「とんち」「1084」「写真展」で小説を書いてみたら
久しぶりのリクエストにお応えし
ます。
この場合の久しぶりはリクエストにかかっているのではなく、リクエストにお応えしますにかかっている。
そんでもってしんどいリクエスト。
3つの言葉が入った小説ということでいいのでしょうか?
絶対長くなると思うのですがよろしいのでしょうか?
ではチャレンジしてみます。
僕の目が覚めてコンマ数秒、違和感を感じた。
蒼みがかった薄暗さで、周囲はよく見えなかったが、寝た場所と違うというのは分かった。
生まれてから24年間、寝た場所と起きた場所が違うなんてあっただろうか?
ベロンベロンに酔って、起きた時に「ここどこだ?」ということはあったが、そんなときは寝たときのことを覚えていない。
しかし昨日は自分の部屋で寝たのをハッキリと覚えている。
僕のことを話しておこう。
羽田一久24歳フリーライター。家族は母親と2コ下の僕より大きい弟。母子家庭ってやつだ。僕はどちらかというと華奢な方で、弟はラグビーで大学推薦したくらいがたいも良く立端もある。弟は父親似らしいが、僕が3歳のときに離婚したらしく物心つく頃には存在しなかった。
顔もどういう父親だったかも全く覚えてない。
弟は産まれたばかりだったので尚更だろう。
母は子供の僕から見てもしっかりした女性で、父親がいないことへの抵抗は殆どなかった。
いや、むしろこの三人が良かった。
幸せな家庭だったし、今さら他人が介入してくるのは嫌だった。
母も再婚する気はなかったと思う。
浮いた話もなかった。
話を戻そう。
僕はいつものように自宅マンションの自分の部屋のベットに寝転がり、最近お気に入りの黒川ゆかりの推理小説を読んでいた。
「水ぶくれ」というタイトルで、とある田舎町の小さな湖で3体の水死体が発見されるところから物語が始まる。
そこに黒川ゆかりの人気シリーズに毎回登場する探偵の沢田健が偶然観光で遊びに来ていて、事件を解決していくというもの。
主人公の沢田は毎回事件のある場所にいるというか、沢田が行く場所で事件が起こるというか、かなりのご都合主義だとは思うが、そこは全く無視している。
単純に黒川ゆかりの小説は推理やトリックが面白く、その部分が好きなのだ。
その「水ぶくれ」を3分の2くらい読んでいたところで睡魔に襲われ知らず知らずに寝てしまった。
そして起きた場所が何故か見覚えのない場所というわけだ。
蒼みがかった薄暗闇を見渡してみるとどうやら壁の所々に絵が飾ってあるように見える。
誰かの家という感じはない。
考えたわけではなく美術館だろうと脳は勝手に判断していた。
僕はフワッと立ち上がりこの場所を知ろうと動き始めた。
不思議と恐怖感はなく、ただただクエスチョンマークが僕を支配した。
まだ夢から覚めてないような感覚だった。
僕は壁に近付いて行き絵を見る。
知らない場所だが、建物より先に絵に目が行くのが不思議だ。
それが僕の視界のポイントとなっているからか、絵画の魅力なのかは分からないが、とにかく僕は一番近い場所にあった絵の方へと足を運んだ。
それは絵ではなかった。
白黒の写真であった。
壁に等間隔で掛けてあるそれらは全て白黒の写真だったのだ。
この場所が写真展の会場だということはここまでくれば誰にでも分かることだ。
写真は全部で8点あった。
それらの写真に一貫性はなく、建物や風景、人物、物体など様々だった。
そんな状態だったが僕はそれらの写真達に少しだけ魅入ってしまった。
写真の良し悪しは分からないが、何枚かの写真はパワーを感じるような写真だったと思う。
我に返りその建物の入口を探すことにした。
僕にとってはその入口は出口でしかない。
不思議なもので今自分が何階にいるのかが全く分からない。
建物の外観を一切見ないで建物内に入るなんて経験したことがないからこういう感覚は初めてだった。
こんなことは普通の生活ではまずない。
サスペンス映画でそんなシチュエーションを何回か観たことがある程度だ。
ここにきて初めて僕は焦りを覚えた。
何か事件に巻き込まれたんじゃないか?
命にかかわる可能性もあるんじゃないか?
そう考えて僕は慌てて出口を探した。
中は空調が効いてて適温だったが冷や汗が流れるのが分かった。
フロアーを動き回り、窓は一切無かったが、恐らくここが1階だと思った。
階段もエレベーターもある気配がなかったからだろう。
ここが一階というより、この建物が一階しかないのだろう。
管理室と書いてあるドアがあったが鍵が閉まっている。
出口は呆気なく見付かった。
大きめの重量感のあるシルバーの光沢の観音開きの扉だ。
助かったぁ!
そんな風には思えなかった。
その扉の取手の所にかかったチェーンと南京錠が目に入ったからだ。
扉の下部に二つある鍵の開け閉めをする縦にしたり横にしたりして回すやつもこうなっていては意味がない。
開ける方に回しても多少扉が動く程度だ。
焦りはあるものの、この絶対的危機に何故か現実味が湧いてこない。
どこかでこんなことあるはずがないと思っているのだろう。
とりあえず何とか冷静に考えてみた。
こんなとき沢田健ならどうするんだろう?
