災 | インスタントジョンソン じゃいオフィシャルブログ『マルいアタマをぐちゃぐちゃにする』powered by Ameba

Netflixで災を観た。


一般的に面白いとか、分かりやすいとか、そんなドラマではなく、どちらかというとメッセージ性の強い作品で、おそらくモヤッとして終わったと思う人の方が多いだろう。


サスペンスの分類になるが、犯人がどうとか、トリックがどうとか、東野圭吾作品のようなものは一切ない。


オムニバスのような連続ドラマになるのだが、死体が映し出される時の音楽が印象的だった。


この先、ネタバレになる可能性があるので、観てない人は読まないようにしてね。


ちょっと気になったのは、それまで死体が映し出されるシーンでは同じ音楽が流れていたのだが、


最後の死体が映し出されるシーンでは、その音楽が流れなかったのだ。


自分なりの解釈だが、もしかしたら、最後の事件だけ理由のある殺人事件だったのではないだろうか?


タイトルや作中のセリフでも出てくる災害、災難というテーマ。


それ以前の死は、災難でくくれる死で、最後のだけ違う的な。


毎回出てくる香川照之さんが演じる役。


死体には髪が1部切り取られてるという共通点があり、最後の香川照之さんの部屋のシーンで、壁に髪の毛の束みたいなのが掛けられていたのは、視聴者に思考を促す作品としてのテクニックに思えた。


実は、この災いに関しては僕もちょいちょい考えることがあり、そういう意味では、モヤッとした作品なのに、何故かしっくりきた部分もある。


世の中では、自分の愛する人が殺されるという事件はちょくちょく起きている。


自分の家族が轢き逃げされたり、無差別に殺害されたり、幼き子供が連れ去られ殺害されたり、娘がストーカー殺人にあったり、イジメによる殺人や自殺など。


絶対数的にはかなり少ない確率にはなるが、ニュースではこんなことが定期的に流れる。


こんなニュースを見ると、どうしても自分に置き換えて考えてしまう。


自分の妻や息子が誰かに命を奪われることになったら?


その悲しみは計り知れない。


絶望、虚無感。


家族の動画を観ながら涙を流す日々を送ることになるだろう。


忘れろと言われても無理だ。


そして、手を下した犯人に対してはどうだろう?と考える。


恨むだろうか?復讐したいと思うだろうか?極刑を望むだろうか?


ここが今回の「災」という作品と繋がる部分である。


なってみないと分からないが、そんな気は起きないような気がするんだ。


仮に、そいつが死刑になろうが家族が生き返るわけではない。


そいつをこの手で殺めようが、それで気が晴れるわけではない。


もしこれが、地震や津波などの自然災害で家族を失ったとしたら?


自然を恨んだり、復讐したいとは思わないだろう。


それが野生の動物に命を奪われたり、人喰いザメに喰われたりしても、復讐しようとは思わないだろう。


だから、仮に犯人がいたとしても、それが通り魔やサイコパス、怨恨、何であれ、災害と同じなのかもしれない。


運命なのかもしれない。


そう思うと思うんだ。


だから、結局、悲しみに暮れる事しか出来ない。


ただ、もしも家族に危害を加えようとする奴が目の前に現れたら、


自分がどうなろうが家族の命は守る。


その時は躊躇なく、そいつの命を奪うね。


まあ実際に起きてみないと分からないし、もしかしたら復讐心が芽生えるかもしれない。


今はそんなことが起きないように願う。