現在は新宿二丁目(最寄り駅は新宿三丁目駅)にあるジャズのライブハウス「新宿PIT INN」。
東京、それも新宿という好立地ということもあるが、フード類が無く鑑賞専門のジャズのライブハウスとして日本屈指のハコでもある。

面白いのは出演するミュージシャンの真剣さ。他のハコだとリラックスして普段着の演奏、時にふざけたプレイをするミュージシャンが、ここだとえらく生真面目な顔で生真面目なプレイをする。
したがって、客も概ねは真剣に演奏を聴く。
ミュージシャン、またその音楽によっては場の空気が硬過ぎると感じるケースもあるが、それも含めてこのハコのいい特徴かと思う。
どのライブハウスで演っても(ふざけた)態度が変わらないのは“渋さ知らズ”の不破大輔ぐらいか。






『新宿ピットイン』 1985年刊行。
1965年12月に創業したライブハウスの20周年記念誌。 
自動車好きの人のための喫茶店をやるという創業者の当初の意図とは異なり、なし崩し的に思いがけない形でジャズのライブハウスとなったピットイン。 
新しい映画・演劇・音楽などの文化面、学生運動など政治的に混乱してゆく社会面を背景に、1960年代後半の混沌としたエネルギーに満ちた新宿の街でなければ成立しなかった場かと思う。 
ミュージシャンを巻き込んだ当時のハチャメチャな出来事の連続は、初代マネージャー酒井五郎の書に詳しい。

ピットインに関係の深いミュージシャンの回想記も収録されているが、言葉に熱がある。1960年代後半~1970年代に登場したミュージシャンは、1985年の時点ではまだ壮年期。
監修の相倉久人をはじめピットインを盛り上げた、そして日本のジャズシーンの隆盛を担ったという自負があるからだろう。当事者ならではのリアリティーを感じる。





『新宿ピットインの50年』 2015年刊行。
もうすぐ創業60周年を迎えるが、これは2015年に出た50周年の記念誌。 
ここにもこのライブハウスに馴染みの深いミュージシャンたちのインタビューがあるが、紙幅の関係もあるのだろうが内容はいたって薄い。
ミュージシャンたちの年齢ももう70~80代。表面的な思い出話になるのも仕方がない。
ミュージシャンが年齢を重ねるにつれて、古くからのファンも年老いた。客はヒット曲を期待し、ミュージシャンもそれに応える。ベテランらしい安定した演奏を楽しむことになるが、音楽の内容はすべて想定内。演者と客の間に予想もしなかったような新鮮さ、斬新さが生まれることはない。こうなるとただの懐メロ大会なのでは?
(この冊子には登場しないが、高齢になっても新しい音楽に果敢にチャレンジし続けるのは林栄一などほんのひと握り)

それはともかく、20周年版にも記載があったが、さらに詳細になった年表が興味深い。
出演者をかなりの程度リスト化したもので、ミュージシャンの顔ぶれを見ていると、時代を反映しながら着実に歩んだ日本のジャズシーンがリアルに伝わる。
この50年の日本のジャズを俯瞰したような書籍が無いので不便と感じることもあるが、この年表のように余計な解説を載せず名前の羅列だけの方が、かえって日本のジャズシーンの流れを掴みやすいように思う。


2015年に開催された新宿PIT INN 50周年記念の「新宿ジャズ・フェスティバル」。
顔見せ興行のようなものだが、いろんなミュージシャンを手軽に楽しめた。
ただ、会場が新宿文化センターという大きなホール。新宿ピットインの狭いハコ(立ち見を入れて満杯でも110名ぐらい)の感覚で言うと、ジャズはやっぱりホール・コンサートでなく狭いライブハウスで観て聴いた方が臨場感があって良いなぁ。



〈追記〉
最近になってPIT INNレーベルからライブ音源がちょいちょい出るようになった。しかし、店には貴重な音源がまだまだ大量に残っているはず。
音質の問題や商品化してペイ出来るかのリスクもあるとは思うが、発掘してほしいミュージシャンや録音時期などをファンから募ってクラファンなりで実現してもらえればいいのだけれど。
あと10年もすれば、関係者は誰も居なくなる。