話題の映画、「告白」を見てきた。

 ずっと昔の、多分デビュー当時の松たか子は若いきれいな人というイメージだったのであるが、今の松たか子には非常に惹きつけられるものを感じていた。

 「告白」のポスターの松たか子の瞳、口元には吸い込まれそうな感じすらする。

 そういうわけで、中学校教師としては重すぎるのではないか? さらに15Rというのもかなり躊躇する理由だったのだが、思い切っていってきた。

 空がきれいな映画だった。

 多分、アフガニスタンの夕焼けのようだった(長倉洋海さんの写真でしか見たことはないが)。

 日本の、今の日本の闇、あるいは何千年かこの風土にしみついてきた「空気」が、現代にこうやって露出してきているのではないか、というある仮説をつきつけているようでもあった。

 出演している誰もが、4分の1~3分の1程度、共感できるキャラクターに設定してあるから、俯瞰した見方ができる映画なのだ。

 中島哲也という監督の映画は初めてみたが、すばらしかった。

 

 評価は分かれるだろう。

 かくいう僕もこの映画を、先ず観ることにしただけでも大きな決心だった。シーンの強烈さが多分僕の限界を超えていることは、いろいろな評判からしてあきらかだったからだ。

 なぜ、観ることを決意したか?

 インターネットであれこれ観ていたときに、「DVD付き前売り」というのがあった。何だかレアな感じがして、ミーハーな僕はついそれに飛びついてしまったというわけだ。

 前売り券が手元にある以上、セコイ僕に「観に行かない」という選択肢はなかった。

 そんなこんなで行ってきたわけだ。

 あれこれ書く前にまず結論。

 男心をくすぐる映画だった。

 グリーンゾーンを観た。僕が大好きなマットデイモンが出ているというだけで、観てみたかった映画ではあった。「素晴らしい」の一言だった。 インターネットでマットのインタビューをみると、社会派とアクションの間をバランスよく持っていったというコメントがあった。それは本当だ。それをどっちつかずという批判を持つ人もいるだろう。でも、僕は好きだ。この軽い時代に反戦を声高に重く語っても通じる人は少ない。こういうアプローチで人々に訴えるというのは、とても効果的だと思った。欠点を見つけた人がこの映画をいろいろな角度から批判したとしても僕の評価は変わらない。「素晴らしい映画」です。北海道、旅、ジャズ-20100610203435.jpg

 とうとう伝説の行木先生にお会いする機会ができた。

 あの、鎌田實先生とつながっている彼だ。

 

 たまたま今日は会議で早く家にもどってきた、修学旅行の引率の準備もあって特に早く帰ってきた今日。駐車場にいたら、紹介してくれたTさんとともに行木先生の車がやってきた。


 すばらしい人格者であることは会って一瞬で伝わってきた。


 7月31日の弟子屈で行われる加藤登紀子さんのコンサートを主催されているとのこと。とってもすがすがしい印象の方だった。


 これを読んでくれている人は全員、加藤登紀子さんに会いに行こう。


 これをきっかけに釧路のいろいろな人たちがつながっていく予感も持つことができた。


 すばらしい一日だった。


 釧路では公開されなかったはず(?)の「空気人形」を観た。


 是枝作品。その他の作品を見ていれば評論っぽいことも書けるかもしれないが、残念ながら見ていないので、この作品のみについてのコメントになる。


 都会に住んでいたころの乾いた空気が伝わってきた。そればかりではない。温暖湿潤気候の日本の湿っぽさー肯定的にも否定的にもーもよく伝わってきた。


 一つ一つのカットがとてもよかった。子供の頃、下ばっかりみて歩いていた自分の視線を思い出したりもした。

 中が空気の人形と、中が空っぽのように感じる人間たち。どっちに本当の目に見えない何かー心?-が入っているのか???


 今日は子どもたちがおばあちゃんに連れて行ってもらい外出し、配偶者も札幌に出張している、そんな昼下がりに見たのでニュートラルな自分があったせいだろうか?

 

 なんだかとても重くぼくの心に降りてきた映画になった。

 友と共有したい映画です。映画です。

 今日から今年度の秋に向けた活動が始まった。

 釧路市立北中学校の吹奏楽部を中心に、富原中学校OGががっちり脇を固めた草の根ジャズの祭りが始まった。

 椎名豊というジャズミュージシャンの深い愛とそれに化学反応する子供たちが、この活動を10年以上も支えてきた。

 奇跡のような演奏、瞬間も数知れず目の当たりにした。

 日本の東の端の小さな活動が大きなエネルギーをもっている。

 いやいや、日本の端だなんていうのは、東京を中心とした極東アジアの小さな物差しでしかない。

 「地方都市→東京→世界」なんていう図式にとらわれる必要はない。「自分のいる場所→世界」でいいのだ。

 話していると、そんなことを確認することができる椎名豊という人に会えたことに感謝した一日だった。

 ジョントラボルタはいい!

