太陽の塔 | インスタントジョンソン じゃいオフィシャルブログ『マルいアタマをぐちゃぐちゃにする』powered by Ameba

太陽の塔

1970年に大阪万博で芸術家の岡本太郎氏が作った作品だ。



この作品には様々なメッセージが隠されているらしい。



芸術というのは特別な存在だ。



絵画、彫刻、オブジェ、音楽・・・



生活に必要な必需品では決してない。



そのくせ、とんでもない値を付ける。



バブル期にはゴッホのひまわりが60億円。



一生生活出来るどころじゃない金額だ。



ハッキリ言って、僕にはその価値は見出だせない。



どんなにいい作品だとしても、大金を出す気にはなれない。



何故か?



その作品の良さが分からないからだ。



きっと、絵を描く人や芸術に肥えてる人には分かるのだろう。



天才には天才を見抜く人が必要なのだ。



だから、死んでから讃えられる人も少なくないのだろう。



さて、ではお笑いは芸術か?



まあ芸術だと思う。



ただ、芸術という言い方をしてしまうと、



「この笑いが分からないの?」



「~のコントは芸術だ!」


なんて言う人が出てくる。


「はぁ?」



って思う。



芸術なんて見る人が楽しめればいいんだ。



面白さなんて、人に強要するものでもないし、



笑えるかどうかでいいんだ。



「~の面白さが分からない」



「~のどこが面白いの?誰か教えて?」



まあ視聴者なんだから、好き勝手言うだろうな。



でも、人に教えて貰って分かるものかは疑問だ。



その人は笑わなかった。



それでいい。



それでも、やはり芸術だとは思う。



オリジナルで作り出した作品であって、



そこには色んなメッセージが隠されていたりする。



自分でも「いい作品だ!」


と思うときがある。



ウケるかどうかは別にして。



ただこれは作り手の趣で、見ている人は何となく見て、何となく笑えばいい。



作り手がいいコントだと思っても、ウケなきゃ駄作だ。



ただ、いい作品は何度見ても笑えたりする。



深みのあるコントや漫才は飽きなかったりする。



「インジョンさんのコントって何度見ても笑えるんです」



最高の褒め言葉だ。



まあそれでも限界はあるけどね。



いつか、お笑い美術館みたいなものが出来て、



観光客がコントや漫才を観ながら館内を回る。



「この作品私好きなの」



「この作品はついつい見入ってしまうなぁ」



なんてことにならないだろうか?



インジョン展なるものが出来、



うちらのコントを観ながら美術館を回るなんてことがあるだろうか?



うちらが死んでから、うちらのコントが認められ、60億で売れたりしないだろうか?



ないない!