とりあえず、考える限り脱出は不可能。
となると、問題は誰が何の目的でこんなことをしたのかということだ。
特に恨みを買ってるような覚えはない。
女性関係、会社関係、昔の復讐など考えたが手掛かりは得られない。
無差別で行っているとしたら何故この場所に僕だけしか居ないのか?
他に人がいる様子もない。
携帯電話もないので外部との連絡も取れない。
完全に八方塞がりの状態。
ふと見ると、その写真展の会場、つまり今僕が閉じ込められている建物の壁の一部に掛け時計がある。
2時付近を指しているが、昼か夜かも分からない。
今まで気が付かなかったが、僕はあることに気が付いた。
天井と壁の直角に折れ曲がった場所の壁の上の部分の所々に監視カメラが設置されている。
これが監視されているのか、元々設置されているだけのものなのかは分からないが、一応手だけ振ってみた。
反応はない。
映画だとこんなときは被害者が数人居て、話し合いながら脱出方法を見付けるか、犯人からのコンタクトがあるはずだが、そんな気配はない。
そうなると僕は何をすればいいのかが分からない。
どうにかしないといけないのに、どうすることもできない。
昔新幹線で名古屋へ行く仕事があったが寝過ごしてしまい、名古屋で降りれなかった。
起きたのは名古屋駅を出発した直後。
降りたいのに降りれない。
目的地からどんどん離れていく。
京都に着いて折り返すまでどうにかしたいが何にも出来なかった。
まるであの時の感覚だった。
仕方ないので写真を見て回った。
暗いといっても暗闇ではなく、ブルーの間接照明があるので写真は見れる。
元々白黒写真なのでそんなに影響もなかった。
飾ってある写真の下部にタイトルが付いている。
①湖
どこの湖かは分からないが、ボートが浮かんだ湖を俯瞰で撮った写真だ。
②魔法の箱
中央に携帯電話が一つある写真だ。iPhoneである。何だか白黒なのがスティーブ・ジョブズを連想させる。
③戦争
戦場の写真だ。戦争の恐ろしさが表れた写真。イラクだろうか?ベトナムだろうか?日本ではない。僕が一番魅せられた写真だ。
④強い女
着物を着た女性の全体像の写真。これは古い写真に見えた。どこかの写真館で撮られたような写真。
⑤故郷
下町の風景だ。長閑な写真である。
⑥電車
青い車体に赤いラインが入った電車の車両を斜め前方から撮った写真。
⑦1084
これは正直何だろうと思った。1084という数字がどアップの写真だ。数字ひとつひとつが立体的になっていて、札に数字を貼ったような感じだった。
⑧ホテル
これは知っている。最近出来た、最近といってももう10年くらい経つが、恵比寿の一流ホテルだ。
これらは一体誰の写真何だろうか?
で、僕は何故この写真展の会場に監禁されたのか?
この写真は何なんだろうか?
何気なく写真を見てると、ふと一枚の写真に目が止まった。
強い女の写真だ。
さっきまで気が付かなかったが、よく見ると分かる。
お母さんだ!
恐らく二十歳そこそこの写真だろう。
今は、二児の母で50過ぎ、写真と今の体型が全然違うので見過ごしてしまったが、よく見ると間違いない。
何故この中にお母さんの写真が?
そうなると他の写真も何らかの意味があるかもしれない。
僕との関わりがあるかもしれない。
電車だ!
うっすらとした記憶を少しでも鮮明にするように、僕は脳内にあるはずの過去のデータを呼び起こそうとした。
20年も前の話だ。
ハッキリクッキリまではいかなかったものの、赤と青の電車は見覚えがある。
昔住んでいた家が線路脇の賃貸マンションで、僕はよくこの色の電車を見ていたはずだ。
懐かしさが湧き出てくる感じがした。
湖!あの風景は覚えてないが、昔よく母に弟が生まれる前に父、母、僕の三人で湖に行き、あなたが溺れて死にそうなところをお父さんが助けてくれたという話を何回か聞かされたことがある。
故郷!昔住んでいたような、見覚えあるようなないような風景で、何とも言えない。
そして携帯電話だが、僕もiPhoneを使っている。が、iPhoneを使っている人なんて腐るほどいるし。
1084は色々考えた。西暦、誕生日、時間、語呂合わせ、暗号。しかし全く思い付かない。
戦争は全く関係ないだろうし、ホテルも知ってはいるが泊まったことはない。
しかし、自分の母親の写真がある以上、無差別ではないはずだ。僕との関係はあるのは間違いない。
突然だった!
こんなに驚いたのは何時ぶりだろうか?
驚き過ぎて背筋がピーンと伸び、体は宙に浮いた。
まるで漫画のような動きだ。
無音のような静けさの最中、突然音楽が鳴り始めた。
聴き覚えのある音楽だ。
僕の着メロだ。
鳴っているのは携帯電話の写真から。
写真から音が出るのだろうか?
音は鳴り続けている。
僕は恐る恐る写真の裏を見た。
そこには見覚えのある携帯電話が。
僕は写真の裏に隠されていた自分が愛用しているiPhoneに出た。
「一久だな?」
「そうだ。あんたは誰だ?」
中年の男の声だった。
「俺に会いに来い」
「だから誰なんだよ!」
「それは会ってから教える」
「どこにいるんだよ!」
「自分で考えろ」
「どうやって出るんだよ!」
「自分で考えろ。ヒントはある。何のための名前だ?」
「おい!どういう・・・おい!おい!」
電話が切れた。
とにかくここでの手掛かりは写真だ。
「何のための名前だ?」
その意味はすぐに分かった。
ということは相手は僕の名前を当然知っている。
僕の名前は父親に付けられたらしい。
一久と書いていっきゅう。
とんち好きだった父がそう名付けたとお母さんは言っていた。
弟は鎮稔と書いてちんねんだ。
ちんねんじゃなくて良かった。
ということはまさか?
