「アトランティック・レコード物語」90年刊(邦訳92年)

Atlanticレーベルを軸に、50~60年代を中心としたアメリカのレコード業界の裏面史。Atlanticと関わりのあった、主に黒人音楽を送り出したインディーレーベルがいくつも登場する。Chess、Stax、Specialty、Scepter……等々。

音楽に対する深い理解と愛情、ミュージシャンへの敬意、などといったロマンチックな話はここには一切無い。
金の匂いに群がる大悪党や小悪党どもが縦横無尽に暴れ回る痛快な読み物。
レーベルはミュージシャンへのギャラをほんの少ししか払わず(あるいは全く払わず)、ディストリビューターは利益をごっそり抜いてゆく。


さすがに主役のアーメット・アーティガンについてはあまりヒドい書き方はされていないが、彼が例外的な存在だったことはよく分かる。
50年代のブラックミュージックはまだそれほど金になったとは思えないが、小金を稼ぐには手を出し易かったということか。
(後に音楽産業が巨大化すると、メジャーなアーティストはより高額の契約金を求め、世話になったレーベルを平気で出て行くようになるが、まぁ、プロとしては当然だろう)








すでにヒット曲を出しながらなかなか金の入って来ないMuddy Watersは、レナード・チェスの新居の壁のペンキ塗りやスタジオの雑用係のバイトをする。
『親父の頭には金を稼ぐことしかなかった』(息子のマーシャル・チェス談)

ライブハウスBirdlandや幾つものナイトクラブを経営するモーリス・レヴィ、実業家なのかマフィアなのかよく分からないが、56年にルーレット・レコードを設立。
『この業界はタフなビジネスだ。どうやって他人を出し抜けるかにかかってる』

ヒット曲を産むにはラジオでかかることが絶対だった時代に、DJ自身の選曲による番組を始めたアラン・フリード。彼によってインディーのブラックミュージックは一般の白人ティーンエイジャーにも広く紹介されることになる。と同時にペイオラ(DJへの接待、賄賂)も定着させる。
『豪華な食事と酒、積み上がる現金、美しい女性たち、なんでも飛んで来た』



60年代後半からロックの隆盛もあり一気に巨額の金が動くようになったレコード業界。白人による黒人文化の盗用という面はあるにせよ、「ブラックミュージックのエッセンスをちょっと水で薄めてみた」音楽こそが、広く一般大衆に受け入れられるものだったように思う。

それにしても、音楽自体はそっちのけの状態の中、あの魅力溢れる音楽たちがよくぞリスナーの元に届いたと思う。同時に、リスナーが聴くことが出来なかったレコード、ミュージシャンはいったいどれだけ居るのだろう。




もう30年前の著作で邦訳で読む限りだが、ドライでシビアでシニカルでユーモアのある筆致。やっぱりアメリカ伝統のジャーナリズムは強い。
と思ったら著者はイギリス生まれの二人の女性だそう。
日本で同種のものを著せば、きっと人間どうしの結び付きなど情緒面が強く出た、まるで趣の異なるものとなるだろう。

アルフレッド・ライオンはドイツ、アーメット・アーティガンはトルコ、レナード・チェスはポーランド系移民。彼ら異邦人の手によってアメリカのブラックミュージックは広く日本にも届いた。