いつだったか、ともだちと話をしていて
「私に適合する殿方の n数が~・・・」
と嘆いていたので
(↑理系女子的コメント。)
まぁまぁそんなに決め付けなくてもさ、
と気休めをいって慰めたものです。
彼女のことをよい、といってくださる殿がたは
方法を駆使すれば、いくらかはすぐさま出現するそうなのですが
実際に彼女がお会いしてみて
そこからよい、と思える人自体が
ほとんどいない・・・・、
職業が医者だったり、医者だったり(・・・)
頭はいいが、話題をすすめたときの「中身」がないのだ
ほんとに面白くない
とのこと。。。
これはたぶん
彼女がいろんなものを広く深く知っていることと
あわせて仕事もすごくできて
先見の明もあるために
一生を歩むにはこのヒトはちょっとなぁ、と思ってしまうのかもしれないし
・・・
(私はケツコンというのは
いちどでよくわかったので、もうよろしいわ、
と思いながら聞いてたときでした)
贅沢な悩みなのではなくて
巷にあふれているよくある話、なんだろうなぁ
と思ってきいてましたが
人のことを悠長に聞いていられる場合ではなかった。
私に適合すると思われるオスの「n数」があったとしたら
それは・・・?
と思ってしまいました。
どんなによいものをつくろうとしても
それに必要な人が必要です。
仕事でもものでも、それは同じだけど
やはりそこそこのニーズ、そこそこの適当さやいい加減さのところの
雑多なところがいちばんn数は多い分布を示し
適当にやってるのがお互いにいいのかもしれないけど。
一方
希少性、特殊、
一般的でない、などの
ちょっと珍種なものの場合は
ぐっと狭い分布になり
認知度も減るけれど
価値はあわせて高まり
あわせて競争も。
・・・
ヒト科に属するメスのひとりとして
らぶり~な一生を歩みたいだけなんだけど
ちょっとばかし珍種だったりするのか?
歩みを
早めたり、遅くしたり
いろいろややこしいわ。
と夏の終わりのようなことを考えた
昼下がりでした。
実りの秋となりますかしらん。
♪
