もう関心のある方はほとんどご覧になったかと思うので、書いちゃうけど、見てない人はネタバレご容赦。▶から◀の部分だけ飛ばし読みしてください。
▶恋愛アニメであるが、設定はSFである。
舞台は、隕石が地表に衝突して山奥の村が一瞬にして壊滅するという大事件が起こった日本。その3年後、東京都心に住む男子高校生の主人公タキと、美しいカルデラ湖と伝統的な組紐で有名な山奥の神社の娘、女子高校生でもある三葉が、ある日目覚めると体が入れ替わっていることに気づく。
田舎に倦み、東京のイケメンに生まれ変わりたいと願っていた三葉は、「夢」だった東京都心の男子高校生としての生活をエンジョイする。女性の心がわかるタキ=三葉は、女子力を発揮してモテるようになる。一方、女性の体を知らないタキは、三葉、つまり「夢」の中での自分の体を触りまくり、それまでの三葉とはまるで違う性格と運動能力で、三葉の友達を唖然とさせる。
入れ替わりはランダムにやってくる。何度か繰り返すうちに「夢」なのに、二人はなぜこんなにリアリティがあるのか不思議に思い、相手のノートに殴り書きをしたり、携帯に連絡日記を書いたりしてコンタクトを取り、「いやらしく体に触らないように」「女子力を発揮して変態だと思われないように」「お風呂禁止」などと取り決めをするようになる。
それぞれの環境でのいろいろな伏線があるのだが、タキが自分の携帯に残された三葉の番号に電話したことをキッカケに、入れ替わりは、ぱったりとなくなってしまう。
どうしても三葉に会いたくなったタキは、夢で見た風景や通った学校の絵を書き、その場所を調べ、訪ねる。しかし、そこは3年前、隕石の落下によって消滅したあの村だった。
タキも、うっすらと思い出した。確かに3年前、ニュースで話題になっていた。自分も東京で隕石がバラバラになって落下した美しい光景を見たのだ…。
愕然とするタキ。たまたま入ったラーメン店のおじさんが、現地から逃げてきた人で、タキを現地に連れて行ってくれる。その場所には湖がヒョウタンのように2つ並んでおり、見知った町の面影はなかった。唯一残っていたのは高台に建つ学校。
そして、それを知った瞬間、携帯から三葉の書いた連絡日記が消えていく。さらに、三葉という名前も忘れてしまう。◀
ここで終われば、恋愛ホラー小話で終わる。つまり幽霊に恋されたのだという…。
だが、ここからこの話は、SF・入れ替わりテーマから、タイムパラドックス・記憶の曖昧さへとシフトしていく。
ここまでの前半は、入れ替わりが起こるという決まり事を観客はわかっているから、主人公や友人・知人たちほど当惑もしないし、面白がれる。しかし、実は三葉は3年前に隕石で死んでいたということになると、「あれれ、どうなってるの?」という感情になる。そして、「3年前に死んでいた」というスクリーン上の新事実によって、「この恋はもうダメじゃん」「いや、なんとかなるんだろう」という観客の疑問と期待のベクトルが一点に集中したところで、そのエネルギーを動力源として、怒涛の後半が始まる。
▶タキは、自分がいつも手首につけている組紐を、誰にもらったのか、いつもらったのかをじょじょに思い出していく。それは3年前、東京の電車の中でたまたますれ違った女性にもらったものだ。その女性とは三葉だった。3年前、まだタキは三葉の顔も名前も知らなかったが、滅びの一日前、三葉はタキに会いに東京へ来ていたのだ。三葉はタキの顔や体をよく知っていた。そして、すれ違いざま「時を超えて絆を結ぶ」組紐をタキに渡したのだ。そのとき、タキはなぜあの女性が自分にこれをくれたのかはわからなかったが、以来それをずっと手首に巻いていた。タキにとってその3年後に、入れ替わりが起こるようになったのは、この組紐があったからなのだ。
これで、観客に、物語が続いていくキーは、組紐の不思議な力だということがわかる。そして「この恋はきっとなんとかなるんだろうな」という期待が高まる。そして、観客の期待通り、タキの突進が始まる。三葉に入れ代わっていたとき、タキは、巫女である祖母、妹とともに、村外れの山中にある神聖な岩屋に、三葉が口で醸した神酒を奉納した。3年後の今、そこへ行けば時間を戻せるかもしれない。岩屋で神酒を口に含んだ瞬間、組紐の不思議な力が発動し、タキは三葉に入れ替わり、かつ時を超えて、隕石落下当日にタイムスリップする。
