でも | インスタントジョンソン じゃいオフィシャルブログ『マルいアタマをぐちゃぐちゃにする』powered by Ameba

でも

部屋のチャイムと同時にドアが開き、圭吾と拓也が入って来たのが0時40分頃。
部屋に居たのは俺と真也。
ここは真中真也の住むアパートで、この4人は大手居酒屋チェーン店のバイト仲間。
他にもバイトや社員の人もいるが、大体はこの20代前半から半ばの男子4人で遊ぶことが多い。

遅れてきた2人はバイト終わりで、俺と真也は休みだった。

バイト先から歩いて5分ほどにある真也の8畳ほどのワンルームのアパートは、バイトメンバーの溜まり場になっている。

溜まり場と言っても、別にしょっちゅう来るわけではなく、たまにバイト終わりで飲んだり、ゲームしたりするくらいなもんだ。

実際、他のメンバーの家には1度も行ったことはない。

「さあ、どこにしようか?」

圭吾が座ると同時に切り出した。

今週の月曜、バイト中に、

『夏の終わり頃にみんなで旅行行かない?』

圭吾がそう言ったのがきっかけで、金曜日の今日、旅行の計画を立てようということになった。

俺はこういう計画とか凝るタイプで、火曜から密かに旅行先を調べていた。

俺はカバンから用意した資料を出しながら、

『軽井沢なんてどうかな?』

1泊という話だったので、予算とか考えつつ、軽井沢での観光スポットやプレイスポットなど調べて、自分なりにコースを考えていた。

『でも、軽井沢ってちょっとベタじゃない?俺、西の方行きたいなぁ』

拓也が言った。

俺は軽井沢の資料をしれっとカバンに締まった。
元々入っていた場所よりも深く。

俺は、この『でも』という言葉が大嫌いだ。
文中にくる『でも』ならまだいい。
この冒頭にくる『でも』は俺の意見を真っ向から否定している。
怒りが込み上げたのは、別に軽井沢に行きたいわけでも、俺が調べたことが無駄になったからでもない。

この『でも』だ。

俺はこの時点で今回の旅行には行かないことを決めた。

今それを言ってしまうと、自分の意見が否定されたから、拗ねて行かないと思われるので、数日前くらいに、仮病や親に何かあったことにして適当に断ろうと思う。

所詮バイト仲間なんて、バイトを辞めたら終わりくらいの軽薄な関係だ。

この後の会話は俺は相槌程度でほとんど聞いてなかった。

途中、真也が

『やっぱり新幹線で席回して、4人でトランプとかしながら行くのがいいよな』

拓也は、

『でも、レンタカーの方が楽しくない?』

真也は気にしてる様子も無かったが、俺は殺意が芽生えるくらい、血が沸騰するくらいの怒りを覚えた。

何も自分に対してだけじゃない、真也の意見に対して言った『でも』にも腹が立つ。
とにかく『でも』が死ぬほど嫌いなのだ。


世の中、人を批判したり、中傷したりするやつが多い。
こういう奴らはまず否定から入る。

そりゃ俺にも嫌いなやつはいる。
それにはちゃんとした理由がある。
理解しようとした上で判断を下す。

ただ、『でも』を言うやつは例外で、その時点で嫌いになる。
クリティカルヒットだ。

大抵そういうやつは、自分はさておきというやつが多い。

今回の拓也も、多分何も調べてないだろう。
思い付きで言ったはずだ。
それなのにいきなり『でも』だ!
悪気はないにせよ、許すことは出来ない。


俺には年子の弟がいる。
俺よりも背が高い。
小学3年で抜かれ、今では10センチも離れている。
身長だけならまだしも、運動神経、学力も多分10センチ以上離されている。
弟が優秀なだけで、俺が劣っているわけではない。
俺は普通なだけ。
それでも親は弟を可愛がる。
中学生の頃に1度母親に言ったことがある
『俺よりも優太の方が大事なんでしょ?』

『でも、康太も大事よ』

これが『でも』を嫌いになった最初の『でも』だ。


これを俺は喜べなかった。
この『でも』は優太の方が大事ということを認めた上での『でも』だったに違いない。


この時点から俺は母親を嫌いになった。
未だに許すことは出来ない。
母親が気付いているかは知らないが。

弟のことは嫌いじゃない。
別に嫉妬しているわけではないから。


俺が21歳の頃、今とは違うバイト先で、19歳の葵という女の子に恋をした。

俺は彼女に告白をした。

『えー、どうしようかな?でも、いいよ』

一瞬、俺の眉が動いたが、この場合の『でも』は文中だし、結果的に付き合うという判断を下したのだから、セーフとした。

俺と彼女は付き合った。

見た目は可愛いが、中身は最悪だった。

『なんかシンゴジラ面白いらしいよ、観に行かない?』

『でも、私、アニメがいいなぁ』

『お腹空いたね、1週間前に駅前に新しい回転寿司が出来たんだって、行ってみない?』

『でも、私パスタ食べたいなぁ』

『あー、疲れたね、シャワー浴びる?』

『でも、とりあえずなんか食べたい』

『ねぇ、今日うち泊まってく?』

『でも、着替え持ってきてないからなぁ』

『でも』『でも』『でも』『でも』



真也の部屋の20インチほどのテレビに葵が映っている。

『まだ捕まってないのかよ』
と圭吾。

『喉だけ数カ所刺されてたんでしょ?』
と真也。

『でも、他の所は全く刺されてなかったんだって』
と拓也。

俺がピクッとしたと同時に、今度はチャイムが鳴らずに2人の男が入ってきたのが1時40分。

『川淵康太だな!沢口葵殺害容疑で逮捕する!』

俺は腕に手錠を掛けられ、無理矢理2人の刑事に外に連れ出された。

『おい!お前が殺したんだろ!?』


『でも、これには理由があるんです!』