、浜省も同一的素敵released OK♂♀

 ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓日本テレビ系列
 ┃ 1986(昭和六十一)年 今日の『ザ・トップテン』 ┃司会:堺正章&榊原郁恵
 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛20:00-20:54
 ┌─―――――――┬―――――┐本田美奈子、とんねるず、中森明菜、
‡| 2月24日(月) |第251回|シブがき隊、国生さゆり、中山美穂、
 └─―――――――┴―――――┘杉浦幸、荻野目洋子、岡田有希子 ほか
 ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
 ┃ 『ザ・トップテン(THE TOP10)』の歴史 ┃中山美穂の♪色・ホワイトブレンド♪と
 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛杉浦幸♪悲しいな♪が第10位に同点で2曲同時にランクインしましたヨ(=^◇^=)
 http://www.north-tt.com/01_record/01_bestten.php?rb=0&re_rk=tp&re_md=0224
 http://kayari.a.la9.jp/topten/index.html http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B6%E3%83%BB%E3%83%88%E3%83%83%E3%83%97%E3%83%86%E3%83%B3

  ┏━━━━━━┓
  ┃ 草野 仁 ┃1944(昭和19)年2月24日 生誕
  ┣━━━━━━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
  ┃ 別冊ザテレビジョン『ザ・ベストテン~甦る!80'sポップスHITヒストリー~』 ┃(P.187)
  ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
  ┌─――――――――――――――――┐  http://www.amazon.co.jp/dp/4048944533
  |覚えていますか?おたすけ司会者たち|草野仁&森本毅郎
  └─――――――――――――――――┘ ※凛とした司会っぷりは、さすがキャスターコンビ。サポートは生島ヒロシ
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①┃ 1983(昭和五十八)年 本日の『ザ・ベストテン』第①位獲得作品 ┃
 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
 ┌─―――――――┬―――――┐通算1週目
‡| 2月24日(木) |第263回|先週 今週
 └─―――――――┴―――――┘ 5 ⇒ ① ♪秘密の花園♪ 松田聖子 http://youtu.be/tkVIC9GmjzU
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②┃スポットライト出演アーティスト┃野口五郎 ♪19:00の街♪
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③┃       1983(昭和五十八)年 今日の『ザ・ベストテン』ランク in 20作品       ┃
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 今週 先週 先々週    楽曲              アーティスト  レコ 有線 ラジ 葉書  総合得点
 ● ① 5 - 秘密の花園           松田聖子    1 - 2 2   9449
 ● ② 1 1 ミッドナイト・ステーション   近藤真彦    2 - 1 1   9349
 ● ③ 2 3 春なのに            柏原芳恵    7 - 3 4   8389
 ● ④ 3 2 セカンド・ラブ         中森明菜    10 6 4 7   7803
 ● ⑤ 4 4 さざんかの宿          大川栄策    3 1 - -   7589
 ● ⑥ 9 12  氷  雨            佳山明生    4 2 - -   6973
 ● ⑦ 6 5 冬のリヴィエラ         森 進一    - 4 10 8   6803
 ● ⑧ 7 7 めだかの兄妹          わらべ     6 - 6 -   6683
 ● ⑨ 11  9 ドラマティック・レイン     稲垣潤一    9 - 5 -   6453
 ● ⑩  17  28 ギャランドゥ          西城秀樹    - - - -   6336
