「そんなの誰だってあるよ」
ADHDのあなたは、自分が悩みを
相談した時にこんなこと言われた
経験ありませんか?
そして
この時こう思ったと思うんです。
「一緒にしないでくれよ」と
こんにちは、じぇいです。
僕が今の会社で、書類の記入ミスや、細かい提出物の遅れ・忘れに悩み、
上長に相談した時に言われたのが冒頭の一言です。
その人は、ADHDをカミングアウトしていた上長で、面倒見の良い方なので、結構落ち込みました。
「この人ですら理解してくれないのか、、、」
と軽く絶望した記憶があります。
その後、ADHDであることを知らないはずの別の管理職から飲み会の場で揶揄されるという、裏切りを感じたイベントも発生しましたが、それはさておき。
真剣に悩んでいるのに、なんでこうも理解されないのか?と思ったことはありませんか。
実はADHDと、いわゆる普通のひとは、はたから見て同じ人間であっても全く別の内面世界を営んでいます。
僕の場合は注意欠如・多動があるのですが、脳内でワーワーと音声が鳴り止まない感覚は多分、普通の人には理解されないと思います。
集中しているつもりでも注意が飛ぶ、一点しか見えていない。
「なんでそんなミスをするんだ?」と言われ続けるのは、同じ様なミスをし続ける僕のことが理解できない証左です。
一方、僕らADHDも周り人が考えていることが理解しにくい、ということもあります。
確かホリエモンだったと思いますが、想像力は情報量だ、と言っていました。僕はその通りだと思います。
僕らADHDは空気が読めません。
それはつまり、周囲の価値観やカルチャーという、他者理解に必要な情報を空気から読み取るのができないことを意味します。
同質的な日本人同士、特に村社会の様に明文化されていない独自のルールがたくさんあるような共同体においては、空気からそうした情報を読み取ることが求められます。
なので空気の読めないADHDにとって、そうした共同体で適切な振る舞いをするのは難関以外の何物でもありません。そんなことに興味がない場合は尚更です。
理解しようにも、理解をするための材料が決定的に少なくなりやすいのです。
これは、実は結構致命的。
相手のことが理解できないと、実務上のコミュニケーションも円滑さを欠きミスが発生しやすくなりますが、それ以上に感情的な好き嫌いの問題が発生しやすくなります。
何考えているかわからない、ミスするやつを好きになれる人ばかりではありません。
そして、そうした理解の溝がある中で、僕らは常に少数派。
いわれのないストレスが発生しやすい苦境です。チームワークが重視される職場なら尚更のこと。
相互扶助を前提として設計された日本的な職場で嫌われると、誰も助けてくれない/仕事を教えてくれない状況ができあがります。ハードモードです。
こうした苦境が如何に精神を疲弊させていくか、皆さんも想像がつく方が多いでしょう。
でも仕事は続くし、このままでは怒られは発生し続けます。
ではどうするか。
時間が無くなってしまったので、どうしたらラクになれるのか、その方法については次回お話します。