
中野量太監督とは、一度だけお会いしたことがある。
映画の上映会で、ある女優さんに紹介して頂いた。
まだ彼が今ほどの地位を築いていなく、監督作が評価され始めた頃。
実に素っ気なく、感情は無のままで頭を下げられた。
まあ、そうだろう。
知られていない、誰も知らない自分に、興味を 持つはずがない。
その後、彼の映画を観て、毎回驚きと感動を与えられている。
「兄を持ち運べるサイズに」
家族の死と向き合いながら、常に軽妙さとユーモアを散りばめる。
だからこそ、最後にガツンとやられるのだ。
「湯を沸かすほどの熱い愛」でも、「長いお別れ」でも、死を暗く重く描くことはしない。
亡くなったのは、自由で駄目過ぎる兄。
お金を貸してくれと嘘ばかりつき、迷惑掛け通しで疎遠になり、急に死の報せが届く。
村井理子さんのエッセイ「兄の終い」が原作。
兄にさんざん振り回された妹と、離婚した元嫁が兄の後始末をする4日間の物語。
そこには自分達の知らない兄、元夫がいた。
駄目さ加減につい笑ってしまうが、自分もどちらかというと駄目男である。
数え切れない程、やらかしてきた。
オダギリジョーさんは愛すべきキャラクターだが、身近にいたらうんざりする存在だろう。
それでも、駄目な兄でも、失ってみると良き思い出も蘇って来るのだ。







