イメージ 1
(「子どものための交響詩 ジャングル大帝」作曲・冨田勲 日本コロンビア株式会社)


冨田勲さんも逝かれました。

冨田さんは、ビッグX、ジャングル大帝、リボンの騎士、どろろ、など多くの手塚作品の音楽を手がけられました。
手塚先生からは、いつも急に難しい仕事を頼みこまれ四苦八苦されていたようです。「アニメ展覧会の絵」の時などは、4日間で編曲を完成されたとのこと。本当に信じられません。

手塚先生が亡くなられた後に、手塚治虫ファンクラブの会誌に掲載されたインタビューで、冨田さんは、以下のように手塚先生との交流を振り返られています。
「手塚さんというのは、やらねばならぬという気にさせる人なんです。(中略)不思議な魅力があるんですね。それに彼との仕事にはどこか妙な幸福感がありました。」

ご冥福をお祈り申し上げます。
イメージ 1
(「図説 鉄腕アトム」河出書房新社 著者 森晴路)

手塚プロダクション資料室室長の森晴路さんが急逝されたとのこと。昨日送られてきた手塚ファンクラブの会誌に記載されている訃報ではじめて知り驚きました。もちろん森さんは手塚作品に関する知識では第一人者でしたが、その著作で紹介されているカットなどに、手塚作品への森さんのやさしいまなざしが感じられ、「この人は手塚作品が大好きなんだな~」と温かい気持ちになったものでした。これからも、いろいろな事を教えていただきたかったです。
ご冥福をお祈り申し上げます。

昨日(4/9)にポリーニのコンサートに行ってきました。

マウリツィオ・ポリーニは、1960年のショパンコンクール優勝者で、それから現在に至るまで常にピアニストのトップクラスに君臨してきた、まさにピアノ界のレジェンドです。私は、昔からぜひ一度は生のポリーニを聴いてみたいと切望しておりましたが、折り悪く実現できないまま今日に至っていました。今回も、ポリーニ来日のニュースを見落としており、直前になって知ったので、チケットはあきらめていました。しかし、調べてみると、ステージ近くのエリアで、なんとただ一席だけ残っていたのです。幸運でした。

ポリーニは現在74歳。若い頃のように超人的技巧の演奏はできなくなったと言われています。確かに若い頃の演奏を期待することは無理です。ミスタッチもあるでしょう。
でも、私は、生ポリーニを体験できればそれだけで幸せなんです。生の演奏には、CD録音にないもの、例えば、演奏者が醸し出す雰囲気、臨場感があります。一度、生を聴いた後でその人のCDを聴くと、それまで感じられなかった味わいが出てくるように思います。ミーハーと言われるかもしれませんが、その人がいる空間に共存しているだけで満足なんです。まして、なんといってもポリーニですよ!

だいぶ前になりますが、大ピアニストだったウラディミール・ホロヴィッツが来日した時、コンサートに行かなかったことは、私の最大級の悔しい出来事です。ですから、ポリーニはぜひ生で聞きたかったのです。

さて、演目は、ショパンとドビッシーの曲からなる構成でした。十分満足したのですが、最後にアンコールで演奏したのが、ショパンのバラード1番!コンサートのプログラムに入れられる事も多い名曲です。たぶん、疲れていたと思いますが、ポリーニの熱演に感動してしまいました。コンサートに来ていたのは、もちろんポリーニのファンが多かったと思いますが、最後には、たくさんの人々がスタンディングオベーションでポリーニを讃えていました。私もとても幸せな気持ちで帰路につきました。

実は、私にはクラシック音楽についていろいろ教えてもらっていた友人がいました。残念ながら、亡くなってしまったのですが、彼とは「いつか一緒にポリーニを聴きたいものだね」とよく話していたんです。そこで、私は彼からもらったCDを彼の代役に見立てて、今回のコンサートにもって行きました。聴いてくれたかな?
もしかして、チケットが手に入れられたのは、その友人の粋なはからいだったかもしれません。




  
  
