「undo」
1996年の邦画。50分程度のミニシアタァ。
見たくて、見たくてたまりませんでした。
きれいで、そこだけに創り上げられた映画だと思います。
感動するような物語ではないのに、
キレイすぎて悲しくて、かわいそうで泣いてしまいました。
泣くような話ではなくて、
ただただほどけてしまって、どうしようもなくなった愛を
むすびたがっている二人の物語でした。
ある日、主人公の妻であるモエミは、強迫性緊縛症候群という病にかかります。
さみしい、愛されたい、という感情をモノを縛ることであらわすのです。
それに戸惑う主人公は、医者に問われます、
「縛り付けるような愛し方をしてはいませんか?」
そして、気づきます、
「縛るというよりは、ほどけてしまった気がするんです。」
モエミが安心するというので、医者に薦められて、
主人公はある夜モエミを縛ります。
モエミが縛ったモノたちで、部屋は溢れかえっています。
必死に、ひっしにモエミを縛るのに、モエミは無表情です。
ひたすら、「ちゃんと縛ってよ。」と繰り返します。
何度も何度もやり直し、繰り返し、モエミを縛り付けます。
そして、今まで、縛られている間、表情を変えなかったモエミが、
一瞬だけ表情をくずして言うのです。
悲しそうな、懇願するような、どうして、と問いかけるような
真っ赤に腫れた目で、言うのです。
「ちゃんと、縛ってよ。」
最後に、モエミは主人公を縛り付けて行方知れずになります。
物語は、そこで終わります。
なにが美しいのか、と問われると世界が美しいのです。
ひとが、美しいのです。
部屋の全てのモノをあんなに縛り付けたモエミが、
最後まで愛していた主人公を縛らなかったこと、がキレイだと思いました。
モエミは愛されている証拠に縛ってほしかったんだと思います。
それなのに、主人公はモエミを愛していたからではなく、
モエミの病気を治したくて、普通に戻って欲しくて、
縛ったんだと思います。だから、モエミは満足しなかったのだろうし、
最後の最後に愛するものを縛ったのだと思います。
他に縛れるものをなくして、彼女の何かはほどけたのでしょうか・・・。
undoの意味は、ほどけるです。
これは、私の勝手な感想です。
説明の部分もあってるか、あってないか曖昧です。