『日本の危機管理はこれでいいのか』 | 温泉と下町散歩と酒と読書のJAZZな平生

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人生の事をしみじみ噛み締め出す歳は人それぞれやろが、ワテもそないな歳になったんで記し始めました。過去を顧みると未来が覗けます。
基本、前段が日記で後段に考えを綴っとるんで、後段を読まれ何かしらの“発見”があれば嬉しゅうございます。

一旦深夜3時半に目覚め、今朝は8時半に起きた。

朝食は昨夜スーパーで半額になっとった牛カルビ焼肉重。デザートは和歌山産みかん3個。

アルバム「サラ・ヴォーン・ウィズ・クリフォード・ブラウン」をレコードで聴いた。

「大唐女法医」第6話をギャオで見た。利を求めて策を弄するのが得意なお嬢ちゃん役チュ・ギョルギョンええ味出しとる。

昼食は去年オープンの東日暮里「さとうともや」に初めて入ってみた。頼んだの豚しょうが焼き定食で、ご飯、スープ、冷奴、ゼリーが付き920円也。正午には満席になった。

郵便局で金下ろし、スーパーで食料買うて帰宅。

冷たい風に体冷えたさかい風呂に一時間浸っとった。岸田文雄は米国に忠実にしとれば上手く行くもんやと考えとるんやろなと思いながら。

友人、妹にメール送付した。

グレープフルーツジュース飲みながらチャールズ・ミンガスのアルバム「チェインジズⅠ」をレコードで聴いた。

大相撲中継をラジオで聞いた。

夕食は広島産牡蠣、茨城産チンゲン菜、北海道産玉ねぎ、長野産舞茸をタジン鍋で蒸して食うた。デザートは青森産りんご。

友人達にメール送付した。

 

 

『日本の危機管理はこれでいいのか 阪神大震災、地下鉄サリン事件の教訓をどう生かすか』を読んだ。著者は竹村健一と佐々淳行。共にもうお亡くなりになっとる。

95年発行の書籍や。振り返ると、この年の1月阪神淡路大震災があり3月オウム真理教による地下鉄サリン事件が起こされたんや。それが「憂いなければ備えなし」で居るのが大きな誤りであるんを一挙に知らせた。

去年、プーチンロシアによるウクライナ侵略があり、「決して武力行使の放棄を約束しない」云う習近平中国共産党の台湾併合は構図が似てるから、危機が差し迫っとると地政学リスクに対する我が国民の意識も或る程度高まった。佐々も指摘しとるが、中国共産党が台湾進攻すれば大量の難民が日本に流入するからな。

侵略を躊躇わせる兵器と運用システムが必要やさかい岸田文雄政権は防衛予算の倍増で動いとる。

ただ、それって米国の旧兵器を買う為にしよるんやないかと思うてまう。ほんまに真っ当に危機管理に臨むつもりやろかと思うてまうのはワテだけやろか。

目次は

  第1章 日本はどういう国だったのか

 日本に神風が吹いたー竹村

 憂いなければ備えなしー佐々

  第2章 危機管理後進国・日本

 賢者は歴史に学び、愚者は体験に学ぶー竹村

 日本の危機管理の根本的問題ー佐々

  第3章 危機が今世紀中に日本を襲う

 まともな国の基礎となるものー竹村

 難民の流入に備えよー佐々

  第4章 危機管理を基盤にした国へ

 財力を安全保障と危機管理に振り向けようー竹村

 拙速に走らず、だが着々とー佐々

 

著者に云われる迄もなく我が国は安全保障と危機管理をなおざりにして来た。

それ等をなおざりにしたからこそ我が国は高度成長がより大きゅうなったちゅう一面もあんねん。安全保障と危機管理の体制を確立するには人・物・金の全てが必要やからな、それ等をそっちに回さず経済発展に注ぎ込めばええさかい。

だが、それに慣れて馴れ切った事が国民を平和ボケさせノーテンキにしてもうた。

政治の最大の使命は生命、身体、財産の安全を守る事や。

ところが、阪神淡路大震災の時の首相は社会党の村山富市。当時、この首相には当事者意識が欠落しとったとよう云われとった。緊急事態に対処する責務が自分達内閣にあるちゅう意識が何ら感じられんかった。それが災害後の人災を招いたんや。

しかもそれは村山富市内閣だけやない。自治体の長も同類やったがな。自衛隊の協力を断る愚を冒しとんねん。

速やかに自衛隊を出動させとけば、犠牲者の数をかなり減らせたんや。

なぜ自衛隊を救助活動に行かせんのや、何の為に自衛隊が居んねん、とイライラしとったの思い出すわ。

それと比べて後藤田正晴はごっつ偉い。昭和61年大島の三原山が噴火し、島民に危険が迫った時、中曾根康弘内閣の官房長官やった後藤田正晴は初代安全保障室長の佐々淳行に「君がやれ。責任は私が持つ」云うた。それは法的根拠は何も無かった。官房長官にそないな権限無かった。しかしながら、火山は待ってくれる訳がない。これこそが災害対策基本法に根本的欠陥あり緊急に対処せなならん時の政治家の行動ですわ。ちなみにこの時、都知事の鈴木俊一(今の財務大臣とはちゃいまっせ)と運輸大臣の橋本龍太郎はようリーダーシップ発揮しとったそうや。

勿論、普段から各種の法を見直し、体系を整え、それに基づいて体制を構築しとくべきや。それに加えて佐々云うところのアドホックな対策が必要なんや。

難しい問題点は、非常時に首相への指揮権の集約をどれだけすべきかちゅうこっちゃ。佐々は指揮権の集約は絶対必要としとる。

指揮命令系統の確保は大事やし、常にヘッドクォーターは必要である。そやから権限の委譲順位を明確に決めとかなならん。それに反対する人はへそ曲がりしか居らんやろ。

ところが、非常時であってさえもヘッドクォーターへの指揮権の集約には異論続出する。なぜなら東條英機の如き首相が出るからや。

それにしても我が国の危機管理対処方は、この本が世に出てから四半世紀以上経つものの幾らかましな程度。遅々たるもんなんやが、去年危機管理の重要さを強く感じ、これではあかんと認識改めた方はどれ程居るんやろか?