2年前に中学受験を終え、私のせがれは早くも来年度から中学3年生となる。一応、中高一貫の進学校なのだが、各教科の内容と進み具合の速度に驚いてしまう。文科省指定の教科書はもらうのだが、実際教えてもらうのは独自のカリキュラムで、科目によっては、大学レベルの内容である。来年度のために配られた教科書には、高校の教科書も多く含まれているが、どちらかというと副読本的な扱いで、それぞれの先生はご自分が考え抜いた内容を生徒に伝えている。とても難解で中学生が理解するのは、なかなか難しいのだが、これからの人生において時折思い出して、考えてもらいたいという先生の想いもこめられていると、私は解釈している。確かに、後になって、ここで聞いた話は、有益な肥しとなると思う。

一方、中高一貫校なので高校受験はないが、親たちは、その後に見えている大学受験を意識し始めている。というより中には、入学後すぐに大学受験のための塾に子供を送り込んでいるケースも多い。塾はというと、また、一般の教育課程と異なるカリキュラムで、試験対策を徹底的に子供に擦り込む。宿題も多く、落後していく生徒も多いようだが、優秀な生徒が残るので結果的には進学実績は高くなる。その数字を見て次の年に入塾する生徒が増えるというわけだ。

子供に良かれと決めた学校での生活。しかしながら、大学受験に向けた対策も前倒しで行いたい。どちらも充実させることは、なかなか難しい。答えは一つではない。なんで、「今更、何でこの歳になって、こんなこと悩むかな?」とも思うが、個人的には楽しんでいる。子供には感謝している。



私は、「手塚治虫おもちゃの部屋」(http://www.geocities.jp/hyakkitop/)というHPを作っている。主に手塚グッズを紹介している。開始したのが、2000年の暮れなので、もう15年にもなる。HPを開設した動機は、少しは自分の趣味を外に発信しようと思ったこともあったが、正直その頃に流行っていたというのが一番の理由だったと思う。ただし、HP作成ソフトでコンテンツを作り、FTPでサーバーにアップするのは、結構面倒なこともあり、外部発信手段の流行りは、ブログ、フェースブック、ツイッターなどへと移っていき、特に個人でHPを作る人は減少したようだ。

私のHPには相互リンクしているHPリストを掲載した頁があるが、現在継続しているHPは3個だけで、しかも、更新頻度が低下し開店休業というものがほとんど。一方、すでになくなった廃サイトは17個だ。たぶん、いろいろな人と知り合い発展していくという希望をもって始めたのだと思うが、実際には、こちらからの発信に対するレスポンスがなかったり、掲示板荒らしの被害を受けたりして、やる気がなくなってしまった人も多かったのでは?
HPは、会社の製品紹介などの商業利用が一番活発だと思う。

実は、私のHPもカウンターの増え方を見ていると、見てくれた人は1日に数名程度でそれほど活性化した状態ではない。確かに、かなりディープなマニア向けで面白いものではないと思うので、また見ようとする人は少ないだろう。(納得。。)それにも関わらず、15年間ほぼ毎週更新しているのだから我ながら感心する。それでは、なぜいまだに続けているかというと、たぶん5名程度と思われるリピーターの方々への発信と、自分のコレクションの記録のためである。

30年以上、こつこつと手塚物を集めてきたが、そのままでは、ただ収集物の山ができるだけで、果てしない無限ループに陥ってしまうという危機感があった。だいぶん前に入手したもので、すっかり忘れているものもある。そこで、HPに一つずつ記録していこうと思った次第である。だから、すべてのアイテムの記録が完成したらHPも終わりなのだが、モノの収集は現在も進行中で、紹介していくペースより集まるペースの方が早いので、いつになっても終わらないのである。この調子だと、当分HPを作り続けていくことになりそうだ。

私は自分のHPをよく見ている。なかなか良いな、と思うものも多く、いつも、楽しく自分のコレクションを眺めている。たぶん、一番のファンは私自身であろう。

こんなHPの楽しみ方もあるんですよ。まあ、道楽ですな。。。