ところが、特に欧米人は、その根幹にキリスト教というものがあって、どうもその根っこの部分がうまくつかめない。
でも、宗教の本て取っつきにくいしなぁ~と思っていたら、この分野でなんど30万部の本を発見。
中身は対談形式になっていて、少しブラックというか冒涜?とも取られかねない質問と答えになっていて、日本人に取ってはかえってわかりやすい。
ちなみに最初の質問は「キリスト教とユダヤ教の違いは?」で、答えは「ほとんど同じ。ちがいはキリストがいるかどうか、そこだけ」。
この軽い感じなら最後まで読める!と思って買いました。
本の内容:A
本の読みやすさ:A
勉強になったことを3つ。
1.ユダヤ教とキリスト教
まず、基本のきとして、キリスト教は2段ロケットの構造になっていて、ユダヤ教を一方で否定しつつ他方で保存し、その上にキリスト教が成り立っている。だから、キリスト教には聖典が2つあって、保存している部分が「旧約聖書」でその上に乗っかるのが「新約聖書」。
ちなみに、イスラム教はこれより後にできた宗教で、ユダヤ教とキリスト教を再解釈したものがコーランにあたる。
そして、前述のユダヤ教とキリスト教の違いはキリストがいるかどうかなんだけど、これが一体どういう違いかというと、端的に、神に対する接し方が劇的に変わったということ。
つまり、キリスト教が誕生する以前は、預言者の言葉によって神と接していた。
預言者は神から聞いたことを話す人でモーセとかイザヤとか洗礼者ヨハネとか。ちなみに、洗礼者ヨハネはメシアを予言した人。
一方で、キリスト教では、預言者の締めくくりとして預言者以上の存在である救世主(メシア)としてキリストが現れた。キリストは神から聞いたことを話すのではなく、頭の中にあることを話す。
人々はキリストの言葉を介して神に接するという点で、ユダヤ教と異なる。
ちなみに、イスラム教では絶対的な「預言者」としてムハンマドがいて、イスラム教に言わせれば、キリストは格下の1人の預言者にすぎない。
2.一神教と多神教
これがなかなか日本人には理解できない。
まず、日本は多神教で、例えば水の神とか山の神とか七福神とか、とにかく、いろんな神様がいて(一神教と比べると)神様は見た目も中身もどこか人間的で、神様と仲良くしていこうといった人間中心のフランクな感じが多神教。
一方で、一神教は神中心。人間は単なるモノにすぎず神の「奴隷」のようなものにすぎない。神様は人間というよりはエイリアンみたいなイメージで、仲良くしようなどとんでもない。
これを象徴するのがヨブ記。
どんなお話かというと、財産があって子供も優秀なヨブという人がいて神を信じて正しく生きていた。ところが、サタン(神の信仰を検証する存在)が現れて神に提案する。
サタン「ヨブが神を信じるのは、ヨブが恵まれているからだ。奪ってごらんなさい」
そこで、神はヨブの財産を奪い、子供を殺してしまう。
それでも、ヨブは神を信じた。
次に、神はヨブの健康を奪った。ヨブはホームレスになった。
そこにヨブの友人が来て質問する。
友人「おまえはどんな悪いことをしたんだ?」
ヨブ「誓って、神に罪など犯していない」
友人「そんなはずはない」
そこで、ヨブは神に問う。
ヨブ「私は罪など犯していない。なのに、この仕打ちはあんまりです」
神「ヨブよ、神に論争を仕掛けるとは何様だ。おれは世界を創ったんだぞ。リヴァイアサンやベヘモットも倒した。お前にはできないだろう」
ヨブ「・・・」
最後に神はヨブを救った見たいだけど・・・うーん。一神教はぶっ飛んでる。
3.科学と宗教
日本人は、この科学全盛の時代に宗教を信じるなんてナンセンスと思うが、実は、科学の起源は神の考えていることを明らかにしようと思って神が創った自然界を理解しようと思ってその解明に取り組んだ結果生まれたもの。
つまり、科学は宗教の副産物にほかならない。
解明した結果、聖書とは違った結論にはなったが、キリスト教徒は矛盾を受け入れ、科学を尊重しつつもこれに矛盾しない範囲で聖書を正しいと考えるらしい。
と長々と書いたけど、とにかく、宗教本の入門としてとても良い本に出会えました。
ふしぎなキリスト教 (講談社現代新書)
posted with amazlet at 13.07.06
橋爪 大三郎 大澤 真幸
講談社
売り上げランキング: 6,607
講談社
売り上げランキング: 6,607