 ● 11  10  11  さよならの物語         堀ちえみ    - - 8 10   6196
 ● 12  12  20  氷  雨            日野美歌    5 3 - -   5723
 ● 13  8 6 恋人も濡れる街角        中村雅俊    - 8 - -   5143
 ● 14  20  30 春風の誘惑           小泉今日子   8 - - -   5066
 ● 15  15  18  背中まで45分          沢田研二    - - - -   4403
 ● 16  19  19  涙のペーパームーン       石川秀美    - - - -   4323
 ● 17  16  17  大輔★哲太のRock'n Roll 嶋大輔・杉本哲太+1  - - - -   4260
 ● 18  18  10  Gジャンブルース        シブがき隊   - - - 3   4226
 ● 19  14  15  ラブ・シュプール        田原俊彦    - - 7 6   4110
 ● 20  21  21  あなた             五木ひろし   - 9 - -   3976
①http://edelweiss.inside-ricefield.com/bestten/1983_numberone.html
①http://ja.wikipedia.org/wiki/Template:1983%E5%B9%B4%E3%81%AE%E3%82%B6%E3%83%BB%E3%83%99%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%86%E3%83%B31%E4%BD%8D%E7%8D%B2%E5%BE%97%E4%BD%9C%E5%93%81
②http://kajiyannet.web.fc2.com/best10/best10kan.htm
②http://www.uta-net.com/user/phplib/Link.php?ID=78342
②http://www.uta-net.com/user/phplib/Link.php?ID=38561
③http://www.os.rim.or.jp/~katokiti/
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 ┃        松田聖子『ザ・ベストテン』データ総覧(*^_^*)        ┃
 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
  シングル曲名     最高位 登場週数 首位獲得週数 初登場週 獲得得点合計
 ♪きっと、また逢える・・・♪  6    7     0    92.02.24   64,321
※『ザ・ベストテン』放映終了後(Precious Heart以降)の曲データについては、『チャート梁山泊』の独自の『ザ・ベストテン』データ解析による、自主換算データを掲載いたしましたヨ(=^◇^=)
 http://www2a.biglobe.ne.jp/~seikofan/html/text/best10total.html ♪http://youtu.be/r6rIjuscc-o♪
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 ┃ オリコンで第⑩位以内(第①位除く)を獲得しながらもベストテンでは第⑩位以内に入らなかった曲 ┃
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 ┌─――――――――――――┐オリコン最高位第⑦位
 |1988(昭和63)年 2月24日(水)|リリース ♪GUAMBARE♪ 酒井法子
 └─――――――――――――┘
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 ┃『ザ・ベストテン』┃
 ┗━━━━━━━━━┛
 毎週(木)曜 21:00~21:54 全603回
 1978(昭和53)年01月19日(木) 放送開始
 1989(平成元)年09月28日(木) 放送終了
 https://ja.wikipedia.org/wiki/ザ・ベストテン
 https://ja.wikipedia.org/wiki/山田修爾
◆音源◆http://youtu.be/6ssipSEhBOc
 ザ・ベストテンのテーマ:久米、黒柳のOPコールあり
◆音源◆http://youtu.be/eOFRw5zXfXA
 ザ・ベストテンのテーマ ニューバージョン新版:黒柳・松下時代
◆音源◆https://youtu.be/JuPB9wRUSJg
 ミラーゲートのテーマ
◆音源◆https://youtu.be/wtbZ1cyQkXs
 パタパタ+ミラーゲート イベント用SE・BGM はじめが短いver、次が長いver

