クリーニング | インスタントジョンソン じゃいオフィシャルブログ『マルいアタマをぐちゃぐちゃにする』powered by Ameba

クリーニング

衣類は着ていると徐々に汚れていく。


体もお風呂に入らないとドンドン汚れていく。


部屋にしても、物にしても、時と共に汚れていく。


時間が経ったり、汚れてきたりすると味が出るというのはあるが、ほっといたらドンドン綺麗になっていくものは聞いたことがない。


そして、洋服にしても、体にしても、部屋にしても、大抵は汚いものより、綺麗なものの方が好まれる。


清潔な人と不潔な人だったら、まあ清潔な人の方がいいだろう。


つまり、時間が経つと汚れていくという一方通行のものと、人々が綺麗なものの方が好きというのは、不変的なものなのだ!


そして、不潔にしていると、同時に悪臭が生まれる。


この匂いも決していい匂いではない。


これは人間の本能に埋め込まれたものと言えよう。


中には、悪臭が好き、汚いのが好きという人もいるかもしれないが、そういう人は変態だろう。


もしくは、突然変異だ!

しかし、綺麗なもの=美しいという方程式は必ずしも成立するだろうか?

例えば、真夏のグラウンドで猛練習している高校球児。


何時間もの練習が終わったとき、泥だらけで汚い球児と、おろしたてのように綺麗なユニフォームの球児ではどちらが美しいだろう?


泥だらけの球児ではないだろうか?


綺麗なものを好むという本能を与えられた人類が、汚いものを美しいと思うのは本来の方程式を覆すはず。


では何故か?


そこには目に見えるものではないものが美しさの対象になっているからだ。


つまり、内面のクリーニング状況が人への好感度の対象になっているのだ!


ブサイクだって、内面を磨き、クリーンな状態にしておけば、それを美しいと思う人は少なくない!


今こそ立ち上がれブサイク達よ!


クレンザーで心を磨くのだ!


僕も今から内面をコロコロしなきゃ!


たーだ!いくら内面を磨くとしても、お風呂は入ろう!


服は洗濯しよう!


クレンザーの万引きは止めよう!