僕は写真の裏をそれぞれ見た。
湖の裏に「初めて家族四人での旅行」
携帯電話の裏には先程鳴っていた僕の携帯電話だけで、他には何もない。
強い女の裏には「弱い女」
戦争の裏には「戦場カメラマン」
故郷の裏には「家族三人が住んだ街」
電車の裏には「家族四人が住んだ家」
1084の裏には「家族三人が居る場所」
ホテルの裏には鍵と1084と書いてあるカードと千円札。
犯人は誰だ?
僕の家族に関係ある人物だろう。
まさか!
父親?
だとしたら何故今さらこんなことを?
顔も覚えていない。
会っても父親だと認識出来ないと思う。
というか父親だというのもどうだか分からない。
とりあえず僕は鍵を使って写真展の扉を締めていた南京錠を開けた。
眩しい光が建物内と僕の目に突き刺さった。
外は昼間だった。
今は3時過ぎだ。
外に出てすぐは写真展の場所が分からなかったが、少し歩き大通りに出るとその場所は分かった。
写真展は大通りから一本入った路地にあったのだ。
僕はタクシーに乗りホテルの名前を告げた。
五分くらいで着いた。
千円札を出しお釣りを貰うとホテルの中に。
エレベーターで10階に行き、1084と書いたドアの前に。
僕は一呼吸してカードを突き刺してた。ドアが開く電子音が聞こえてドアが開いた。
「よく来たな、一久」
目の前のソファにちょこんと座った見知らぬおじさんが。
「何なんですか?あんたは」
「もう分かってるんじゃないのか?」
やはり全く覚えていなかった。何となく想像してた感じとも全然違った。
「・・お父さん?・・」
「・・・そうだ」
「何してんの?何なのこれ?」
「怖がらせてしまったかな?」
「そんな問題じゃねぇだろ!」
「すまなかった」
「何で?・・・今さら?」
「あなたが心配すると思って黙ってたのよ」
その声は玄関のドアから聞こえた。
「お母さん」
「俺もさっき聞いたところ」
その声は隣の部屋から聞こえた。
「鎮稔!」
「ちょっと!みんな何やってんだよ!」
「お父さんが帰って来たの」
「帰って来たって、離婚したんじゃないの?」
「それには事情が」
「お父さんはカメラマンの仕事でずっと海外にいたのよ」
「いたのよって20年も?」
「あなた達に心配かけないようにお父さんが離婚した方がいいって」
「っていうか何でわざわざこんな手の込んだことを?」
「やっぱりあんたは一久だし」
「何だよそれ!」
何だかお母さんは嬉しそうだった。
僕もそんなお母さんを見てたのと、一応窮地から抜け出せたので、嫌な感じはしなかった
「長い間すまなかった」
父は申し訳なさそうに言った。
「いいよ別に」
「ということで、また家族四人で暮らそうと思うの」
「急に言われても・・・鎮稔は?」
「全然問題ないよ」
「ありがとう」
父は僕達に頭を下げた。
父親に対してこんなこと言うのもおかしいが、悪い人じゃなさそうだし、離婚の理由も許せないものでもなかったので、僕は承諾せざるを得なかった。
それから家族四人で暮らした。
父親にもすぐに慣れ、高い高いなんてことはさすがにしないが、家族仲良く暮らしていた。
ただ、何故だろうか、ちょっとした違和感は付きまとっていた。
あの事件?があった日から15年の月日が過ぎた。
母が死んだ。
享年67歳であった。
僕も既にアラフォー、今では二人の娘の父親だ。
葬式で久しぶりに父と弟に会った。
弟も二児の父で幸せに暮らしている。
お通夜の夜、久しぶりに実家に泊まった。
僕らの部屋はあの時のままだった。
僕と弟は布団を二つ並べて寝た。
「俺ずっと考えてたんだけどさぁ」
弟は横になった状態で話しかけてきた。
「何?」
「父さんのことなんだけど」
「うん」
「おかしいと思わないか?」
「何が?」
「俺、小さい頃の父さんの記憶は無いんだけど、昔何回か母さんに言われたことがあるんだ」
「何?」
「鎮稔はお父さんに似て体かがっちりして大きいねって」
「それは俺も聞いたことがある」
確かに父さんの体はどちらかというと華奢な方で、身長は170センチもない。
僕もそのことはどっかで気になっていた。
「でさぁ、昔のアルバム見てもうちらや母さんの写真はあるのに父さんの写真が一枚もないんだ」
「そうだな」
「おかしいと思わないか?父さんはカメラマンだろ?で、そのアルバムなんだけど、三冊あるのにそれぞれが半分くらいの写真しかないんだ。しかも、何も貼ってない後ろの方のページに写真が貼ってあった跡があるんだ」
「誰かが抜いたってことか?」
「誰かっていっても母さんしかいないだろ」
「何のために?」
「分からない」
鎮稔はいつの間にか上半身を起こしていた。
「俺思うんだ。父さんは本当の父さんじゃないんじゃないかって」
「・・・」
確かに鎮稔の言うことも分かる。あの事件の数年後、ふと話の流れで、父さんは金づちなんだと自分で言っていたことがあった。
僕は湖で助けてくれたのにと思ったが、年齢的に泳げなくなったのかなと、話を流したことがある。
それじゃ父さんは誰なんだ?