 「サブウェイ123」同様の切れ具合は理屈抜きにかっこよかった。あのジョンを正義側に置き換えたらこうなる。

 「サブウェイ123」と「パリより愛をこめて」は是非、対比させながら見てもらいたい。

 「96時間」のリュックベッソンが原案をだしている映画だけあって、展開は早く、ストーリーは明快。見ている人を楽しませることにこだわってつくられている。

 ジョントラボルタ演じるチャーリーワックスという配役の名前もジェームスボンドみたいに耳に馴染むではないか。

 いいぞいいぞ!という映画だ。

 ブック3を読んだ。

 村上ワールド炸裂の第三弾。

 ピントはずれているのかもしれないが、都会の乾いた感、細い糸で結ばれた人の関係といったかつて味わっていた自分の中のもどかしさが伝わってきた。

 そうだ、僕にとっての村上春樹は「もどかしさ」の具体化なのだ。具象化か?

 やはり、僕は都会に住むことができないのかなぁなんてことを思い浮かべた。

 それにしても力がある本だった。発売の翌日購入したのだが、600ページもある本を一週間で読み終えた(平日はほとんど本を読むことができないので、実質2~3日でよんだ、僕のペースとしては異常に早い)。

 場面はクリアに浮かび、二つの月は実在してしまう。そういえば「海辺のカフカ」でも鰯はリアルに空から降ってきた。

 「黒魔術」というカレー屋さんにおいてある本で村上作品に近づいて、読み始めた最初の「海辺のカフカ」。カフカという言葉に誘われるように昨秋プラハに行くことになった?

 わからない、でも何年も、何回もそういうことが重なると不思議な感じはなくなる。

 何かの導きに従って生きている、生かされているという思いをあらたにした。

 お薦め、ブック1,2,3。

 さて、つい3日前に書いた「アリス イン ワンダーランド」。

 もう一回見てもいい! とは書いたのだが、今日、本当に「映画の日」に娘といっしょに吹き替え版を見てきた。

 どこがどういいのか、自分でも説明できないが、二回目も楽しめた。

 パンフレットにも書かれているが、キャラクターのそれぞれが、ほんのちょっとずつずれているというのがいいのかもしれない。特にジョニーデップの何というか、23.4度傾いた感じ、「変なんだけど、ナチュラル」感がいい。ジョニーの最後のシーンではちょっとうるうるした感じが残るのだ。

 「映画の日」という要素も大きいとは思うが、今日はなんと最前列まで人が入るほどの盛況ぶり。3Dの映像が流れ始めた瞬間、見ている子どもたちから「おおー」といううめき声が聞こえたときは嬉しかった。     普段、大人がぺちゃくちゃしゃっべっていると、かなりイライラするのだが、子どもたちの歓声というのは、 邪魔にならないどころか、むしろ映画を盛り上げてくれる。不思議なくらい。

 釧路のワーナーマイカルがとうとう4月27日から3D上映を始めた。

 現在の3D映画は「アリス イン ワンダーランド」。

 3Dという話題性はもちろん、監督はティムバートン。ということで早速行ってみた。

 さすがにお客さんは入っている。

 専用のメガネは無料で一個くれるが、ぼくのようにメガネをしている人にはメガネonメガネは見にくいので、300円だしてメガネに装着するタイプのメガネを買った(後で、実際に無料のメガネをメガネonメガネにしてかけてみたらそんなに見にくくはなかった)。

 1800円の入場料+3D料金300円+メガネ装着タイプ300円=2400円という高い値段になったが、もちろん後悔はない。映画館が消えるかもしれない街である。多少の出費をしてでも映画をたくさん見て、映画館を存続させよう!

 だからというわけではないが、「アリス…」は面白かった。画面は想像通り、立体的で、飛んでいる蝶などはほんとに手が届きそうなところにあった。ストーリーはルイスキャロルのオリジナルの部分を挿入しながらも、斬新な切り口が見られ、なんといっても名高きアーティスト、ティムバートンの世界観に酔いしれた。

 ジョニーデップもまたまたいい。最初はミーハーねえさんを喜ばせるだけの二枚目役者かと思っていたが、大きな誤りである。すみません、ジョニー。最近公開されて見た「パブリックエネミーズ」、「Drパルナサスの鏡」、「アリス イン ワンダーランド」はいずれもすばらしい演技だった。

 これまた、お薦めの一本になりました。

 ところで、僕だけの印象かもしれないが、3Dの字幕は、字幕が浮いて見えるような気がして、目の焦点を合わせるのに少し戸惑った。

 子供にも見せたい3D技術と美的センスなので、今度は吹き替え版で画面に集中して見てみようか…と思う。そう、もう一度見たいと思わせる映画なのです。