忘れないと誓った僕がいた
あまり具体的な内容は書かないようにしますが、
まだ観てなくて、何の情報もなく観たい人はこのブログは見ないでください。
ヒロインの高校3年生の女の子が、周りからどんどん忘れられていくというシュールな設定。
高校2年の頃から、どんどん周りから忘れられていき、ついには父親さえも自分のことを忘れてしまう。
その女の子に恋をした同じく高校3年生の男の子が彼女を忘れないようにするのだが・・・
確かにありえない設定だが、人は忘れる生き物ではある。
記憶力が良い悪いに個人差はあるが、
個人的には、忘れるということは、人間の特技だと思っている。
人がもし忘れられない生き物だとしたらどうなるだろう?
次の恋愛に進めない、辛い過去を引きずってしまう、失敗から前に進めない、人への憎悪が消えないなんてことになるだろう。
多分、自殺や殺人は今よりも増えるだろう。
まあ、この作品のような極端なことはないだろうが、人の記憶について考えさせるには良い設定だと思った。
こんな風に人の記憶について考えさせられたのは『メメント』以来。
『メメント』は忘れる。
『忘れないと誓った僕がいた』は忘れられる。
セットで観ても面白いかも。
つい先日、近所の行きつけのバーで1人で飲んでいたら、
『おー!じゃい!』
と40代くらいの男性が。
『おー!』と返事はしたものの、僕のリアクションを見て、
『覚えてないだろ!』
『うん!覚えてない』
と正直に答えると、彼は僕との関係を話してくれた。
高校の同級生だった。
高校の時は何回も遊び、卒業後は大人数だったが軽井沢へ旅行も行っていた。
話をしてみて初めて断片的に思い出したものの、せいぜい戻った記憶は20%程度。
僕は特に忘れやすい。
顔や名前を極端に覚えられない。
多分、ちょっとした病気だと思う。
記憶力が悪いってレベルじゃない。
おそらく今までたくさんの人を傷付けてきたと思う。
『覚えてる?』と言われ、
『もちろんだよ』と答える時もあるが、嘘だ。
会話の中から糸口を探し、その人が誰だか探っている。
結果、『絶対覚えてないでしょ!』と言われることがほとんど。
最近は開き直って
『全然覚えてません!誰ですか?』と答えている。
映画の中で女の子はヘルパーの仕事をしていて、そこにアルツハイマーの男性が出てくるのだが、
家族のことも忘れてしまうという意味では、この作品のテーマに近い社会問題だ。
忘れることと、忘れられることと、どっちが辛いだろう?
辛いことも忘れられるのなら、忘れられる方が辛いかもね。
悲しみが止まらない
あなたに彼女会わせたことを私今も悔やんでいる
杏里さんの曲で、自分の彼氏を友人に紹介したところ、友人が彼を好きになってしまい、彼も友人を好きになってしまい、恋人も友人も失い悲しみが止まらないといった内容の歌詞。
僕の見解だと、これは悲しみが止まらないというより、良かったと思えるのである。
もしもこの世に男性が僕しかいなかったら、絶大的にモテると思う。
何せ男性が1人しかおらず、他に選択肢がないのだから。
仮に、もう1人男性がいて、僕じゃない方がとてつもないイケメンだとしても、それでもまだモテるだろう。
100人に1人、1000人に1人が僕のことを好きになったとしても、とてつもない人数になる。
しかし、この世は男女比は大まかにいうと半々くらい。
僕は一気にモテなくなってしまう。
その中でも僕のことを好きになってくれた人もいるだろう。
でも、その人はこの世の男性全員の中から僕を選んだわけではない。
この世の男性全員なんて到底会うことなんて出来ないし、その人の社交性によって違うが、今まで会ってきた人の中から選んでいるというだけ。
だから、僕より後に出会った人の方を好きになるなんて、おかしいことでもなんでもなく、付き合ってようが、結婚してようが、その可能性は十分あるのだ。
好きな人の出会いを強制的に制限して、なるべく自分以外の人を好きになる可能性を無くすと考える人もいるだろう。
束縛なんかはその類だ。
強い格闘家が負けるのを恐れて、さらに強い格闘家との対戦を避けるようなものだ。
しかし、そこで勝ち取った愛は本物だろうか?
『この世の全ての男と会ってこい!それでもお前は俺のことが好きだ。なんなら、今よりももっと俺のことを好きになるだろう!』
なんてことは僕は言えないが、それくらいの方がカッコいい。
友達に恋人を会わせて、仮にそこが結ばれるなら、自分は所詮地区大会を勝っただけで、全国大会では勝てなかったということだ。
悔しいと思うか、それを知れて良かったと思うかは人それぞれだか、
その結果を知った上で、会わせたことを悔むのは、気持ちは分からないでもないが、ちょっと違う気がする。
まあ、もし仮に女性がこの世の全ての男性と出会えるとしたら、
俺のことが1番好きという女性は1人もいなくなっちゃうだろうけどねぇ。