その時!僕らの部屋の襖が開いた!
そこにはパジャマ姿の父さんが立っていた。
「父さん!」
「お前達の言う通りだ」
父さんは続けた。
「俺は本当の父さんじゃない。・・・真実を話そう」
僕らは息を呑んだ。真実とは何なのか?これから父さんは何を語るのか?
「お前達の本当のお父さんは一久が三歳の時、女を作って逃げたんだ。母さんはお前達にそのことを隠していた。お前達に本当のお父さんを憎んで欲しくなかったらしい。幸いお前達もあまり聞かなかったと言っていた」
確かに俺はあまり聞かなかった。たまに聞いても母さんは
「いいじゃない、今は家族三人仲良く暮らしているんだから」
と言っていた。
「そして、俺は母さんと出会い恋をした。一久がまだ19歳の頃だ」
全く気が付かなかった。そんな素振りは一ミリも見せなかった。
「最初は母さんも渋っていた。息子達が大事だからと。きっと息子達も悲しむからと。それでも俺は諦めなかった。母さんも分かってくれて交際が始まった。お前達に気付かれないように」
確かにあの頃この事実を知ったらショックだったと思う。母さんを取られたと今の父さんを憎んだかも知れない。
「そして交際から4年して俺は母さんにプロポーズした。母さんは無理だと言ってた。息子達がきっと許さないって。でも母さんは俺のことを好きだと言ってくれた。こんなに愛されたのは初めてだと。出来れば一緒になりたいと・・・。そして母さんは一つの計画を提案してきた。それがあの写真展での出来事だ。母さんは過去の結婚の事実を消して、俺を本当の父さんにしようと言ってきた。それならお前達も許してくれるんじゃないかって。それに母さんはその計画をすることを楽しんでいた」
「あの15年前の出来事は母さんが計画したことなのか?」
そう俺は聞いた。
「そうだ」
「じゃあ俺も騙されたってわけだ」
鎮稔が言った。
「そうだ。申し訳なかった」
そう言うと父さんは一枚の封筒を出した。
「母さんからお前達にだ」
僕は封筒を受け取った。
中には便箋が数枚入っていた。
「電気付けるよ」
鎮稔は部屋の電気を付けた。
僕は便箋を取りだし、鎮稔にも聞こえるように音読した。
「拝啓一久、鎮稔、元気かい?私は死んでます」
何という出だしだ!
鎮稔は少し吹き出した。
「とりあえず15年前の真相を今明かします。私は露木さんと相談してあの計画を実行しました」
「露木さん?」
鎮稔は手紙を覗きこんできた。
「露木は私の本名だ」
「そうなの?」
僕達兄弟は15年も一緒に暮らした父親の本名を知らなかったなんて笑える話だ。
僕は手紙の続きを読んだ。
「まず、露木さんが個展を開いているギャラリーに写真をセッティングした。白黒にしたのは写真が新しいか古いかを分かりづらくするため。昔の写真は強い女と故郷。後はこの計画の為に撮った写真でした。戦争は露木さんの写真。実際に展示されてた作品です。そしてギャラリーの一久を睡眠薬で眠らせて閉じ込めたの。その後で鎮稔に事情を話しました。「お父さんが帰って来たの、そこでね一久をドッキリしようと思うの」鎮稔は「おい!ちょっと待てよ!ドッキリより前にお父さんが帰って来たのかよ!」と言って、お父さんが帰って来た方に食い付いてました」
「当たり前だろ!」
鎮稔が口を挟んだ。
「鎮稔はこの計画に乗ってくれたわ、面白そうだって。一久を家からギャラリーに運んだのは鎮稔よ」
鎮稔は僕を見て苦笑いをした。
「そして一久がお父さんだと推理するように仕掛けをしました。そしてギャラリーの鍵を締めました。そして一久はまんまと罠に嵌まってくれました。あなた達の本当の父さんと露木さんがあまりにタイプが違うから、過去にした話とつじつまが合わない可能性があったので、そっちに気が行かないようにこんな展開にしたのです。結果的にあなた達に嘘を付いてしまったけど、後悔はしていません。あの時、もし私が正直に好きな人が出来て再婚したいと言っていたら、きっとあなた達は反対したでしょう。認めてくれたとしても、あなた達は家を出て行ったと思います。家族四人で暮らす為にはこうするしかなかったと思っています。露木さんに本当のお父さんになって貰うにはこの方法しか思い付きませんでした。怖い想いをさせたことは謝ります。ごめんね。露木さんが夫で、一久と鎮稔が息子で、本当に幸せでした。本当にありがとう 弱い女より」
お父さんは泣いていた。
僕らが強いしっかりした女性だと思っていたのは間違いだった。
お母さんも寂しかったんだ。
愛されたかったんだ。
恋をしたかったんだ。
「俺さぁ…」
鎮稔が口を開いた。
「俺にとっては父さんは父さんしかいないぜ」
「そうだな、父さんは本当の父さんだよ。そうでしょ露木さん」
「ありがとう。私も一久と鎮稔は本当の子供だと思っている。いや、本当の子供だ!」
「今日は川の字で寝ないか?」
鎮稔が言った。
「それもいいな」
父さんも賛同した。
ます。
この場合の久しぶりはリクエストにかかっているのではなく、リクエストにお応えしますにかかっている。
そんでもってしんどいリクエスト。
3つの言葉が入った小説ということでいいのでしょうか?
