人間関係のジャッジは第三者 | ハロー人生!!

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いつまでも成長期の負けず嫌いな末っ子のノンフィクションサクセスストーリー。

久しぶりにアメーバに戻ってきた。

理由は単純にfacebookで書くべきことでもないし、ツイッターでつぶやくには足りないからだ。


とりあえず、人間の大半を決めるのは精神力。

精神性の向上なくして人間の進歩はない。


その精神とは何か。


多くの哲学書、宗派によってさまざまではあるがその多くはあんまりにも難解である。


ある意味それらは中身のないマスターベーションのようなもの。

そこに回答を見出してもそれを自分の今ある問題に落とし込むには相当の労力、理解力が必要であるし、仮にそれを理解したところでそれ(哲学)が当事者の問題解決につながるとは思えないのです。


現代の簡略化していく風潮ではもっと噛み砕いたものでないといけないし、現実にありうることでないと、結局渦を巻いていくばかり、。


とりあえず前置きはこの辺にしておいて。。。


まず、あなたは人にいらっときたときはないですか?


こいつは仕事中によくしゃべる。

相手になんとなく敵意を感じる。

こいつのやり方はなんか気に食わない。


とりあえずそこで思うことはその人は間違いなく自分にとっての成長の糧となります。


その対象を敵として意識しなくなったら確実にその人より人格、気品、人間性が上になります。

逆にその相手を目には目をで仕返しをしようものならそれはあなたとその人が同程度の人間でしかないということになります。


要は人間関係で躓いたときは揺れる稲穂のごとくかわして行くことだけで、気が付いたら成長するのです。


人間関係を円滑に保つ、かつ自己を成長させるのには自分のキャパシティを増やしていくしか方法はないのです。

相手を攻撃してつぶすという考えはもはや下人の行う愚行です。

いくら相手に攻撃されても見ている人は見ています。

仕事で相手が一向にやる気なし。。。

きっと環境にはもう一人見ている人がいるはずです。

自ら手を汚すことなく、敵対象は淘汰されていきます。

人間関係で悪い行いをしているものは必ずいつか淘汰されます。

だから仮に仕事に気に食わない人がいても相手にしない、口論、喧嘩にになったが最後、はたからすれば同じ人にしか見えません。


一対一の関係には必ず第三者がいます。

すべてのジャッジは第三者です。

そして第三者の多くは権力を持っています。

第三者がいかようにも、動かせるのです。


それができるころにはもうあなたは人間として一つ格上に見られているでしょう。


まとまりのつかない文章ですがまた考え事が浮かんだら更新します。