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 ┃ 別冊ザテレビジョン『ザ・ベストテン~甦る!80'sポップスHITヒストリー~』 ┃
 ┃         『ザ・ベストテン』が放送された①②年間はこんな年だった  ┃
 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛『ザ・ベストテン』が放送された期間は、1978(昭和五十三)年の1月から1989(平成元)年の9月まで。その間世の中で起こったさまざまな出来事を年代別に紹介(=^◇^=)。  東京ディズニーランドのオープン、ジョン・レノンの暗殺、山口百恵の結婚・引退、昭和天皇の崩御・・・。昭和から平成に変わる激動の時代を当時の時代を当時のニュースとともに振り返ってみよう(=^◇^=)O♂
 ┌─――――――――――┐
 | 1989(平成元)年 |【J.TφMMY 19才~20才<高③~大学>】
 └─――――――――――┘
‡2月24日(金) 新宿御苑において大喪の礼が行われ、武蔵野陵に昭和天皇を埋葬
 ┌─―――――――――――――――――――――――┐
 | 浜田省吾の『ザ・ベストテン』省語ROCK(●◎●) |【SHOGO 36~37才】
 └─―――――――――――――――――――――――┘
[①]1970年代後半の長い下積み時代、小さな街で数百人を集めてのライヴに全精力を使い果たして、ホテルに帰ってテレビを付けると『ザ・ベストテン』をやっていて、後からデビューした人達が何十万枚とレコードを売って歌う姿を見る。テレビという巨大な主流・メインカルチャーに対して、「ライヴはカウンターカルチャーだと思う。テレビからこぼれ落ちた大切なものを僕達は丁寧にすくって、大切に育ててきた」という自負をインタビューで述べている。
[10]『青空のゆくえ~浜田省吾の軌跡』P.79~80 ⇒ 1978(昭和53)年から始まった『ザ・ベストテン』等で、後輩の原田真二や世良公則&ツイストらがブレイクする㊥、「あ~、俺の時代はやっぱ来ないまま終わるのかなあ」と感じる(*´○`)。o○
[10] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%9C%E7%94%B0%E7%9C%81%E5%90%BE#cite_note-9
[①]http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%9C%E7%94%B0%E7%9C%81%E5%90%BE#.E3.82.B3.E3.83.B3.E3.82.B5.E3.83.BC.E3.83.88.E9.96.A2.E9.80.A3
 http://shogo.r-s.co.jp/disco/album15.html ①⑨⑧⑨
 http://shogo.r-s.co.jp/disco/dvd01.html
 http://ja.wikipedia.org/wiki/ON_THE_ROAD_%22FILMS%22
 http://ja.wikipedia.org/wiki/Wasted_Tears
 http://www.uta-net.com/user/phplib/Link.php?ID=4064
 http://www.uta-net.com/user/phplib/Link.php?ID=41194
 http://www.uta-net.com/user/phplib/Link.php?ID=71665
 http://www.uta-net.com/user/phplib/Link.php?ID=38255
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%AD%E5%92%8C_(%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%90%E3%83%A0)
 http://www.nagabuchi.or.jp/disco/albums/018.html


 松田聖子『Strawberry Time』松田聖子に与えられた課題 
 1987(昭和62)年05月16日(土) CBSソニー/32DH-656
‡2006(平成18)年02月24日(金) 1. Strawberry Time 2. 裏庭のガレージで抱きしめて 3. Kimono Beat 4. 妖しいニュアンス 5. シェルベールは霧雨 6. All of You 7. 雛菊の地平線 8. チャンスは2度ないのよ 9. ピンクの豹 10. LOVE 