絶対長くなると思うのですがよろしいのでしょうか?
ではチャレンジしてみます。
僕の目が覚めてコンマ数秒、違和感を感じた。
蒼みがかった薄暗さで、周囲はよく見えなかったが、寝た場所と違うというのは分かった。
生まれてから24年間、寝た場所と起きた場所が違うなんてあっただろうか?
ベロンベロンに酔って、起きた時に「ここどこだ?」ということはあったが、そんなときは寝たときのことを覚えていない。
しかし昨日は自分の部屋で寝たのをハッキリと覚えている。
僕のことを話しておこう。
羽田一久24歳フリーライター。家族は母親と2コ下の僕より大きい弟。母子家庭ってやつだ。僕はどちらかというと華奢な方で、弟はラグビーで大学推薦したくらいがたいも良く立端もある。弟は父親似らしいが、僕が3歳のときに離婚したらしく物心つく頃には存在しなかった。
顔もどういう父親だったかも全く覚えてない。
弟は産まれたばかりだったので尚更だろう。
母は子供の僕から見てもしっかりした女性で、父親がいないことへの抵抗は殆どなかった。
いや、むしろこの三人が良かった。
幸せな家庭だったし、今さら他人が介入してくるのは嫌だった。
母も再婚する気はなかったと思う。
浮いた話もなかった。
話を戻そう。
僕はいつものように自宅マンションの自分の部屋のベットに寝転がり、最近お気に入りの黒川ゆかりの推理小説を読んでいた。
「水ぶくれ」というタイトルで、とある田舎町の小さな湖で3体の水死体が発見されるところから物語が始まる。
そこに黒川ゆかりの人気シリーズに毎回登場する探偵の沢田健が偶然観光で遊びに来ていて、事件を解決していくというもの。
主人公の沢田は毎回事件のある場所にいるというか、沢田が行く場所で事件が起こるというか、かなりのご都合主義だとは思うが、そこは全く無視している。
単純に黒川ゆかりの小説は推理やトリックが面白く、その部分が好きなのだ。
その「水ぶくれ」を3分の2くらい読んでいたところで睡魔に襲われ知らず知らずに寝てしまった。
そして起きた場所が何故か見覚えのない場所というわけだ。
蒼みがかった薄暗闇を見渡してみるとどうやら壁の所々に絵が飾ってあるように見える。
誰かの家という感じはない。
考えたわけではなく美術館だろうと脳は勝手に判断していた。
僕はフワッと立ち上がりこの場所を知ろうと動き始めた。
不思議と恐怖感はなく、ただただクエスチョンマークが僕を支配した。
まだ夢から覚めてないような感覚だった。
僕は壁に近付いて行き絵を見る。
知らない場所だが、建物より先に絵に目が行くのが不思議だ。
それが僕の視界のポイントとなっているからか、絵画の魅力なのかは分からないが、とにかく僕は一番近い場所にあった絵の方へと足を運んだ。
それは絵ではなかった。
白黒の写真であった。
壁に等間隔で掛けてあるそれらは全て白黒の写真だったのだ。
この場所が写真展の会場だということはここまでくれば誰にでも分かることだ。
写真は全部で8点あった。
それらの写真に一貫性はなく、建物や風景、人物、物体など様々だった。
そんな状態だったが僕はそれらの写真達に少しだけ魅入ってしまった。
写真の良し悪しは分からないが、何枚かの写真はパワーを感じるような写真だったと思う。
我に返りその建物の入口を探すことにした。
僕にとってはその入口は出口でしかない。
不思議なもので今自分が何階にいるのかが全く分からない。
建物の外観を一切見ないで建物内に入るなんて経験したことがないからこういう感覚は初めてだった。
こんなことは普通の生活ではまずない。
サスペンス映画でそんなシチュエーションを何回か観たことがある程度だ。
ここにきて初めて僕は焦りを覚えた。
何か事件に巻き込まれたんじゃないか?
命にかかわる可能性もあるんじゃないか?
そう考えて僕は慌てて出口を探した。
中は空調が効いてて適温だったが冷や汗が流れるのが分かった。
フロアーを動き回り、窓は一切無かったが、恐らくここが1階だと思った。
階段もエレベーターもある気配がなかったからだろう。
ここが一階というより、この建物が一階しかないのだろう。
管理室と書いてあるドアがあったが鍵が閉まっている。
出口は呆気なく見付かった。
大きめの重量感のあるシルバーの光沢の観音開きの扉だ。
助かったぁ!
そんな風には思えなかった。
その扉の取手の所にかかったチェーンと南京錠が目に入ったからだ。
扉の下部に二つある鍵の開け閉めをする縦にしたり横にしたりして回すやつもこうなっていては意味がない。
開ける方に回しても多少扉が動く程度だ。
焦りはあるものの、この絶対的危機に何故か現実味が湧いてこない。
どこかでこんなことあるはずがないと思っているのだろう。
とりあえず何とか冷静に考えてみた。
こんなとき沢田健ならどうするんだろう?
