入院生活 後期② 退院 頭の中はそう変わらない | 摂食障害とうまく付き合いながら生きていく

摂食障害とうまく付き合いながら生きていく

中学生の時、神経性食欲不振症と診断され、その後、山あり谷あり、現在は、一見完治したかのような日々

ですが、食のこだわりあり。なんで私はこうなった?と思うこと時々。
摂食障害について考えようと思って書いています、もうアラフォーです、いやアラフィフか。

秋から始まった入院生活

中学校の時の話です

退院が近づいてきました

 

退院のときのことは

あまり覚えていないため

振り返っての今の気持ちみたいになります

・・・

 

退院は突然だったと思います

確か33キロ以上キープ10日間は

達成できなかったけど

33キロをうろうろしていて

それでもOKになりました

 

3月に入るより前に

退院して、1ヶ月は自宅療養して

中3から学校という計画のほうが

いいという話だったかもしれません

 

春休みよりも前に

退院したと思います

退院後は自宅にいました

 

体重26キロから33キロくらいまで

ゆっくりと5ヶ月くらいかけて増やして

食べられる量も、種類も

増えていました

 

・・・・・・

 

でも今考えてもやっぱり

私の頭の中はそんなに

変わってなかったと思います

 

 

33キロというまだまだ危険な体重を

ちょうどいいと思っていたし

 

カロリーを全く気にしなかったのは

 

ただ単に、

「カロリーのあるものを食べても

そんなに急に太ったりしなかったという

入院中の実績に基づいていただけ」

だからです

 

塩分やご飯を多く口にすると

むくみやすく

塩分・ご飯は極力控えていました

 

体重よりもむくみが怖かったです

 

 

それに、

学校に居場所がない

自分はどう思われているのか考えると怖い

などの話は相談できていたものの

 

それ以外のことは・・・

 

深刻ではなくても、

親が悲しむことは言えません

 

言えるわけありません

 

だからしまっておきました

今でも言えていません

 

母とはじっくり話したことがあって

「お母さんのせいじゃないよ」

というのは伝えることができました

 

父は「おまえのせいだ」と母に言ったと

だいぶ大人になってから聞きました

 

それでもいつも、

最終的には母は父を庇うので

それ以上、何か言うのをやめました

・・・・・・

 

退院当日や春休みのことは

本当に覚えていなくて

 

おそらく退院後はまだまだ

何を食べるかで頭がいっぱいだった

気がします

 

体重はこの後中学卒業まで

キープでした

高校に入ったときにまた

いろいろありましたが

 

中3で覚えていることも

少しあるので書いていこうと思います

 

つづく