転院 | 摂食障害とうまく付き合いながら生きていく

摂食障害とうまく付き合いながら生きていく

中学生の時、神経性食欲不振症と診断され、その後、山あり谷あり、現在は、一見完治したかのような日々

ですが、食のこだわりあり。なんで私はこうなった?と思うこと時々。
摂食障害について考えようと思って書いています、もうアラフォーです、いやアラフィフか。

中学2年生の時

神経性食欲不振症(思春期やせ症)

と診断され、3つ目の病院で数週間過ごした

次の病院の話です

・・・・・

 

4つ目の病院は住んでいる市からは

かなり遠く、

転院した季節はまだ秋口でしたが

風の強い寒さも厳しい場所でした

 

その頃は寒いと感じることが

多かったように思います

 

背中にたくさん毛が生えていました

 

転院には抵抗がなかったので

寂しい気分はなかったです

 

最初の診察室も病棟も

暗くて寂しい感じがしましたが

嫌ではありませんでした

 

遠くに行きたかったからちょうどよかった

というような感じだったかと思います

 

 

そこでの私の主治医は、精神科のお医者さんでした

 

それまでは、内科、小児科、内分泌科と

精神科が主治医ではありませんでした

 

主治医は、優しくて穏やかで声が小さい

男の先生でした

 

最初の診察で私は多分

「治せるようにたくさん食べて頑張ります」

というようなことを言ったんだと思います

 

主治医の先生は

「頑張らなくていいです。

〇〇さんは身体を張ってがんばったので

ここでは頑張らなくていいです」

とおっしゃいました

 

少し意味がわからなかったです

 

診察では

 

・小児内科のお医者さんが

主治医と連携を取ること

 

・食事は食べられるだけでいいこと

 

・食べられない分は

小児内科の先生が考えてくれること

 

・精神科の診察は週に1回であること

 

などを話してくれて

 

「まあゆっくりいきましょう」

「学校は院内に分校があるので

転校手続きしましょう」

という感じでした

 

なんとなく居心地は悪くなく

そこで新しい入院生活が始まりました

 

この時の体重は

27キロー28キロだったと思います

 

・・・・・・

 

ここでの生活は半年近くありました

長かったです


ここまで細かく覚えているのは
先生の話をよく聞いて
頭の中で繰り返し
思い出していたからだと思います

 

 

いくつかエピソードはありますが

基本的に毎日生活をするという感じでした

 

主治医は思春期の拒食症の患者を

何人か診てきたお医者さんで

これまでとは全く違うアプローチの仕方でした

 

体重や食事の管理は

小児内科の先生がするのですが

食べなさいと言われたことは

一度もなかったです

「食べれないなら、鼻から管通そうかねー」

という感じではありました