 1987(昭和62)年作品。出産休暇明けの復帰アルバム。 プロデュースと全作詞はいつもの松本隆。作曲は、土橋安騎夫、小室哲哉、大江千里、米米CLUB、辻畑鉄也など、当時のロック・NM系の新進アーティスト勢が大集結。編曲はこれまたいつもの大村雅朗を中心に、西平彰、笹路正徳など。前作、「SURPREME」は、当時人気絶頂のアイドルが、結婚し、出産しようという、そのまったただなかに制作しなくてはないらないという、前代未聞のシチュエーションだったわけで、 さすがの松本隆御大も、恐る恐るプロデュースしているな、という感のただよう作品だった。―――どこまで今までの≪アイドル・松田聖子≫の色を残すのか、どこまで変えてしまっていいのか、という微妙なさじ加減の苦慮が垣間見えた。 が、その「SURPREME」が松田聖子のオリジナルアルバムで自己最高のセールスを記録したこと、さらにそのアルバムで人類愛・母性をテーマにした「瑠璃色の地球」がもっとも好評価であったことがはずみになったのだろう。 この本格復帰アルバムで、松本隆は松田聖子を変える勝負に出た。このアルバムのコンセプトは、ズバリ「松田聖子を大人の女性にする」だったんじゃないかな。 このアルバムで、松田聖子は、なにものにもとらわれず自らの意志で自らの道を歩む「自由」を手に入れた。 
◆デートの帰り、自宅の裏庭のガレージで「お休みのキスの続きはないの?」と恋人を積極的に誘う「裏庭のガレージで抱きしめて」。「不幸な恋になってもかまわない」と恋にすべてをかける「チャンスは二度ないのよ」。気のすすまないお見合いを「未来くらい自分の手で選びたいの」といって、晴れ着のまま恋人と海辺へ逃げ出す「KIMONO BEAT」。男の自尊心や劣等感、女性観を見透かし、鼻で笑いながら「からかうのって、楽しい」と恋人を手のひらで転がす「妖しいニュアンス」。かように表現される、あらゆる規範から逸脱して自由奔放に生きる彼女の姿が印象的だ。そして、それは決して下品には映らない。そのいっぽうで、その自由と引き換えに背負わなければならない「孤独」と、全てを包み込もうとする「愛」が描かれているからだ。 
◆懐かしい街にひとり降りたち、かつての恋人を偶然に見かけるものの、過ぎ去った時の重さに一度も視線を交わすことなく別れる「シェルブールは霧雨」。自由を求めるがゆえに愛するものと別れ、しかしそれでも後悔を振り切ってその先を歩もうとする、登山の道のりと人生の道のりをかけあわせた「雛菊の地平線」。弱いわたしだからこそ、木洩れ日や水面にきらめく光のように、愛をあなたに注ぎたいと歌う「LOVE」。タイトル作「Strawberry Time」も無意味系の作品に見えて、「争いのない永遠に平和な国への地図をあなたにあげる」という歌なわけで、LOVE&PEACE的な歌ともいえる。
◆意のままに恋から恋へと自由奔放に生き、それと引き換えに自らの責任を持って、孤独に生きる。 そして、自由と恋と孤独の向こうに「愛」を。惚れた腫れたの色恋を越えた、ひとつの魂としてひとつの魂を、そしてその向こうにあるさまざまを抱きしめる「愛」を描くこれが松本隆が松田聖子へ提示した≪成熟した大人の女性≫像であり、それは、このアルバムでは成功したといえる、と思う。 この路線は、次作「Citron」でさらに強化されることになる。が、松田聖子自身は、「自由」の部分は充分体得したのものの、そのいっぽうの、それと引き換えに背負わなければならない孤独というのが、どうもわからなかったようで、結果、深い愛というのもピンとこなかったようで、 松本隆の手を離れて以降の、松田聖子自身の手による作品は、どうにも≪いつも底の浅い恋愛ばかりしているただの色ボケのオバサン≫の歌(――実際の聖子ちゃんの恋愛がどうかってのは、知らんよ)ばかりになってしまって、ごにょごにょ。 ――ま、以後の聖子ちゃんはともかく、これはいいアルバムだぞ、と、強引にまとめる。 
 http://wagamamakorin.client.jp/strawberrytime.html

 ┏━━━━━━━━━━━━━┓
 ┃ 過去の今日の松田聖子様 ┃
 ┗━━━━━━━━━━━━━┛
‡1983(昭和58)年02月24日(木) プルメリア映画ロケ 3日目
 http://www.seikomatsuda.co.jp/index.html
 http://www.universal-music.co.jp/matsuda-seiko
 http://www2a.biglobe.ne.jp/~seikofan/html/text/his1b.html
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E7%94%B0%E8%81%96%E5%AD%90

 岡田有希子さん没後34年、芸能人でただひとり墓参りを続ける荻野目洋子との“友情”
‡2020(令和二)年02月24日(月) 4:00配信 週刊女性PRIME
「見覚えのある人だと思ったら、荻野目さんだったので驚きました! ユッコのお墓参りにいらっしゃったのだと思います」(目撃した女性)
【写真】1985年、ドラマ撮影現場で笑顔を見せる岡田有希子さん
 1月中旬、愛知県愛西市にある成満寺(じょうまんじ)に姿を現したのは歌手の荻野目洋子(51)。“ユッコ”とは、荻野目の同期で18歳という若さで亡くなったアイドル歌手の岡田有希子さんのこと。'86年に亡くなったあと、彼女はこのお寺に眠り続けている。
