今日は用事が早めに終わったので、ヨガに行った。

場所は前通っていた、恵比寿のスタジオ。

とても久しぶりだった。

最近は、通勤に近いのと、音楽を流したりお香を炊いたりのある

ちょっと雰囲気のある、代官山のスタジオに通っていたから

行く前、ちょっとだけ緊張の面持ち。

しばらく行ってなかった、かかりつけの歯医者に再び

行き始めるような感じでしょうかねぇ。。


こんにちはー。

ドアをあけると、何人か顔見知りの人たちが、ウオーミングアップしながら

おしゃべりしている。

まだ人数大丈夫ですか?と聞いてみる。

私に気づいた数人が、「あれ~?ひさしぶりぃー。。」

「ひさしぶりー。」「ほんと久しぶり。」

と声をかけられた。


「このまえ、日比谷線で通勤の途中に、

知ってる顔をみつけたんですけど、Kさんも日比谷線で通われてるんですって?」

「いやぁ、少し前に職場がかわったんですよ」

「あ、そうなんですか。。今、電車日比谷線なんですけど、

乗ってらっしゃるのかなぁと思ってたんですよ。」


今電車日比谷線、というか前からかたくなに

「通勤電車は日比谷線」ときめているので、

半年経ってもこちらに変わりはないのだけど、そんなような話をして

「前よく来てて、しばらくごぶさただった久しぶりにきた人」でヨガをした。


この前連絡をくれてた友達のSちゃんの話によれば

今日のオーストラリアから来られた先生は、前に教えてもらってた

アメリカ人の先生と何となく似てて、やさしいヨガだって話だったけど

なるほどなぁ、そういえば似てるかも、と思う。

腰骨、とか、引き締める、とかそんな強調するところのことばとか

全体的に丁寧な雰囲気が似ているみたいな気がした。

(ヨガは、外国人の先生の場合、いつもの話し方の英語で進行していき、

ところどころで生徒さんの解説が入ったりする感じ。)

この、全体的に、ということばは抽象的すぎるかもしれないけど

クラスの雰囲気を、包めるような暖かさのある先生は

生徒のヨガのポテンシャルを、ちょっとづつあげることができて

できなかったことが、その先生のクラスにいるとできるようになったりすることがある。

その場を一緒に楽しめば、先生自身の教えることの自信にもなっていくという、

いい循環が感じられる。

アメリカ人の先生のクラスは、私が行きだした頃は

そんなに混んでなくて、どちらかというと4人とか6人くらいの

下手でも全く遠慮しなくていいような、気軽な感じがよかった。

先生をするっていうこと自体に、自信満々の人ではなくて

どちらかというと謙虚な人だったので、不慣れな生徒でいても

さほど気にならないのが居心地よかった。


それが半年くらいの間に、どんどん人気が高まって

最後のお別れのクラスのときには、人が入りきらないくらいの

満員御礼だった。

たしかそのとき、仕事が最高に忙しい時期で、案外へとへとだった気がするけど

仕事をある程度でほり投げて、勝どきから猛ダッシュで駆けつけた覚えがある。

遅刻したけど、クラス始めるのを待っててくれていた。

今日のKさんがたしか、自分で持っているっていうビデオカメラをまわしてくれて

最後のクラスを撮影して先生にプレゼントするって話だった。

私はそのとき、なんでかよく分からないけど

ちょうど人生におけるいろいろなことが重なっていた時期で、

先生のヨガをまだ必要としていたときでもあって、

アメリカに帰ってしまえばもう一生会うことはないのか・・・と思うと

複雑なきもちになっていき、ヨガの途中で

涙が止まらなくなってしまった覚えがあるけど

それは随分反則だ(とみんなは思ってたかも。私だってさみしい、と思ってるはずで)

いい年して、そんなときに泣くんかよ、お前て感じで。


まぁ、そんなことがあったおおかげで

今日までしばらくの間、パワーヨガはしていなかったのです。

今日は随分、筋肉のびました~という感じだった。

顔色もいいみたい。


最後のシバアーサナ(メディテーション)のときに、

ところどころ日本語を使うこの先生は、「身をゆだねて」 と言った。

この人どこでこの言葉を知ったんだろう?と思ってきいていたけど

チェリー色のヨガマットを借りて、去年の今頃ヨガを始めた頃のことを

思い出して、ゆっくりリラックスしていた。


まだ覚えてくれてたらいいのに、と思ってるけど

先生元気かな。

パワーヨガって、ほんとに動くとパワーが出てくる感じがする。

またちょこちょこ、始めてみるのもいいかなぁ。