とりあえず、考える限り脱出は不可能。
となると、問題は誰が何の目的でこんなことをしたのかということだ。
特に恨みを買ってるような覚えはない。
女性関係、会社関係、昔の復讐など考えたが手掛かりは得られない。
無差別で行っているとしたら何故この場所に僕だけしか居ないのか?
他に人がいる様子もない。
携帯電話もないので外部との連絡も取れない。
完全に八方塞がりの状態。
ふと見ると、その写真展の会場、つまり今僕が閉じ込められている建物の壁の一部に掛け時計がある。
2時付近を指しているが、昼か夜かも分からない。
今まで気が付かなかったが、僕はあることに気が付いた。
天井と壁の直角に折れ曲がった場所の壁の上の部分の所々に監視カメラが設置されている。
これが監視されているのか、元々設置されているだけのものなのかは分からないが、一応手だけ振ってみた。
反応はない。
映画だとこんなときは被害者が数人居て、話し合いながら脱出方法を見付けるか、犯人からのコンタクトがあるはずだが、そんな気配はない。
そうなると僕は何をすればいいのかが分からない。
どうにかしないといけないのに、どうすることもできない。
昔新幹線で名古屋へ行く仕事があったが寝過ごしてしまい、名古屋で降りれなかった。
起きたのは名古屋駅を出発した直後。
降りたいのに降りれない。
目的地からどんどん離れていく。
京都に着いて折り返すまでどうにかしたいが何にも出来なかった。
まるであの時の感覚だった。
仕方ないので写真を見て回った。
暗いといっても暗闇ではなく、ブルーの間接照明があるので写真は見れる。
元々白黒写真なのでそんなに影響もなかった。
飾ってある写真の下部にタイトルが付いている。
①湖
どこの湖かは分からないが、ボートが浮かんだ湖を俯瞰で撮った写真だ。
②魔法の箱
中央に携帯電話が一つある写真だ。iPhoneである。何だか白黒なのがスティーブ・ジョブズを連想させる。
③戦争
戦場の写真だ。戦争の恐ろしさが表れた写真。イラクだろうか?ベトナムだろうか?日本ではない。僕が一番魅せられた写真だ。
④強い女
着物を着た女性の全体像の写真。これは古い写真に見えた。どこかの写真館で撮られたような写真。
⑤故郷
下町の風景だ。長閑な写真である。
⑥電車
青い車体に赤いラインが入った電車の車両を斜め前方から撮った写真。
⑦1084
これは正直何だろうと思った。1084という数字がどアップの写真だ。数字ひとつひとつが立体的になっていて、札に数字を貼ったような感じだった。
⑧ホテル
これは知っている。最近出来た、最近といってももう10年くらい経つが、恵比寿の一流ホテルだ。
これらは一体誰の写真何だろうか?
で、僕は何故この写真展の会場に監禁されたのか?
この写真は何なんだろうか?
何気なく写真を見てると、ふと一枚の写真に目が止まった。
強い女の写真だ。
さっきまで気が付かなかったが、よく見ると分かる。
お母さんだ!
恐らく二十歳そこそこの写真だろう。
今は、二児の母で50過ぎ、写真と今の体型が全然違うので見過ごしてしまったが、よく見ると間違いない。
何故この中にお母さんの写真が?
そうなると他の写真も何らかの意味があるかもしれない。
僕との関わりがあるかもしれない。
電車だ!
うっすらとした記憶を少しでも鮮明にするように、僕は脳内にあるはずの過去のデータを呼び起こそうとした。
20年も前の話だ。
ハッキリクッキリまではいかなかったものの、赤と青の電車は見覚えがある。
昔住んでいた家が線路脇の賃貸マンションで、僕はよくこの色の電車を見ていたはずだ。
懐かしさが湧き出てくる感じがした。
湖!あの風景は覚えてないが、昔よく母に弟が生まれる前に父、母、僕の三人で湖に行き、あなたが溺れて死にそうなところをお父さんが助けてくれたという話を何回か聞かされたことがある。
故郷!昔住んでいたような、見覚えあるようなないような風景で、何とも言えない。
そして携帯電話だが、僕もiPhoneを使っている。が、iPhoneを使っている人なんて腐るほどいるし。
1084は色々考えた。西暦、誕生日、時間、語呂合わせ、暗号。しかし全く思い付かない。
戦争は全く関係ないだろうし、ホテルも知ってはいるが泊まったことはない。
しかし、自分の母親の写真がある以上、無差別ではないはずだ。僕との関係はあるのは間違いない。
突然だった!
こんなに驚いたのは何時ぶりだろうか?
驚き過ぎて背筋がピーンと伸び、体は宙に浮いた。
まるで漫画のような動きだ。
無音のような静けさの最中、突然音楽が鳴り始めた。
聴き覚えのある音楽だ。
僕の着メロだ。
鳴っているのは携帯電話の写真から。
写真から音が出るのだろうか?
音は鳴り続けている。
僕は恐る恐る写真の裏を見た。
そこには見覚えのある携帯電話が。
僕は写真の裏に隠されていた自分が愛用しているiPhoneに出た。
「一久だな?」
「そうだ。あんたは誰だ?」
中年の男の声だった。
「俺に会いに来い」
「だから誰なんだよ!」
「それは会ってから教える」
「どこにいるんだよ!」
「自分で考えろ」
「どうやって出るんだよ!」
「自分で考えろ。ヒントはある。何のための名前だ?」
「おい!どういう・・・おい!おい!」
電話が切れた。
とにかくここでの手掛かりは写真だ。
「何のための名前だ?」
その意味はすぐに分かった。
ということは相手は僕の名前を当然知っている。
僕の名前は父親に付けられたらしい。
一久と書いていっきゅう。
とんち好きだった父がそう名付けたとお母さんは言っていた。
弟は鎮稔と書いてちんねんだ。
ちんねんじゃなくて良かった。
ということはまさか?
