
2024年から連載中。
以前からX(旧Twitter)で話題になってたマンガ。ずいぶん出遅れたがようやく読み始めてみた。
が、これは厳しい。
キャバクラに勤め始めたみいちゃん。仕事以前にごく単純なことが出来ない。そして自分の身を護ることも知らないし出来ない。
繰り返しグラスを割る・常連客の好みを覚えない・源氏名でなく本名を名乗る・さらに自宅の住所を客に教える・客にプレゼントされたぬいぐるみを店の更衣室に飾る(当然カメラや盗聴機が仕込まれている)……。
内容的には若年生活困窮者(特に女性)に関する各種ルポルタージュで断片的に目にしたことがある事例が多いのだが、絵柄が可愛らしいこともあってスラスラ頭に入って来るせいで余計にキツく感じる。
また各種ルポの書き手の多くが男性であることに対し、このマンガの作者は(おそらく)女性。したがって視点がかなり異なるし、なにより描写に容赦がない。
IQの数値は万能ではないが、一応データ上では境界知能は70~85で人口の14%。もっともこれは14%程度を境界知能とみなすという見解が先に設定されているだけという説もあるし、そもそもIQを正確に測定出来る態勢が整っているわけでもない。
IQ69を下回り知的障がいと判定される人に対しては(一応は)福祉面での公的支援の対象者となる。一方で境界知能の人に対しては制度上の支援は無い。
知能面での障がいは遺伝するのか。これについてはまだ明確な見解はないらしい。しかし、知的障がいとみなされる親に育てられる子供が、成育環境でハンデを背負わされる可能性は高い。
各種ルポルタージュで目にした事例がこのマンガでもより分かりやすく出て来る。
各種ルポルタージュで目にした事例がこのマンガでもより分かりやすく出て来る。
一例を上げると、親に愛されて育った場合 → 『○○ちゃんは可愛い、世界で一番可愛い、○○ちゃんはママの宝物』
これが自己肯定感に繋がる分には正しいのだけれど、それが絶対の自己肯定感として固定してしまうと社会とのすり合わせが出来なくなる
これが自己肯定感に繋がる分には正しいのだけれど、それが絶対の自己肯定感として固定してしまうと社会とのすり合わせが出来なくなる
→ 自分は自分の思うように出来る、何か失敗して注意を受けるといじめられたと感じてしまう、忠告はうっとうしいだけ、自分をバカにせず “可哀そう”とも思わず対等の人間として接してくれるのはベッドの上だけ。
性犯罪に甘く性風俗産業が大好きで痴漢予備軍でもある日本社会の男性たちにとって、こんな都合のいい存在はないだろう。
このマンガ、すでに第5巻まで出ているが、これをさらに読み進めるのは厳しい。
読者は若い層が多いのだろうけど、こうした内容の作品がこれだけ広く支持されるというのは、それだけ身近なリアリティーを感じる人が多いということか。
〈余談〉
このマンガとは直接関係はないが思い出したこと。
第二次世界大戦へと向かうドイツのナチ政権は、T4作戦と称して知的障がい者・発達障がい者を徹底的に“処分”した。
戦後、理屈の上では身体的に健康な個体だけが残った。しかしこの壮大な実験の結果は期待したものではなかった。 健常者である夫と妻から生まれた子供たち。その一定数は障がいを持って生まれた。
これは生物学的に当たり前のことで、親とまったく同じ子供が生まれることはない。同じであれば生存環境の大きな変動や感染症などによりその種が絶滅する危険がある。それを回避するため世代交代の際に大なり小なり突然変異が起こる。
結局のところ、なんらかの障がいを持って生まれて来る人がいるのは自然の摂理であるわけだし、そのことを正しく踏まえた上での社会の制度設計が必要なのだが、果たして現状はどうなのだろう。
闇バイトであったり詐欺の実行役であったり、
社会が根本的な支援をしないのであれば、彼ら彼女らが社会に恩を感じる必要はないし、社会のルールに従う必要もない。
社会が根本的な支援をしないのであれば、彼ら彼女らが社会に恩を感じる必要はないし、社会のルールに従う必要もない。
そう言えば、かつてある程度経済的に余裕のある家だと座敷牢という“仕組み”があったなぁ。いや、今でもあるのかもしれない。
現在では大家族制が崩壊し経済的余裕もなくなりつつあるので社会全体で考える必要があるが、まぁ無理だろうなぁ。