三葉の母は、由緒ある神社の巫女であり、父は婿だった。母の死後、父は神社を飛び出し、町長をしていた。入れ替わっているタキ=三葉は、友人たちと町民を避難させるための大胆な作戦を展開する一方、父を説得に行く。だが、隕石が落ちてくることを信じない父に「お前は誰だ?」と言われ、失敗してしまう。失意の中、自分が三葉としてここにいるということは、タキの姿をした三葉が、あの岩屋にいることを確信したタキは、岩屋へと急ぐ。
日暮れ間際の一瞬、「彼は誰時」=「かたわれどき」に、とうとう二人は湖のほとりで初めて相対する。ひとことふたこと言葉を交わした二人。タキは組紐を「今度は君が持っていて」といって三葉に渡す。だが、すぐにその時は終わり、元の姿に戻ったタキは、忘れたくない、忘れたくないと叫びながら、ふたたび三葉の名前を忘れてしまう。一方、三葉も、手のひらにタキが書いたのが「スキダ」という言葉だったため、タキの名前を忘れてしまうが、町長である父を再び説得に行くところでこのシーンは終わる。◀
隕石落下から8年後。タキにとっては、入れ替わりから5年後。大学を出て、就活を終え、もう就職しているらしい。四谷、新宿などリアルな東京の街が映る。
高校生の頃、なぜあの隕石落下の村に強く惹かれたのか、もうすっかり忘れてしまっている。だが、誰か、とても大切な人がいたような気がして、いつでも探している。
こういう気持ち、何となく、誰にでもありませんか。子どもの頃に交わした、何かとても大切な人との大切な約束を忘れている感覚。
舞台が、ぼくの会社のあるところのすぐ近くなのは驚いた。
そして最終シーン。これはさすがに伏せておきましょう。普通に見てりゃ泣きますね。
タイムパラドックステーマの終わり方は、ふつう「過去は変えられないが、今を変えれば、未来は変えられる」という常識的なところに落ち着くものだ。
「今日が明日を作るんだ。そう、ぼくらの未来On the way!」(BABYMETAL「Road of Resistance」)
だが、このアニメの一大特色は「愛の力で過去も変えられる」という新しいシナリオを提出したことだ。コロンブスの卵かもしれない。
過去を変えると未来も変わっちゃうので、過去は改変しちゃダメ、というのが従来のタイムパラドクス・ルールであった。この世界は無数の時間軸が重層的に重なり合っているので、過去を変えると、その過去に沿った未来へ行ってしまう。つまり、過去へ行ってあなたのお父さんを殺せば、あなたは消滅する。つまりあなたのいない未来=現在になる。それを阻止するためにタイムパトロール員が色んな所で時間旅行者を見張っている、というのが従来のSFのお約束であった。
ところが、この「君の名は」では、中盤では、隕石が落下して、三葉の村の人は全員死んでいた(被災者名簿まである)のに、「彼は誰時」前後の二人の活躍によって、「避難訓練をしていたためにたまたま全員助かった」という未来になる。つまり、タキのいた現在からの働きかけによって、3年前の過去が改変されたのだ。
過去が変えられるという話なので、後悔だらけの中高年が感動し、夢のような物語を二度、三度と見たくなる気持ちがわからないでもない。
死者との恋愛を描く名作は多いが、この作品ではそのマンネリも避けられ、現実世界を変えてしまうところまで到達するわけだ。伏線が多く、複雑に見えるが、実は過去を変えちゃうという解決のドラマツルギーに立てば、すべてが丸く収まるようにできている。そのディテールのち密さ、組み立ての妙はたいしたものだなあ…と思った。
ところがですね。次女はですよ。見終わった後、帰りの車中で、「あらすじわかった?」と聞くと、「うん。結局みんな助かったんだよね」「そういうことだね。ま、愛さえあれば、何でもできるってな感じだな」「うーん…。」
としばらく考えたのち、こうおっしゃったのだ。
「でも、3歳年上ってことだよね」
そのとおりだ。お互いに「君の名は」と叫び、Radwimpsのテーマソングが入るウルウルシーンで終わるのだが、考えてみると、確かに運命の人ではあるが、3歳年上の姉さん女房になる。完全に尻に敷かれるぞ。いいのか、タキ。
シナリオに蟻の一穴。次女、GJ!