つい先日、
FMから流れてきた話
北キプロス地方出身のファッションデザイナー
フセイン・チャラヤンのデザイン展が
東京現代美術館で開催中。
「私は常に
人が誰しも心の奥底に秘めている事象について関心があり、自分が移民の歴史を持っていることにも関係しているのだと思っています。」
インタビューコメントより。
デザイナーとして、最先端のテクノロジーとのコラボレーションについて考えているが、
価格帯と購買層の年代にギャップがあることが難しい問題。
日本では
「人気のあるものが人気」
プーマの二つのラインでは、技術を駆使した製品作りを目指してそれが可能になりつつあります。
以上簡略に抜粋。
この人の名前を聞くと、洋服を手にとったことも、写真をみたこともないのに何故か気持ちがざわざわするのでしたが、遠い異国人に似たような気持ちをみつけるのです。
そう、
終わりがこなければ
今現在との出会いもなく、新しい価値観やその場の持つカルチャーに対する抵抗感が年々薄れて、自分のそれまでと周りとを共存させるやり方を表現できること、
つまり、無知や考え方からくる誤解の認識が減り、結果としてストレスが減ったこと
など
転々としたから不幸かというと
安住だから幸せか、
と同じ意味のように感じます。
いつだったか、
異邦人を一曲歌って、名前を覚えてもらい、仕事がスムーズにはこんでいったことは、一発芸みたいだけど
思い出してくれた人のBGMだったらよいなぁ。




