最近、ふとわかったことがある。。。
それまでと、今とで
「価値基準」がかわったら
結果がらっとかわる、ということです。
たしかにそりゃそうよね。
人に限ったことではなく
会社だって、世の中だって
そんな風。
先ほど棚の奥の方から
ノートパッドが出てきて
うわ。こんなに。
っていうメモのところを、ばりっと破り捨てて
去年あたりの書類を
みていたら
なんでこんなに働かされていて
なおかつ心ではなく「気」を使っていたのだろうか。。。
(そこは本来
私のような末端の人間が考えるべきことではなくて
人をマネージメントする立場の人間が
流れのコントロールと把握、計画をすべきことで
うまくオペレーションができなかった場合には
何かしらの無理があったと考えるべきではなかろうか?
ということが、内容から読み取れるのでした。
みんなが不公平にならないように
采配していたようだ、というメモでした。
いくら努力をしようとしても
体力の限界に挑戦、無理なところまでがんばったのです。
その中に居ると
おかしな発想が頭をもたげてきて
結局は、ビジネス的に
妙な古さに流されてるような・・・
いつもそんな気がしていたのを
思い出して
誤解をおそれずにいうと
ある時間あたりの作業量として
圧縮できないタイプの人に
基準があっていて
あいまいな部分もあって
がんばっているのはわかるけど
とりあえず、その
ものすごく
ここには
どんどこどんどこ流れ着いて
擦り切れそうになるような感じだけがつきまとう
「不公平感」だったわ!
考えただけで、煮えくり返るよな。
そうはいっても
身についたことには
自分なりに工夫をしたので
今もおおいに活用できてるしよかったけど。
うわ。
相変わらず辛口かしらん。
ごめんなさいネ。)
↑ ということを、
以前も今も同じように考えるというところが
今の環境に結びつく何かを引き寄せた、
ともいえましょう。
私には、そういう場所に居られる限界に
主張するきっかけが生まれて
はっとしたのかもしれない。
今週の半ばあたりに
じんわりと、気づくような
そんなことがあって
自分のちょっとした変化
(他人からみれば、どってことないようなことではあるけど)
以前だったら
そのこと自体を受けいれられなかったこともあっただろうし
同時に
あ、もう前とは違うところに居る
というのもとても感じてて
手放すべきもの
もう以前にはもどることができないので捨てるもの
残念ながら、私には無理だったと潔くあきらめるもの
そういうのばかりではなくて
似合うもの
ぴったりくる感じ
これからもずっと好きでいたいテイスト
などなど・・・
プラス マイナス
両方のところで
ちょっとした微妙な気づきがあって
肩の荷が下りたような
そんな気がしました。。。
・・・
再来月には
いよいよ人生の折り返し地点というべき
おたんじょうびを迎えるのだなぁ、わぁお。
え、もうそんな時期なの?はやいわ。
と思っていて
その前にたいせつなことに気づいて
また
それに気づかせてくれる人との
実りの多い会話や、おしゃべりやその時間・・・
つながりを持っている感じ
そういうものを
これからも大事にしていけるといいな。
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