大切な時間を、たいせつな人と


ともにすごすことは


あたりまえのようで


すでにもう


あたりまえに


できない世の中になってしまいました。






・・・ 以前、


「25日に休みたい」といったら


ぼこぼこに殴られそうになって・・・






(あらゆる策を練って


その日お休みになるように他の日を


続けて働いたとしても


25日休みたい、その一言を言うことが


もはや禁句であり!


自殺行為であり!!


神経を逆撫でしてしまい


刺されそうになったのよーーー)








ていうのは大げさですが(笑


まぁそれに近いような目に


あいかけた事はあるので




ですが


おっしゃるように


「私の選択がどうも違っていたらしいわ」


と最終的には納得した覚えが


あります。




だけど


こうしたい、と言えないような状況をつくっておいて


ここまで言われることはないよな



と冷静に感じたので



結局、ここに注入する「時間」そのものが


無駄になってしまいそうで気持ちがさーーと冷めた



ていうことがありました。




書いてみると


家族でも仕事でも恋愛でも


人付き合いでも


それは変わらないかもしれない。





1年のうちの


たった1日のことで


愛憎にまみれるなんてばかげてます。


しかし、私にとっては


平安を求めたいような1日で


また、もし人と一緒に居ることができるなら


・・・。







昨夜、ともだちから


メールが届いたのが、12時前だったようでした。




私はもうよく歩いてくたっとしてしまい


寝てしまっていたのでそれが届いたことには気づきませんでした。






お仕事の都合上


どうしてもミーティング開始時刻が遅いことや


仕方のない話は沢山あって


状況を知っているだけに




どれがいい、と一概には言うことができなくて


ましてや、どれが正しい、というのもないほど


選択肢が多いから、悩みはつきないのです・・・。





・・・





先日のこと。


「この間お話を聞いてから


週末に考えてみたんですけど


この日のこの時間は予定があるので、


できれば残業はしないで定時で失礼したいのですが


お伝えしてもよろしいですか?


それか今回は言わないほうがいいですか?」


と聞いてみました。





「もしご自分でそのようなことで


この日は残業したくないとか、の理由があるようなら


お伝えしてしまってもいいかと思いますよ。」


ていうアドバイスに沿って


お話してみたわけです。








「お話してみてもいいかと思いますが


絶対できない、というような話し方ではなくて


お仕事をあくまで優先させた上で


仕事が終われば残業しないで失礼したいと思っています


とお伝えするのはどうでしょうか。」


ということでした。





・・・さすがやわ。


私ストレートに言いすぎか(笑


いや、もっとすごい人はいると思うけど


(メール流して机に張り紙して長期旅行で休む人とか・・・)






っていうか


しばらくの職場では


自分はこうしたい、こうしたい


そんなようなことを口々に主張している様子が当たり前な感じになっていて


ちょっとそれに慣れてしまっていたかも。


それは恵まれている光景なのです。





それはそうなんだけど、心のどこかで


なんかそれって、言う前に


できることはあるんじゃないの・・・?


たとえば今このタイミングでそれ聞いたけど


へぇ、ここで休めるっていう感覚なんだーとか


また、ほり投げて休めるのに日ごろそういうこと言うの。


という人も、会社にはいます。


わがままな人はどこにでもいますし


言って実行できればそれでいい人もいますし




でもその人の信用に関わってくるのは


相手が納得できるようなわがままかどうか、で


その人がどんな感じで仕事をしているか


それによるかもしれないです





・・・ ていうわけで


勤め人のお休み問題って、


結構たかが休みで


シビアなことに直結!!!するかも。







ちょっと、はっとした私でしたが


後々になって帰り際、元気よく


「お先にしつれーしまーす」が言いにくいような場所なら


自分にとってそれがストレスになるので





まぁそれは流れにまかせるとして・・・




と思って




カウンターの前で


先方の方が出てこられるのをお待ちしていました。









ちょっと連絡をとりますので・・・


とおっしゃって


携帯を出されたとき、一瞬


赤ちゃんの写真が見えました!


待ちうけがお子さんの写真だったのです。。。




まだ生まれてそんなに経ってないくらいの


まるーいお顔の赤ちゃんでした。


似ていらっしゃいました。





一瞬しか見えなかったけど


赤ちゃんて、日々成長するし


どんどん顔がかわっていきます。


それに、子供の成長って


びっくりするほど早いから


終電ではなくても遅くまで毎日お仕事されて


もっとお子さんと一緒に過ごしたいだろうなぁ。


と思ったら






その前の週末に


「ええ、大丈夫ですよ。まだあと1時間くらいは居ますので


後でも」


というお言葉に甘えてしまったことを


思い出しました。




私にとって大切にしたい時間は


その方にとっても大切な時間のはずです。





1時間早くおうちに帰ることができたとしたら


週末のゆっくりした時間を


家族ともっとしあわせに過ごせたかもしれません。


1時間て貴重なんです。



自分が人を待たせた(電車が行きかうようなところで


仕事の話をしたくなかったというのはあっても)


ということもだけど


相手の言葉に甘えて、そのことに気づかなかった


というところで


すごく反省しました。


あー、ひさびさに反省。。。





もともと人をお待たせしたり、お言葉に甘えるのに


慣れてしまわないようには心がけているけれど


外でいろんな状況の人と触れていると


それぞれの状況で見ることができますね・・・。




・・・




昨日のメールの彼女は


いろいろなものを横に置くような覚悟で


新しいことに取り組むことを選んだので


それは偉いな、と思いました。





暖かく見守るのみ。






私はそんな中


ここしばらくはすごくわがままを貫き通して


人の言うこともあまり聞かなかったかもしれない。





でも


自分の望むような「時間の守り方」


みたいなものを


情報と照らし合わせて


体得したような気がしています。


これがいままで


できそうで私にはできなかったことでした。





この先何があっても


この時間との関わりや


それにまつわる感覚は


変わらないでいけるような予感。







「楽しみに待つということー・・・♪」


ていう歌ありましたよネ。