横切ったアメトピの見出しなどから
「病気が分かって最初に報告した時の反応」の記事を読んでいた影響で
こういう風に具体的に話してアプローチすれば
こういう流れになって
割と理解してもらえるんだろうなぁと漠然と好意的に考えていた。
自分の場合はどうすべきか?
報告の際の「ひながた」とか「テンプレート」のサンプルとして。
考えてみれば職場というのは典型的に似たような人の集合体
私の場合は見事に
「一般的な人間が少ない集合体」
なので世の中の大多数に当てはまらないと考えた方がよかったのに
頭ではそういう感じなのかなぁといい方に考えていた。
職場の同意を得た上で仕事は続けたい。
↑ これって誰もが望む「一番の希望」じゃないかと思う。
素直に話した人が少数いたけど
私の場合は、理解してもらってるという手ごたえがあったのにも関わらず
経緯の説明なく契約が終わったことが
割と最近までひっかかったままだった。
(過去の出来事を紐解いてみてみれば
毎週毎週1on 1の設定があった、なおかつこちらからできることを尋ねる場面もあった、
にもかかわらず。
何が起きたんだ?と思うけど。)
戦力外通告はエージェントからで
離脱するアスリートの気持ちがよく分かった。
と同時に
もうそれ以上のこと確認する必要なし。と思った。
もうどうでもええわ、な気分でお昼間白ワインを飲んだ冬の始まりの週末が一番ひどい気分だったことや
お天気もこれからどんよりしてくるのかと思うと気が滅入る一方な去年の12月でした。
人は誰しも
ある程度行間読みながら仕事するんだろうけど
ある日、ある時の逆の立場で場所は違ったけど
「直接説明がなかったのはショックなことだ(人間として)」を実感できた。
2022年は結局、1年通してお互い様だった。
この時にはまぁいろいろ考えてくれて、そっとしておいてくれたんだろう、と
好意的に受け取った。
↑どこまでもよい方向から考える私。笑
一方、こんな出来事が下敷きにあったことを忘れるような出来事も結構ある。
当初の予想より症状悪かったと発覚しても
意識は元気な時の状態のままなので
いろいろな聞き方で対応してくれるみなさんが多数現れたことには
いい方のショックというか全く想定外だった。
病気って、お薬があれば治るって言われてるけど
お薬だけでは治すこと、できないのではないかと
しばらく漠然と頭にあったことがほんとにそうだったようだと
実感するようになった。
あるタイミングぴったりに現れる。顔を見る。
地味に短いコミュニケーション自体に癒されたり和んだり。
そういうのは身をもって分かったことなので
思ってたのと違ってた。

