六本木トンネルの脇の階段を下りて、国立新美術館へ。
今開催中のモディリアニ展をみに。
www.nact.jp/exhibition_special/
モディリアニの作風は
細長い輪郭の顔と、アーモンド形の目の女性
うつろな目の印象で、ダークな色合いの男性、
そんな印象だったけど、
どうしてそういう作風になっていったか、というのが
今回の展示で垣間見ることができる。
作風っていうのは
作っていくうちに、描いていくうちに
だんだん固まっていくもの、というのが浮き彫りになっていた。
彼は最初、彫刻家を目指していたそうだった。
持病の結核のために、体力が必要な
石を彫るということや
彫るときに出る粉塵で
やむを得ず絵に転向していくというプロセスを経て
才能を絵画として昇華させていくのだけど
消去法の結果、そうなっていった
という中にも真実が隠されているように
思えた。
途中、いろいろな支援者や理解者との出会いを経て
彼は無機質で表情のない対象物から
自分の身近な人たちを題材に
絵を描き始めていく。
最初は、注目する人も少なかっただろう
デッサンや、単純な線で描かれた作品も
色合いが変化して
魅力あふれるモデル
そして、彼にインスピレーションを与える女性が
モデルだったりして
少しずつ、作風として安定し確立していった
そんな人のようだった。
ピカソのような
あふれ出るパワーを感じさせる芸術家もいれば
モディリアニのような
静かな雰囲気のする芸術家もいる。
前回、Bunkamura でみたときの
モディリアニ展では
後に彼の伴侶となる、画学生のジャンヌの描いた
いくつかの絵が展示されてあって
とっても女の子らしい、
今風でいうと mina の洋服が似合いそうな
可憐な女の子だったのだろうなと思わせた。
色合いがやさしくて
構図が案外斬新だったのも印象に残った。
大人になっても三つ編にしてた。
彼は、彼女のどんなところに惹かれたのか
ちょっと気になったけど
お花みたいなかわいらしい人だったんだろうな。
芸術家が開花するときの
圧倒的なパワーは
そばに居る女性の存在抜きには語れませんので
最近はとてもそこに
注目してしまいます。
もうひとつ、みたいと思っていた
Bunkamuraの ルノワール×ルノワール展は
残念ながら今日は時間がなくなっていけなかったので
次回のお楽しみに。
これも、お父さんと息子の対比?
受け継がれていった愛情がみれそうで
とても楽しみです。
