ある夫婦 | ジェイソンボーンの車と単車と…

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そして映画と日々のたわいない日記

もう三年前の話になる


メールで送られた住所には

こう書かれてあった

「宮城県○○市ー」

「震災、津波で甚大な被害を受けた場所」だった



事の発端は

友人から原付を買いたいと言う人がいるけど

自分の店には無いからそちらで対応出来ないか

、、、と言う連絡だった



幸い販売に値する原付二種があり

手放しても良い車両があった

友人に「大丈夫だよ」と連絡を取り

自分のところに買いたいと言う人からメールが届いた

そこに書かれた住所がそれだった




相手の方に連絡を取ると

三日後にこちらへ車両引き取りに来ると言う

来たのは夫婦だった

歳の頃は自分と同じくらい


恐らく震災以降

せわしない日々を送ってきたと言うのが

車にある生活日常品や

車の汚れ具合を見て解った




自己紹介をして早速原付を見てもらった

けれど原付をろくに見ずに

即決してもらった

その理由は後で解ることになる



車はハイエースでバイクを積むのには苦労はしない

けれど、初めてだったのだろう

自分もいまひとつ、不安なので

走行中にも転倒しないように手伝った



聞くのを躊躇ったけれど

話の途中でどうしても津波や地震のこと

それを聞かざるを得なかった

しかし、嫌な顔もせず淡々と話してくれた

「車がね、実(じつ)を成さないんです。

道が地震のせいで ところどころ凸凹になってしまい

みな速度をそこで落とすんですよ

、、、なので朝は車の大渋滞

それで原付が欲しかったんです」


「原付でも朝夕は渋滞が出来るんですが

あると無いとでは大違い

車で行けない場所も行けますし

連絡取るにも物を運ぶにも便利なんです

もうバイク屋さんで原付が一台も無い状況なんです」


当時、軽自動車や原付のオークション相場が

恐ろしいほど高騰していた

業者さんは皆「買えない」と嘆いていたが

程度の悪い軽自動車でも相当な値段がついていたので

ここぞとばかり在庫の車を出す業者も多くいた

中には「これ出品するのか」と言うような物までもあった


続けて話を聞いていると

「車も、軽自動車も、自分の所は

登録とか出来ないような状況

市役所が大打撃を受けたり

沿岸部の人は実印や身分証明書が流されて

実印登録証明書や住民票が発行出来ないとか、、、
*車両登録の際に実印証明書や住民票が必要(後に対応)

だからこの原付は助かりますよ」



渋滞の理由も地元民の通勤路だった海沿いの道が壊滅的

そのせいで海から一つ都心部に近い道は毎日大渋滞

そして、道に巻き上がる粉塵も凄いと言うことだった



沿岸部に住んでいた血縁関係の人や知り合いの方の話も聞いた

身に詰まされる話だったが

奥さんの眉間にしわを寄せながらの笑顔

こちらに気を使わせまいとしているのが見て取れる




何か手伝えることは無いかと思い

色々と車の添加剤や部品等を渡した

恐縮するばかりで受け取らない物もあった


「あまり気にしないで欲しいです

何だかこちらが申し訳ない気持ちになります」

と、顔を下にうつむきながら言っていた


でも、そこには悲観するだけではない前向きな気持ちと

現実を受け入れながら「これからもそこで生活する」

と言う意思があったように思った



長く話をしてしまい夕方近くになっていたが

夫婦はこれから仙台に帰るという


帰宅時には夜中になっているであろうが

明日も色々とやることがあるからと言っていた


駐車場から出る際に夫婦でお辞儀をされながら車を走らせ出て行った

見えなくなるまで助手席の奥さんが

笑顔で何度何度もお辞儀をしていたのが印象的だった



それからしばらくは連絡も無く

自分も日々の忙しさで忘れていたが

半年近く経ってからメールがあった

あの時の原付のお蔭で助かりました

いまでも元気に走ってますということだった

それを見て幾分救われた気がした




三年経った今、

この季節になるとあのことを思い出す

日本人は天災や災害と常に隣り合わせに生きてきたのだと

あの夫婦の強さを思い起こしては自分に喝を入れる