「その日は確かに、荻野目さんはいらっしゃっていました。数年に1回のペースですが、定期的に岡田さんのお墓参りに来ていただいております。今回は名古屋でライブがあったそうで、その合間に、お花を持って立ち寄られました」
 そう話してくれたのは、成満寺の住職。荻野目といえば、数年前に再ブレイクしたことが記憶に新しい。
「自身最大のヒット曲『ダンシング・ヒーロー』に合わせて、大阪の『登美丘(とみおか)高校』ダンス部がバブル当時のファッションで踊った動画が話題に。『YouTube』でも5000万回以上の視聴回数を記録し、'17年末の『日本レコード大賞』ではダンス部の生徒たちと本人が共演して『特別賞』を受賞したんです」(レコード会社関係者)
 一方の岡田さんは、荻野目と同年の'84年4月に歌手デビュー。その年に『レコ大』の『最優秀新人賞』を受賞するなど、“ポスト松田聖子”との呼び声も高かった。
「'84年は菊池桃子や長山洋子、吉川晃司などもデビューした“豊作年”でした。その中でもユッコは、竹内まりやがデビューからのシングル3部作を手がけたこともあり、頭ひとつ飛び抜けていましたね。しかし、人気絶頂だった'86年に所属事務所が入居する都内のビルの屋上から飛び降り自殺。真相はわかりませんでしたが、彼女の後を追って自殺するファンまで続出し、社会問題になったほどです」(ワイドショースタッフ)
デビュー前から親交を深めていたふたり
 当時のアイドル界で活躍したふたり。実は、デビュー前から親交があったそうだ。
「デビュー前に同じ先生から歌のレッスンを受けていて、年齢も1つ違いということもあり仲よくなったんです。東京の同じ高校に通い、テレビ番組での共演も多く、プライべートの相談もしていたほどです。そんな仲だったので、岡田さんが亡くなったときの荻野目さんは、精神的にそうとう参ってしまっていました」(芸能プロ関係者)
 昨年4月で三十三回忌を迎えたものの、今でも多くのファンが岡田さんのお墓を訪れているそう。
 しかし、芸能人で足を運ぶのは荻野目くらいだという。
「平日や土日に関係なく、毎日必ずファンの方がいらっしゃっておりますが、4月8日の命日には150人ほど集まりますね。なので、お墓に花を手向けたりされる以外にも、納骨堂の一部を岡田さんへのお供え物を置くスペースにしています。
 荻野目さんがいらっしゃると、お茶をしながら岡田さんについての思い出やお仕事などの話をしてからお帰りになります。以前は、ほかの芸能人の方も来ていましたが、今でもいらっしゃるのは荻野目さんだけですね」(前出・住職)
 天国から見守る親友の分まで、荻野目はこれからも歌い続けてくれるはず──。
 https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200224-00017211-jprime-ent


 2006-02-24 | 夜のヒットスタジオ/番組史
  前日の記事の続き・・・。
 前日も申し上げたように、スタート当初は視聴率も音楽・マスコミの関係者からの評判も低空飛行を続けていた「夜ヒット」。ところが、1969年に入り、初頭に番組史に残るハプニングである「泣きの夜ヒット」事件が発生します。
 事の発端は放送開始からちょうど3ヶ月を経過した1969年1月27日放送に遡ります。その回に当時の看板企画「コンピュータ恋人選び」で"モルモット"となったのは中村晃子さん。ところが彼女の恋人として有名人の中で誰が一番相性がよいのかをコンピュータで情報分析したところ、何と、司会者の前田武彦さんが最も相性の良い人物であるとはじき出されたのです。その途端、中村さんは号泣。その後、芳村真理さんがフォローして、何とか中村さんは涙を流しながら、「涙の森の物語」という歌を歌い、歌の最中、隣には「理想の恋人」に選ばれたマエタケさんが付き添って涙を拭う、というシーンが全国中に放送されました。
 そして、この1ヶ月後の2月24日放送では、今度は、いしだあゆみさんと小川知子さんが番組内で号泣する事態が起きます。小川さんは、この頃、若手レーサーとして期待されていた福沢幸雄さんと交際していたとの噂が週刊誌などで報じられていました。ところがその福沢さんがあるレースのテスト走行中に不慮の死を遂げてしまいます。その福沢さんが生前に小川さんに宛てたメッセージを録音したカセットテープをマエタケさんが手渡した途端に泣き崩れ、いしだあゆみさんや中村晃子さん、レギュラーの東京ロマンチカなどその回の出演者が涙で歌を歌うこともままならない小川さんをサポートするというシーンが流れました。
そして、その騒ぎが一段落着いたと思っていたら、今度はいしだあゆみさんが号泣する事態が起きます。これも「恋人選び」がらみで、その時にいしださんの「理想の恋人」としてコンピュータがはじき出したのがその回のゲストの一人・森進一さん。そうすると、中村さんの時と同じく、いしださんは感極まり「ブルーライトヨコハマ」を披露している最中に涙で歌えなくなり、小川さんが付き添って何とか歌い終える、というシーンです。
