『麦屋町昼下がり』 | 温泉と下町散歩と酒と読書のJAZZな平生

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人生の事をしみじみ噛み締め出す歳は人それぞれやろが、ワテもそないな歳になったんで記し始めました。過去を顧みると未来が覗けます。
基本、前段が日記で後段に考えを綴っとるんで、後段を読まれ何かしらの“発見”があれば嬉しゅうございます。

昨夜、Hちゃんと「谷中 鳥よし」で酒飲んで帰ったが、いつ寝たか記憶無し。今朝は7時半に起きた。

ぬるめの風呂に半身浴一時間しながら、宮川紗江選手告発の日本体操協会のパワーハラ問題考えとった。体質を是正せなあかんやろ。

朝食は山形庄内産ひとめぼれ米でご飯炊き、くめ納豆、海苔で二膳。デザートは山梨産巨峰。

友人達にメール送付した。
牛乳ガボガボ飲みながらダイアン・リーヴスのアルバム「サラ・ヴォーンに捧ぐ」をCDで聴き、蒸し暑いんで外に出た。

公園の日陰でまったりしとったら正午に。

昼食は「浅草みくも」に行って、ほっけ焼き定食を頼んだ。茹で卵の入ったサラダ、煮付け、小鉢、味噌汁とご飯が付いて1080円也。島根県の富士酒造「出雲富士」ちゅう日本酒もちょっち頂いた。

満足して店出て、郵便局で支払済ませてから、スーパーで飲料買うて、ゆいの森あらかわに涼みに行く。

藤沢周平の短編をメモ取りながら読んだ。

遠雷が聞こえ出したんで、急いで帰宅。

夕食はカナダ産豚肉、茨城産南瓜、新潟産ぶなしめじをタジン鍋で蒸し、ご飯食うた。デザートは南アフリカ産グレープフルーツ。

 

 

藤沢周平の作品の何がええって、色々あるんやけど、その節度がええなあと思いながらまた読んだ。

読み返したのは『麦屋町昼下がり』で、この短編読み応えがありまんねん。これで読むの四度目ですわ。

主人公は片桐敬助。35石取りの下級武士の若者なんや。

上司の御蔵奉行草刈甚左衛門から夜も更けてからの呼び出しに出掛けた敬助は、縁談の話を持ち掛けられた。

ところが、その相手ちゅうのが家禄120石の御書院目付勤める寺崎の三女。身分の差が甚だしく、釣り合わぬのを理由に、敬助はその場で断ったんや。江戸時代は身分社会やからこそ数少ない出世の手段である逆玉の輿に乗ればええのにな。

けれども、草刈り甚左衛門は敬助がそない返答しよるの予め分かっとったらしく、敬助の断り聞いてもちょっちも動じはせんのや。「そなたの母親は気の小さな女子だからこの縁談にはおどろくにちがいない、気長に説得してみろ」と彼の家の中見透かした事を云うて、敬助解放しましたんや。

その帰り道の敬助、何となく縁談話に浮き立ったりしとりましたんや。

そこに事件が起こったんですわ。

敬助は逃げる女と抜刀し追いかける男に出くわすんや。

若い女が「お助けくださいまし」と叫んだ。

追って来た大柄な半白の髪の男の手足に夜目にも鍛えた筋肉が見えたわ。

敬助は走り寄って来た女を咄嗟に背にかばうと、追って来る男の前に立ち塞がったら、その白い寝巻姿した男、理不尽にも敬助に斬り掛かって来よった。

そやさかい、身を守る為に敬助も抜刀し、男を斬り倒したんや。

追われとったのは、齢二十代半ばの卵型の顔した夜目にも美しい女やったが、斬り殺した相手は300石取りの上士弓削伝八郎やった。そして、「申しおくれましたが、私は弓削新次郎の家内です」と云うやないかい。

それで敬助は恐怖が入りまじる激しい狼狽に襲われる。なぜなら、あろうことか斬り殺したんが弓削新次郎の父やったからや。

その女によればや、追って来た男は舅で、無体な事されようとしたんで逃げとった、云うねん。

そんな事情があったにせよ、身分社会やさかい、斬り殺した相手が上士なのは不味い。しかも、伝八郎の息子でその女の夫は、藩中随一の剣の遣い手であり、時折強い偏執的な性向露わにし奇行で知られる弓削新次郎なんや。そんな新次郎に、敬助はこれ迄二度試合をして二度共完膚なきまでにやられとった。敵う相手やなかった。

敬助はそんな相手の仇になってもうたんや。不幸な男や。

その時、弓削新次郎は江戸詰め勤務で国元には居らんかった。いずれは国勤めに変わるけどな。

敬助は御蔵奉行の家に戻り、寝とった草刈甚左衛門を起こして詳細話し、同道してもらい大目付犬井の屋敷に出頭し申し開きをした。

処分は閉門50日ちゅう割と軽いもんやった。

正当防衛ちゅう自分に非の無いもんやったからな。

けれど、藩内に弓削新次郎が片桐敬助に報復しよるやろと噂が立つんや。他人なんてそんなもんや。

縁談の話も寺崎家から無かった事にしてくれと云うて来た。弓削との間に一悶着ある事が不安やったからや。

敬助も、この儘では弓削新次郎に仇討ちされるんやないかと悩む。

それで、剣の師匠の野口源蔵に相談しに行ったら、父の高弟やったが破門になった大塚七十郎に教わってみてはどうかと云うねん。

それで、源蔵に云われた通り酒を土産に大塚七十郎訪ねるんや。

「おれにまかせろ。よろしい。貴様に不敗の剣を教えてやろう。わしを頼って来たのは賢明だった」そう七十郎は豪語する。

それから、嘗て天才剣士と云われた七十郎に教えを乞う敬助やった。七十郎ちゅう小柄で痩せた四十半ばを過ぎたと思しき男は、源蔵の父である当時の師範に長い試合の末勝ったものの破門となる。