僕は写真の裏をそれぞれ見た。
湖の裏に「初めて家族四人での旅行」
携帯電話の裏には先程鳴っていた僕の携帯電話だけで、他には何もない。
強い女の裏には「弱い女」
戦争の裏には「戦場カメラマン」
故郷の裏には「家族三人が住んだ街」
電車の裏には「家族四人が住んだ家」
1084の裏には「家族三人が居る場所」
ホテルの裏には鍵と1084と書いてあるカードと千円札。
犯人は誰だ?
僕の家族に関係ある人物だろう。
まさか!
父親?
だとしたら何故今さらこんなことを?
顔も覚えていない。
会っても父親だと認識出来ないと思う。
というか父親だというのもどうだか分からない。
とりあえず僕は鍵を使って写真展の扉を締めていた南京錠を開けた。
眩しい光が建物内と僕の目に突き刺さった。
外は昼間だった。
今は3時過ぎだ。
外に出てすぐは写真展の場所が分からなかったが、少し歩き大通りに出るとその場所は分かった。
写真展は大通りから一本入った路地にあったのだ。
僕はタクシーに乗りホテルの名前を告げた。
五分くらいで着いた。
千円札を出しお釣りを貰うとホテルの中に。
エレベーターで10階に行き、1084と書いたドアの前に。
僕は一呼吸してカードを突き刺してた。ドアが開く電子音が聞こえてドアが開いた。
「よく来たな、一久」
目の前のソファにちょこんと座った見知らぬおじさんが。
「何なんですか?あんたは」
「もう分かってるんじゃないのか?」
やはり全く覚えていなかった。何となく想像してた感じとも全然違った。
「・・お父さん?・・」
「・・・そうだ」
「何してんの?何なのこれ?」
「怖がらせてしまったかな?」
「そんな問題じゃねぇだろ!」
「すまなかった」
「何で?・・・今さら?」
「あなたが心配すると思って黙ってたのよ」
その声は玄関のドアから聞こえた。
「お母さん」
「俺もさっき聞いたところ」
その声は隣の部屋から聞こえた。
「鎮稔!」
「ちょっと!みんな何やってんだよ!」
「お父さんが帰って来たの」
「帰って来たって、離婚したんじゃないの?」
「それには事情が」
「お父さんはカメラマンの仕事でずっと海外にいたのよ」
「いたのよって20年も?」
「あなた達に心配かけないようにお父さんが離婚した方がいいって」
「っていうか何でわざわざこんな手の込んだことを?」
「やっぱりあんたは一久だし」
「何だよそれ!」
何だかお母さんは嬉しそうだった。
僕もそんなお母さんを見てたのと、一応窮地から抜け出せたので、嫌な感じはしなかった
「長い間すまなかった」
父は申し訳なさそうに言った。
「いいよ別に」
「ということで、また家族四人で暮らそうと思うの」
「急に言われても・・・鎮稔は?」
「全然問題ないよ」
「ありがとう」
父は僕達に頭を下げた。
父親に対してこんなこと言うのもおかしいが、悪い人じゃなさそうだし、離婚の理由も許せないものでもなかったので、僕は承諾せざるを得なかった。
それから家族四人で暮らした。
父親にもすぐに慣れ、高い高いなんてことはさすがにしないが、家族仲良く暮らしていた。
ただ、何故だろうか、ちょっとした違和感は付きまとっていた。
あの事件?があった日から15年の月日が過ぎた。
母が死んだ。
享年67歳であった。
僕も既にアラフォー、今では二人の娘の父親だ。
葬式で久しぶりに父と弟に会った。
弟も二児の父で幸せに暮らしている。
お通夜の夜、久しぶりに実家に泊まった。
僕らの部屋はあの時のままだった。
僕と弟は布団を二つ並べて寝た。
「俺ずっと考えてたんだけどさぁ」
弟は横になった状態で話しかけてきた。
「何?」
「父さんのことなんだけど」
「うん」
「おかしいと思わないか?」
「何が?」
「俺、小さい頃の父さんの記憶は無いんだけど、昔何回か母さんに言われたことがあるんだ」
「何?」
「鎮稔はお父さんに似て体かがっちりして大きいねって」
「それは俺も聞いたことがある」
確かに父さんの体はどちらかというと華奢な方で、身長は170センチもない。
僕もそのことはどっかで気になっていた。
「でさぁ、昔のアルバム見てもうちらや母さんの写真はあるのに父さんの写真が一枚もないんだ」
「そうだな」
「おかしいと思わないか?父さんはカメラマンだろ?で、そのアルバムなんだけど、三冊あるのにそれぞれが半分くらいの写真しかないんだ。しかも、何も貼ってない後ろの方のページに写真が貼ってあった跡があるんだ」
「誰かが抜いたってことか?」
「誰かっていっても母さんしかいないだろ」
「何のために?」
「分からない」
鎮稔はいつの間にか上半身を起こしていた。
「俺思うんだ。父さんは本当の父さんじゃないんじゃないかって」
「・・・」
確かに鎮稔の言うことも分かる。あの事件の数年後、ふと話の流れで、父さんは金づちなんだと自分で言っていたことがあった。
僕は湖で助けてくれたのにと思ったが、年齢的に泳げなくなったのかなと、話を流したことがある。
それじゃ父さんは誰なんだ?
