インスタントジョンソン じゃいオフィシャルブログ『マルいアタマをぐちゃぐちゃにする』powered by Ameba -197ページ目

ざんぎり頭

ざんぎり頭・・・一昔前、チョンマゲを禁止にして、西洋人の髪型に。的な指令が出て、人々はチョンマゲを止めざんぎり頭に。



意味知らなかった。



この指令がなければ今も日本人男性はチョンマゲだった可能性もあるかもしれない。



考えたら、生まれてこのかた、チョンマゲにしたことはない。



お相撲さん以外では見たことない。



時代劇の役者さんは恐らくかつらだろう。



仮に僕がチョンマゲにしたとしたら周りはどう思うだろう?



「力士にしては太ってないなぁ」



と思われるだろう。



僕のこと知っている人は、


「コント?」



「番組の企画?」



そう思うはずだ。



誰も、



「ファッション?」



「お洒落で?」



「失恋?」



とは思わないはずだ。



でもこれが文化なら。



日本人男性はチョンマゲではないといけないと法律で決まっていたら。



日本人男性はどうなっていただろう?



ハゲは確実に地位は低かっただろう。



アデランスは永久チョンマゲを開発。



ヘアカタログは色んなチョンマゲモデルの写真が。



ファッション雑誌は



「この夏!茶髪チョンマゲが来る!」



「マゲの色んな結い方のHow to」



「女子が選ぶチョンマゲランキング!」



こんな記事が出るだろう。


そのうち、マゲを結わない不良グループも出て来るだろう。



髪を下ろし、西洋の真似をし始める。



しかし、公然の場でチョンマゲをしていないと、「公然髪下ろし罪」で逮捕されるので表には出れない。



今の、人前で裸で歩くのと同じような罪だ。



普段チョンマゲで、夜の怪しいバーで髪を下ろす奴らもいっぱいいる。



酔って、髪を下ろしたまま外に出ちゃう奴もいる。



帽子を被って女の子の前に突然現れ、



帽子を脱いだら、髪を下ろしていて、



女の子のリアクションを楽しむ変態もたまにいる。



だから帽子を被っていると職務質問されて中身を確かめられる。



めんどくさい!



朝大変!



シャワー大変!



セット大変!



そのまま寝たら、寝癖とかどうなの?



あー、ざんぎり頭で良かったぁ!




それはそうと、チョンマゲに似合う帽子ってどんなだろう?

福神漬

今カレーライスを食べながらふと考えた。



福神漬と聞いて連想することは何だろう?



96%はカレーライスじゃないだろうか?



2%は七福神



1%はオムライス



残りはふじっことか、少数意見がありつつ。



福神漬の立場になって考えると、



カレーライスがこの世から無くなって、1番辛いのは


福神漬だ。



死活問題だ!



黄レンジャーやカレクックも困るだろうが、



やはり福神漬はカレーライスあっての存在だ!



悲しいかな、独り立ちは難しいだろう。



一方カレーライスは福神漬が居なくなっても、悠然と生きて行くだろう。



カレーを食べながら、福神漬に



「カレーがいて良かったな」と囁いた。



そして、カレーライスと福神漬のような関係のカップルもいるんだろうなと。



彼女は



「あなた無しでは生きていけない!」



彼氏は



「別に付き合う人はいくらでもいるし」




こんな関係を



カレーと福神漬カップルと呼ぶことにした。

太陽の塔

1970年に大阪万博で芸術家の岡本太郎氏が作った作品だ。



この作品には様々なメッセージが隠されているらしい。



芸術というのは特別な存在だ。



絵画、彫刻、オブジェ、音楽・・・



生活に必要な必需品では決してない。



そのくせ、とんでもない値を付ける。



バブル期にはゴッホのひまわりが60億円。



一生生活出来るどころじゃない金額だ。



ハッキリ言って、僕にはその価値は見出だせない。



どんなにいい作品だとしても、大金を出す気にはなれない。



何故か?



その作品の良さが分からないからだ。



きっと、絵を描く人や芸術に肥えてる人には分かるのだろう。



天才には天才を見抜く人が必要なのだ。



だから、死んでから讃えられる人も少なくないのだろう。



さて、ではお笑いは芸術か?



まあ芸術だと思う。



ただ、芸術という言い方をしてしまうと、



「この笑いが分からないの?」



「~のコントは芸術だ!」


なんて言う人が出てくる。


「はぁ?」



って思う。



芸術なんて見る人が楽しめればいいんだ。



面白さなんて、人に強要するものでもないし、



笑えるかどうかでいいんだ。



「~の面白さが分からない」



「~のどこが面白いの?誰か教えて?」



まあ視聴者なんだから、好き勝手言うだろうな。



でも、人に教えて貰って分かるものかは疑問だ。



その人は笑わなかった。



それでいい。



それでも、やはり芸術だとは思う。



オリジナルで作り出した作品であって、



そこには色んなメッセージが隠されていたりする。



自分でも「いい作品だ!」


と思うときがある。



ウケるかどうかは別にして。



ただこれは作り手の趣で、見ている人は何となく見て、何となく笑えばいい。



作り手がいいコントだと思っても、ウケなきゃ駄作だ。



ただ、いい作品は何度見ても笑えたりする。



深みのあるコントや漫才は飽きなかったりする。



「インジョンさんのコントって何度見ても笑えるんです」



最高の褒め言葉だ。



まあそれでも限界はあるけどね。



いつか、お笑い美術館みたいなものが出来て、



観光客がコントや漫才を観ながら館内を回る。



「この作品私好きなの」



「この作品はついつい見入ってしまうなぁ」



なんてことにならないだろうか?



インジョン展なるものが出来、



うちらのコントを観ながら美術館を回るなんてことがあるだろうか?



うちらが死んでから、うちらのコントが認められ、60億で売れたりしないだろうか?



ないない!