多分、源蔵の父の嫉妬やろな。

その後は落ちぶれたとった。一時は代官を勤めたものの、大酒飲みで職務しくじり家禄大幅に減俸されたりしてな。ここにも不幸な男や。

タイトルにある麦屋町ちゅうのは、料理茶屋や小料理屋、待合茶屋が集まっとって、奥に入れば遊郭もある所なんや。そやから武家の妻が夜な夜な訪れる場所やあらへん。

ところが、新次郎の妻は麦屋町で密会を目撃されとった。

実は新次郎の勝気そうな顔立ちした妻は、夫が留守しとるのええ事にその麦屋町で不義密通しとったんですわ。

舅伝八郎は、そうと知って追いかけとったんやないのか?死人に口無しで、庇うた女に騙されたないんか?敬助は悩む。

新次郎は真相追いかけとった。こんなところ、衝動的な父伝八郎より思慮があるんやないの。江戸から戻って三月程経った七月、彼は浮気現場を押さえたんやろ、妻とその密会相手を斬殺した。

しかしながら、それに止まらず料理茶屋の使用人と捕縛に来た徒目付二人を斬殺し、その儘麦屋町の料理茶屋に立て籠ったんや。

そやから城から急いで討手を出す事になったんやが、大目付から討手を命じられたの、敬助やった。

敬助が新次郎と刃交えなならんの宿命や、とか思うのはアホな宿命論者や。藩の上層部の保身の為に選ばれた訳ですわ。彼等にとって都合ええのが敬助で、単に敬助が藩で新次郎に次ぐ剣士と思われとったからちゅうんやない。大塚七十郎やったら新次郎より強いかもしれへんのやから。

敬助は、月番中老、大目付、に「ご命令をください」と云うんや。なかなか賢い。

それで、大目付と一緒に麦屋町へ行く。町の入口に着くと、黒山の人だかりですわ。

敬助は討手として新次郎に対峙しますんや。

新次郎もまた不幸な男やった。

決闘せざるを得ぬ不幸な者同士なんや。

[「やっぱり討手は貴公か」

歯をむき出して、弓削が笑った。

「相場はそんなところかも知れんが、貴公じゃおれに勝てんぞ」

「さあ、どうでしょうか」

と敬助は言った。心ノ臓は喉もとまでせり上がるかと思うほどはげしく躍りつづけ、手も足も金縛りに遭ったように固く感じられるのに、落ちついた声が出た。

「ためしてみますか」

「もちろん、ためしてやるさ」

と弓削は言った。その姿に眼をそそぎながら、敬助は言ってみた。

「斬り合いをやめて、大目付に出頭して出てはいかがですか。情状は汲んでくれると思いますが・・・」

「いやなこった」

弓削はにべもなく言った。

「女房たちはともかく、徒目付を斬っている。とても無罪放免とはいかんさ」

「茶屋の使用人も斬ったそうじゃないですか」

「やかましい。おれは癇にさわるやつは誰でも斬る。貴様のおしゃべりも、そろそろ癇にさわって来たぞ、片桐」

弓削は一瞬、白目をむいたような眼をした。

「もう黙れ、片桐」

そう言うと、弓削はすたすたと近づいて来た。総身に悪寒が走るのを感じながら、敬助は刀を抜いた。

弓削はそれを見て立ちどまったが、突然に走り出した。春に見たときとは違って、弓削の動きはおどろくほど敏捷だった。あっという間に敬助の眼の前に来た。

左斜め上方から襲って来た弓削の剣を、敬助は寸前にかわした。体を入れ換えて、また斬りかかって来た下段からの剣も、上から押しつけるようにしてはねた。

斬り返されると思ったに違いない。弓削は体をまるめて敬助の横を駆け抜けた。風のように速かった。敬助がむき直ったときには、弓削はもう青眼に構えていた。その構えのむこうから、訝しむような眼が敬助を見ている。敬助が斬りつけなかったのを不審に思っているのだ。

「おれをつかまえようとしても、そうはいかんぞ」

と弓削は言った。

「斬って、斬ってり死にするんだ」]

昼下がりの焼けるような日射しの中、殺し合いが始まる。

敬助は、大塚七十郎に習った通り、相手の剣を受けて受けてまた受けて疲れさせ、苛立たせ、新次郎の一瞬の隙を待った。

死闘の果てに、敬助は新次郎討ち果たした。群衆の中に妹と、その傍には縁談の話あった娘と思しき娘が立っとった、ちゅうところで物語は終わる。

三人の不幸な男の内、一人は斬り殺され、もう一人はこの儘うだつの上がらぬ暮らしが続くに違いない。敬助には仄かな明るさが見えたところで終わるんや。

しかし、新次郎の嫁も罪作りや。浮気せなんだら、彼女の相方、舅、夫、それに己を死なす事無かったんやさかい。不義密通が罪に問われる時代に生まれたのが不幸やと主張する人も居るかもしれんが。