その時!僕らの部屋の襖が開いた!
そこにはパジャマ姿の父さんが立っていた。
「父さん!」
「お前達の言う通りだ」
父さんは続けた。
「俺は本当の父さんじゃない。・・・真実を話そう」
僕らは息を呑んだ。真実とは何なのか?これから父さんは何を語るのか?
「お前達の本当のお父さんは一久が三歳の時、女を作って逃げたんだ。母さんはお前達にそのことを隠していた。お前達に本当のお父さんを憎んで欲しくなかったらしい。幸いお前達もあまり聞かなかったと言っていた」
確かに俺はあまり聞かなかった。たまに聞いても母さんは
「いいじゃない、今は家族三人仲良く暮らしているんだから」
と言っていた。
「そして、俺は母さんと出会い恋をした。一久がまだ19歳の頃だ」
全く気が付かなかった。そんな素振りは一ミリも見せなかった。
「最初は母さんも渋っていた。息子達が大事だからと。きっと息子達も悲しむからと。それでも俺は諦めなかった。母さんも分かってくれて交際が始まった。お前達に気付かれないように」
確かにあの頃この事実を知ったらショックだったと思う。母さんを取られたと今の父さんを憎んだかも知れない。
「そして交際から4年して俺は母さんにプロポーズした。母さんは無理だと言ってた。息子達がきっと許さないって。でも母さんは俺のことを好きだと言ってくれた。こんなに愛されたのは初めてだと。出来れば一緒になりたいと・・・。そして母さんは一つの計画を提案してきた。それがあの写真展での出来事だ。母さんは過去の結婚の事実を消して、俺を本当の父さんにしようと言ってきた。それならお前達も許してくれるんじゃないかって。それに母さんはその計画をすることを楽しんでいた」
「あの15年前の出来事は母さんが計画したことなのか?」
そう俺は聞いた。
「そうだ」
「じゃあ俺も騙されたってわけだ」
鎮稔が言った。
「そうだ。申し訳なかった」
そう言うと父さんは一枚の封筒を出した。
「母さんからお前達にだ」
僕は封筒を受け取った。
中には便箋が数枚入っていた。
「電気付けるよ」
鎮稔は部屋の電気を付けた。
僕は便箋を取りだし、鎮稔にも聞こえるように音読した。
「拝啓一久、鎮稔、元気かい?私は死んでます」
何という出だしだ!
鎮稔は少し吹き出した。
「とりあえず15年前の真相を今明かします。私は露木さんと相談してあの計画を実行しました」
「露木さん?」
鎮稔は手紙を覗きこんできた。
「露木は私の本名だ」
「そうなの?」
僕達兄弟は15年も一緒に暮らした父親の本名を知らなかったなんて笑える話だ。
僕は手紙の続きを読んだ。
「まず、露木さんが個展を開いているギャラリーに写真をセッティングした。白黒にしたのは写真が新しいか古いかを分かりづらくするため。昔の写真は強い女と故郷。後はこの計画の為に撮った写真でした。戦争は露木さんの写真。実際に展示されてた作品です。そしてギャラリーの一久を睡眠薬で眠らせて閉じ込めたの。その後で鎮稔に事情を話しました。「お父さんが帰って来たの、そこでね一久をドッキリしようと思うの」鎮稔は「おい!ちょっと待てよ!ドッキリより前にお父さんが帰って来たのかよ!」と言って、お父さんが帰って来た方に食い付いてました」
「当たり前だろ!」
鎮稔が口を挟んだ。
「鎮稔はこの計画に乗ってくれたわ、面白そうだって。一久を家からギャラリーに運んだのは鎮稔よ」
鎮稔は僕を見て苦笑いをした。
「そして一久がお父さんだと推理するように仕掛けをしました。そしてギャラリーの鍵を締めました。そして一久はまんまと罠に嵌まってくれました。あなた達の本当の父さんと露木さんがあまりにタイプが違うから、過去にした話とつじつまが合わない可能性があったので、そっちに気が行かないようにこんな展開にしたのです。結果的にあなた達に嘘を付いてしまったけど、後悔はしていません。あの時、もし私が正直に好きな人が出来て再婚したいと言っていたら、きっとあなた達は反対したでしょう。認めてくれたとしても、あなた達は家を出て行ったと思います。家族四人で暮らす為にはこうするしかなかったと思っています。露木さんに本当のお父さんになって貰うにはこの方法しか思い付きませんでした。怖い想いをさせたことは謝ります。ごめんね。露木さんが夫で、一久と鎮稔が息子で、本当に幸せでした。本当にありがとう 弱い女より」
お父さんは泣いていた。
僕らが強いしっかりした女性だと思っていたのは間違いだった。
お母さんも寂しかったんだ。
愛されたかったんだ。
恋をしたかったんだ。
「俺さぁ…」
鎮稔が口を開いた。
「俺にとっては父さんは父さんしかいないぜ」
「そうだな、父さんは本当の父さんだよ。そうでしょ露木さん」
「ありがとう。私も一久と鎮稔は本当の子供だと思っている。いや、本当の子供だ!」
「今日は川の字で寝ないか?」
鎮稔が言った。
「それもいいな」
父さんも賛同した。