この1月27日、2月24日の放送の際には、「こちらの方ももらい泣きしてしまいました」という賛辞の電話と、「いい加減にしろ」という厳しい批判の電話が局内に鳴り響き、局は電話の対応でパニック状態に陥ってしまったという逸話があるほど、この両放送の反響は凄ましいものがありました。また、『週刊TVガイド』にも放送後に「故意か、偶意か」という論評が掲載されるなど、マスコミでもこの話題が多く取り上げられました。
 特に2月24日の放送のときは出演者の内2人が泣き出したということで、出演者もスタッフもかなりパニックした状態でその後も放送されていたらしく、番組の放送終了後、司会のマエタケさん、芳村さんは出演者全員を食事に誘って、その放送時の興奮を抑えようとしたそうです。
 この一件を機に夜ヒットは「泣きのヒットスタジオ」という異名を取るほどに、歌手がよく涙を流しました。しかし、この「人の目も憚らずに歌手が泣きじゃくる」というシーンは、同時に、夜ヒットスタート時に掲げた「歌手の素顔を引き出す」という目標を実現させた瞬間に他ならなかったのです。それまで「雲の上の存在」としてみていた歌手の「一人間としての素顔」がそのままテレビに映し出された瞬間、それが歌手の涙であったのです。
 この「泣きの夜ヒット」事件を皮切りに、賛否両論の意見が激しく主張される中で、番組への関心度も高まりを見せ始め、回を負うことに視聴率は20%台、30%台という高視聴率をはじき出し、ついにスタートから5ヶ月後の1969年3月17日放送では、番組最高視聴率・42.2%という驚異的な視聴率を記録。この時点で、当初3ヶ月程度の繋ぎだった夜ヒットは一躍、低迷の時代にあったフジテレビの中では希少なドル箱番組へと急成長し、番組の継続が決定。そして、1969年4月7日放送より、カラー放送に切り替わり、同時に演奏担当のオーケストラもその後、月曜日放送の終了まで演奏を担当することになる「ダン池田とニューブリード」(因みにモノクロの時代は「豊岡豊とスイング・フェイス」が担当していました)に交替。そして、音楽・芸能関係者も人気番組となった夜ヒットに対して、以前の「抵抗感」はいつの間にかなくなり、逆に各レコード会社・芸能事務所がこぞって所属タレントの出演をスタッフに猛プッシュするようになり、歌手、俳優からお笑いタレント、時にはスポーツ選手にいたるまで、バラエティーに富む出演陣を擁し、番組は第1期黄金期を迎えることとなりました。人気俳優であった吉永小百合さんや勝新太郎さん、石原裕次郎さん、渡哲也さん、そのほか、お笑い界の人気スターだった、クレイジーキャッツ、コント55号、そしてザ・ドリフターズもこの時代に夜ヒットに初出演し、それぞれ歌を披露しました。
 2回にわたり、番組の黎明期の話をしましたが、この話は一応この当りで区切りとして、次回は夜ヒットで歌われた曲目について紹介していきたいと思います。

■ありがとうございます。 (kumiko) 
2006-02-24 17:59:58 
resistance-kさん
初めまして。尾崎紀世彦ファンのkumikoと申します。
大変詳しいデータを載せて頂きありがとうございます。
毎日楽しみに拝読しています。
拙ブログにも紹介させて頂きました。
これからもとても楽しみにしていますので、
どうぞ宜しくお願いします。 
Unknown (resistance-k) 
2006-02-24 23:07:20 
kumikoさん、初めまして。
尾崎さんも夜ヒットの前期の常連組歌手の一人でしたね。
個人的には実は♪また逢う日まで♪よりも、8年ぶりに夜ヒットに出演したとき
1987年5月13日・6月24日に♪サマーラブ♪という曲を歌っていたのが印象深いです。
あの曲もあの時代の雰囲気が漂ってくる懐かしい曲ですね。
Unknown (kumiko) 
2006-02-26 10:34:25 
resistance-kさん
お返事を頂きありがとうございます。
尾崎紀世彦の出演日を詳しく把握していませんでしたので大変助かりました。
♪サマーラブ♪はアサヒビールのCFソングでしたから
番組スポンサーと競合関係でなくて良かったと昨日の記事を拝読して思いました。
70年代は「また逢う日まで」以外にどんな曲を歌ったのか気になります。
機会がありましたら教えて下さい。 
Unknown (resistance-k) 
2006-02-26 19:19:42 
 1970年代に限っていうと、まだアルバムの曲などで代替、といったことは行われていなかったため、その時折に発表されていた曲を歌っていたと思います。
その点については、また、一個の記事としてこの時にこの歌手はこの曲を歌っていた、という形でリストアップしていく予定ですので、楽しみにしていてください。
 番組スポンサーとの競合、あと事務所力学みたいものもあったりというのは当時どこの歌番でもあったことで、本当に厄介ですね。でも、その状態にあっても番組クオリティーが下がらなかったという夜ヒットは本当に凄い番組だったと思います。 
  http://blog.goo.ne.jp/resistance-k/e/ab924f53bf441b8daf5588eb37af17f7