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私が読んだ本:楳図かずお「笑い仮面」(キングコミックス、少年画報社)
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戦前の日本。太陽黒点の異常発達とアリ人間の発生の因果関係を指摘し逮捕された式島博士は、高温に熱せられた仮面を永久にかぶせられる「笑い仮面の刑」に処され投獄されるが脱獄しいずこかに消える。戦後は、地球が灼熱地獄と化しても人類が生存できる方法を探るためアリ人間の研究を始めるが、外に逃げたアリ人間が村人を次々にアリ人間に変身していく。式島博士は、自ら自爆してアリ人間化した村人を葬り去る。その後太陽の黒点はますます増加していくが。。。

月刊少年画報に連載された時から気味悪い作品と思っていた。そのころ楳図かずおは、すでにホラー物、怪奇物で有名だった。(少年マガジンのひびわれ人間は、今でも怖い!)来るべき地球の環境変動に対応して人間が怪物に変身するというモチーフは半魚人などでも取り上げられているが、アリ人間が追いかけてくるシーンはなんとも恐怖だった。

その後、まことちゃんなどで、ギャグ的要素も多くなるが、今でも絵は何となくこわい。(小生のトラウマになっているかもしれませんね。)笑い仮面は、顔は笑っているが、やってることは怖い。まさに楳図作品の特徴である、「面白怖(おもこわ)」の典型だったようである。

ちなみに、作家紹介コーナーなどで、楳図先生は明るい青年として紹介されている。少年マガジンの表紙に当時の第一線の作家の集合写真が掲載されているが、確かにハンサムな青年だった。今では、すこしぶっとんでいる感じだが。。

怖いけど、何故か手放せない本です。

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今でも読める本:絶版?
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私が読んだ本:寺田ヒロオ「暗闇五段(上下)」(ゴールデンコミックス、小学館)
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五船十段のもうれつ道場で育った倉見は五船十段の一人娘オニ姫の婚約者で、若先生として道場の跡継ぎとして将来を嘱望されていたが、これを妬む熊手五段の策略で深い谷川に落とされ記憶と視力を失い、あちこちを放浪する身となってしまう。その後、倉見の純粋な気持ちに動かされた後援者の支援のもと身体にしみこんだ柔道の技を頼りに暗闇五段として武者修行の旅に出て、しだいにその名をとどろかせるような存在となる。ラストは、再び熊手の謀略で谷川に落とされそうになったショックで記憶と視力が回復。日本王者戦で熊手五段を破りオニ姫と再会しみんなに祝福されるシーンで終わる。

寺田ヒロオ作品の主人公は、正々堂々、正直一路であくまでまっすぐな生き方が特徴であるが、この作品の倉見はその典型的な例である。主人公と悪役熊手の生き方を対称的に描き、また、若先生を慕う少年達、倉見を想うオニ姫の気持などを、抑えられた表現で淡々と描いている。今のマンガ作品には見られない表現手法だが、じんわりと読者の心に響いてくる。

寺田ヒロオは、商業主義が徹底され、刺激的で売れれば何を描いても良いというモラルハザードになっていくマンガ界に失望しマンガ活動を休止する。(といっても昭和40年代なので、今よりはずっとのんびりしていたのですが。。。)

「スポーツマン金太郎」「もうれつ先生」「背番号0」など明るく夢のある作品群の多くは絶版となり、今読むことは難しいが、若いマンガファンには、このようなマンガもあったことを忘れないでいただきたい。復刊が望まれる。



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今でも読める本:絶版?
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私が読んだ本:水木しげる「河童の三平」全3巻(サンコミックス、朝日ソノラマ)
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山奥の一軒家におじいさんと住む河原三平は河童とそっくり。ひょんなことで河童一族と知り合い人間界に勉強のため派遣された河童の三平を家へ連れ帰る。それから、こびとの親子、タヌキの子供、サラリーマン死神などと繰り広げる奇想天外の物語。

河童の三平は「ゲゲゲの鬼太郎」、「悪魔くん」とならぶ水木しげるの三大代表作のひとつですが、紙芝居、兎月書房の貸本版、月刊ぼくら版、少年サンデー版などいろいろなところで描かれており、微妙に違うので、作品について語る場合、どの本で読んだかが重要です。
私が愛読しているサンコミックスの河童の三平は、どうも少年サンデー版だったようで、その後、貸本版も読みましたが、昔から私の脳裏にサンコミックスの河童の三平が擦り込まれているらしく、この本で読む河童の三平が一番好きです。

河童世界を救うため河童大王ストトントノスの秘宝を求める壮大な旅を描いた「七つの秘宝」は、インディージョーンズの前にすでに、神秘考古学の分野を描いた傑作だと思います。

