東北関東大震災
次々と被災の状況が見えて来ましたね。
ほんとすさまじいです。
海のない長野県ですが
津波の恐ろしさを映像で見ると鳥肌がたちます。
自分がそこにいたらどうしただろう
そんなことを考えてます。
そして、家や家族を失った人のことを考えると
何かしたい気持ちでいっぱいになります。
来月、ボランティアに行こうと思ってます。
大したことは出来ないと思いますが
この一大事に何かしないと・・・・。
同じ思いの仲間とテントを持って行って来ます。
ほんとすさまじいです。
海のない長野県ですが
津波の恐ろしさを映像で見ると鳥肌がたちます。
自分がそこにいたらどうしただろう
そんなことを考えてます。
そして、家や家族を失った人のことを考えると
何かしたい気持ちでいっぱいになります。
来月、ボランティアに行こうと思ってます。
大したことは出来ないと思いますが
この一大事に何かしないと・・・・。
同じ思いの仲間とテントを持って行って来ます。
あまかった
ロールオーバーのからくりはそんな単純なもんじゃありませんでした。
ジャバスプリクトとSCCというタグがあって。
それがないとロールオーバーはできないと。
なるほど、ページに一緒に書き込んでしまうと重いのか
どうもそれで別々のファイルにしてそれを添付してサイトに放り込むらしい。
へええ。なんだかわからないけどやってみた。
行けた!
プログラムはされているけど、サイトでは読めない。
フムフム。
誰だ!こんなややこしいことを思いついたやつは!
まあいい。できたし。
さて、前回の続き。
赤羽焼きの登り窯を見学したあと。
駒ケ根のシルクミュージアムにでかけた。
なかなかの懲りようだ。
しかし、ここには岡谷の影はない。
あくまでも駒ケ根のシルク事情だ。
「天下の糸平」こと田中平八。
この人も商人だけど、横浜で大成功を収めた駒ケ根の偉人だ。
この人もまた、明治9年ころに活躍している。
なんという素敵なキャラクター。
岡谷にも糸の買い付けに来たんじゃないかな?
ジャバスプリクトとSCCというタグがあって。
それがないとロールオーバーはできないと。
なるほど、ページに一緒に書き込んでしまうと重いのか
どうもそれで別々のファイルにしてそれを添付してサイトに放り込むらしい。
へええ。なんだかわからないけどやってみた。
行けた!
プログラムはされているけど、サイトでは読めない。
フムフム。
誰だ!こんなややこしいことを思いついたやつは!
まあいい。できたし。
さて、前回の続き。
赤羽焼きの登り窯を見学したあと。
駒ケ根のシルクミュージアムにでかけた。
なかなかの懲りようだ。
しかし、ここには岡谷の影はない。
あくまでも駒ケ根のシルク事情だ。
「天下の糸平」こと田中平八。
この人も商人だけど、横浜で大成功を収めた駒ケ根の偉人だ。
この人もまた、明治9年ころに活躍している。
なんという素敵なキャラクター。
岡谷にも糸の買い付けに来たんじゃないかな?
やっとできました!
上演記録でマウスを写真に合わせて変化させるのをロールオーバーっていうんだけど。
やっとできました。
どうもlcvに転送するときにファイルをバイナリーに書き換えてしまっているようで。
設定を直して再度アップ。
ロールオーバーするじゃないですか。
まあ、古典的な技術なんだけど。
出来ないのは悔しいし。
作動したときは飛び上がって喜びました。
単純。
てな訳で。
構築するのは「劇祭案内」と「役者・スタッフ募集」「リンク」ですね。
なんかありきたりで面白くないな。
カテゴリーをもう少し考えてみよう。
ああ、そういえば2週間前、辰野の美術館近くにある
赤羽焼きの釜を見に行ってきました。
中央道が出来る時に、取り壊されるのを有志が集まって
復元したそうです。えらい!
これが釜の内部。キレイな赤レンガ造り。
今は釜が5つしかありませんが、当時は12~15くらい
あったそうですよ。
創業者は小松五右衛門。
ちょうど、武居代次郎と同じ時代に活躍した人です。
繰糸器に必要な「半月鍋」はここで造られました。
明治から昭和まで、この半月鍋を大量生産していたらしいです。
感慨深いですよ。
やっとできました。
どうもlcvに転送するときにファイルをバイナリーに書き換えてしまっているようで。
設定を直して再度アップ。
ロールオーバーするじゃないですか。
まあ、古典的な技術なんだけど。
出来ないのは悔しいし。
作動したときは飛び上がって喜びました。
単純。
てな訳で。
構築するのは「劇祭案内」と「役者・スタッフ募集」「リンク」ですね。
なんかありきたりで面白くないな。
カテゴリーをもう少し考えてみよう。
ああ、そういえば2週間前、辰野の美術館近くにある
赤羽焼きの釜を見に行ってきました。
中央道が出来る時に、取り壊されるのを有志が集まって
復元したそうです。えらい!
これが釜の内部。キレイな赤レンガ造り。
今は釜が5つしかありませんが、当時は12~15くらい
あったそうですよ。
創業者は小松五右衛門。
ちょうど、武居代次郎と同じ時代に活躍した人です。
繰糸器に必要な「半月鍋」はここで造られました。
明治から昭和まで、この半月鍋を大量生産していたらしいです。
感慨深いですよ。