生(この世)と死(あの世)を行ったり来たりするのは、水木作品の特徴の一つで、しばし読者の死の恐怖を和らげてくれます。この作品でも、おじいさんが死に、最後には主人公の三平も死んで死神にみちびかれながらあの世に旅立ちます。それぞれの死は淡々としかし厳然と描かれます。三平は鬼太郎のようなオールマイティな存在ではないので、かえっていつか人に必ず訪れる死というものを感じざる終えません。おじいさんは、三平にご先祖様のことを話して旅立ちました。しかし、三平の場合は、おかあさんをたつたひとり置いて突然逝ってしまいます。河原家は断絶してしまったのでしょうか?なんとも寂しいラストです。

また、この作品では、「屁」が重要な役割を果たしています。特に「屁道」に登場する無臭仙人が語る「「屁の道」は きびしくつらく、また、むなしいものである。」という言葉は、私も何十年もの間座右の銘とした名言です。



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今でも読める本:水木しげる「河童の三平(全)」(ちくま文庫、筑摩書房)
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私が読んだ本:槇村さとる「半熟革命(レボリューション)」全3巻(マーガレットコミックス、集英社)
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田舎からあこがれの東京に出てきたが、勘違いで千葉の浦安に住み始めたハナ。大家さんは、浦安生まれの変なオカマさん(?)、実はNY帰りの大物ビデオアーティストだったジロー。老舗お茶屋さんの御曹司で2年間だけ遊学を許され上京した、いつもポーっとしているカズオ。世間からおちこぼれがちな「あぶらむし」3人が一生懸命自分探しをしていく姿を描く。

今東京に住んでいる人の大多数が、かつてはお上りさん出身ですよね。実は私もそうなんですが、最初のうちはガイドブックや情報誌片手にいろんなとこ行ったもんです。確かにそれなりに充実してましたが、しだいに落ち着くとお上りさん熱もさめてきて「アレって何だったのかな?」と我に返る時ありますよね。意味なかった、無駄だと思わないで、自分に磨きをかけたと前向きに思う事にしています。

半熟革命を最初に見かけたのは、ぶあつい別冊の特集(なんて雑誌だったかな?今度実家で調べておきます。。)だったけど、私のお上りさん熱がちょうど落ち着きはじめた頃でした。なんとなく、私の感性にフィットしたので一気に読んでしまいました。槇村作品は、結構昔から別マなんかで読んでたけど、これが一番好きかもしれません。(というより、その後の作品は、ほとんど読んでないんです。)この本は、近くに置いて定期的に読んでいます。もしかしたら、時間とともに変化していくわたし自身の生き方の現座標を確認してるのかな?

インターネットや携帯電話は、まだなかった頃でした。今だったらどんな話になるのでしょう?一見便利なものが溢れている今の方が、自分探しは難しくなっているかもしれませんね。

この本の奥付を見るとなんと1986年の本!20年も経っているのですね。


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今でも読める本:槇村さとる「半熟革命(レボリューション)」全2巻(集英社文庫(コミック版))
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私が読んだ本:水島新司「下町のサムライ」全3巻(キングコミックス、少年画報社)
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下町の裕福でない家庭に育つ吾郎。周囲にも同じ境遇の少年達がたくさんいて、みんな一生懸命働いている。この作品では、どんな試練に対してもくじけず明るく前向きにがんばる吾郎が、親友のチビ、力丸達とともにスポーツ、特にサッカーを通して人として成長していく姿を描く。裕福な階層との軋轢もリアルに描かれている。

私が最初にこの作品を読んだのは、少年キング連載時で、昭和41年頃でした。相撲を題材とした読み切り短編から連載に移行したと記憶しています。水島新司といえば野球マンガが有名ですが、このころは野球をテーマにした作品はあまり描いていませんでした。大阪の日の丸文庫から下町の人情物のような作品を多く発表していたと思います。

下町のスポーツ少年の物語と言えば、先にちばてつやの「ハリスの旋風」がヒットしており、「下町のサムライ」はその影響を濃く受けているようです。「ハリスの旋風」は後世に残る名作で私も大好きな作品です。これに対して、「下町のサムライ」は、あまり有名な作品ではないかもしれません。でも私は水島新司といえば、この作品が一番好きなんです。この作品を今読み返してみると、薄汚れた街、その街でうごめく恵まれない人々など、作品のトーンはやや暗めです。しかし、昭和30年代といえば。日本はまだまだ全体的に貧しく、びんぼうである事はむしろ普通の状態でした。みんな、継ぎ当てした服を着てましたし、落ちてる鉄をくずやさんに売ったりしたもんです。私は当時、大阪の同じ様な街の近くに住んでおり、吾郎のような少年はたくさんいました。
このため、むしろ身近な世界のドラマとして、この作品を受け止めていたのかもしれません。とにかく私には忘れられない作品です。

ちなみに、吾郎の親友の一人、力丸のあだなはドカベンです。名作ドカベンの世界はこの作品が雛形かもしれません。というより、水島先生はいつの時代も同じ下町人情の世界を描き続けられているのですね。

水島先生は、今年で画業50年とのことです。