悲しい別れをした犬たち⑥【エルデ】 | マリリンの独り言

マリリンの独り言

ほんの些細な日常の出来事や、面白エピソード、我が家の動物達の話、ハンドメイド作品の話などを気ままに綴ります。

時々毒吐き。
クズ男やモラ男の話、人間関係についても書いています。

夫婦間だけの呼び名は
『プニ』『プニちゃん』


小学生の頃から、多くの犬を保護したり世話をして里親探しをしていた。


情が湧いてしまうので別れる時が辛く、自分だけの愛犬が欲しいと願い続けていた。


高校や大学へ進学するための費用を、バイトをして貯めていたが、同時に愛犬を迎える準備もしていた。

近くに住む親戚が、庭先に犬を飼うスペースを提供してくれると言うのだ。

相変わらず犬が飼えない住宅に住んでいた私は、自立するまで待ち切れず、その申し出に甘えることにした。


ちょうど子犬が生まれたばかりだった知り合いのブリーダーから、安価で譲ってもらえることになった。


それがエルデだった。

エルデはシェパードのオス。

最初エルデを迎える前は、周囲から批判や反対をされたものだ。

「中学生の女の子が、シェパードなんて飼える訳がない」

「特にシェパードは運動量が必要だから大人でも大変なのに」

「しかもオスなんかは、発情期ともなると簡単には扱えない」

「躾も出来ず、絶対に持て余して投げ出すはずだ」


散々な言われようだったが、そんな発言をする人達は私のことを何も知らなかった。


私はスポーツ万能だったし、朝の4時から新聞配達で朝刊を配り体力もあった。

愛読するのは動物医学書で、獣医を目指していたので動物に関する知識も豊富だった。

そこら辺の大人よりは、犬の飼育についても詳しい自信があったのだ。


エルデを飼い始めると、誰も最初に言ったことと同じ内容を口にはしなかった。


新聞配達にもエルデを連れて行き、夜も一緒に走った。

1日に軽く30kmは走っていたと思う。

マラソンのように中距離を走ったり、時には全力疾走をしたり、また時にはゆっくり歩いたり、そして並んで座ったりしながら心を通わせた。

エルデは私の良きパートナーだった。


躾も完璧にしたし、何ならドッグショーにも出られるんじゃないかと思えるほど、エルデは利口で色々なことを覚えてくれた。


なるべくエルデとの時間を取るようにした。

賃貸で住んでいた自宅は工場の上にあり、広い屋上があったので、夏は簡易ベッドを置いてエルデと一緒に眠った。

冬は天体望遠鏡で星を見ながら、エルデに夢を語った。


ラッキーのように引き裂かれ、悲しい別れをすることもない。

エルデは私の愛犬なのだから。

これからも、ずっと一緒に生きて行くんだ。





ある時、親戚の家に招かれたことがあった。

少し遠くて日帰りは無理だし、私には飼っている動物達がいるので、1人留守番をすると言って断った。

するといつも動物を理由に断ってばかりだと母に叱られ、親戚からも犬を連れて来たらいいと言われたので、エルデを同行させるという条件で私も行くことにした。


そこは田舎だった。

特に観光するでもなく、大人達は集まってお酒を飲みながら盛り上がっている。

エルデは庭先に繋いでおくように言われた。
私と一緒に散歩に行くことすら禁じられたのだ。

小さな子がいるので、万が一ということを言われたのだが·····

万が一ってなんやねん!

さもエルデが子どもを襲うとでも言いたげな。

それなら何故、犬を連れて来ていいと言ったんだと腹が立った。

私1人が留守番で良かったのではないのか。

散歩もさせられないのに、エルデを連れて来るんじゃなかった、私も来なければ良かったと後悔した。


しかしこの後、私は更に心の底から、人生最大とも言える後悔をすることになる。





なるべくエルデの側にいたけれど、挨拶や食事など、その都度私は呼び出しを喰らった。


食事も長々と続くし、どうでもいい興味のない話ばかりで嫌気がさしていた。


食事の後は、順番にお風呂を勧められた。


数時間もの間、私はエルデと会えなかった。





やっと大人達から解放された後、私は庭で待っているエルデの元へ走った。


しかしエルデの姿が見当たらない。


繋いでいた場所にもいなかったのだ。

私は焦って付近を探したが、やはり何処にもエルデはいない。
 
誰かに連れて行かれた!?
もしかして盗まれたのでは!!


土地勘のない見知らぬ場所で身動きが取れない。
私は家の中に戻り、大人に助けを求めることにした。


親戚の人が庭に出て、数人がかりで周囲を探す。




すると庭の反対側から
『ぎゃーつ!』
という叫び声が聞こえた。


心臓がドクンとなった。

私は急いで反対側へ走る。


駆け付けると、既に大人達が集まっている。


そこには風呂釜があった。

この時に初めて知ったのだが、親戚の家は薪風呂だったのだ。


煙突から煙が立ち上る。

釜の扉は開けられていた。



その中に私が見たものは

変わり果てた
エルデの姿だったのだ。



「嫌─────っ!」

私は半狂乱になり泣き叫んだ。



大人達の制止を振り切って、熱さを気にすることもなく、私は素手でエルデを引きずり出す。

エルデの体は酷く焼けただれていた。


どうして·····どうしてエルデが·····

庭に繋いでいたはずのエルデが、どうやって釜の中に入るというのか。


大人達が問い詰めたところ、親戚の子ども達がエルデを繋いでいたリードを外したことが分かった。


そして複数人でエルデを追い回した。

犬小屋のような感覚だったのかもしれない。
エルデは開いていた釜の中に入り身を隠そうとした。


そして中にエルデが潜り込んでいることを知らない大人が、扉を閉めてお風呂を沸かすために火をつけたのだ。

エルデの体を焼いている火で沸かしたお風呂に、私達は入っていたというのか·····

エルデの声にもならぬ叫びが、私の心を切り裂くかのようで、いつ爆発してもおかしくないほど心臓がバクバクとした。




どうして連れて来たんだろう
どうして1人にしたんだろう
どうして直ぐに戻らなかったんだろう

どうしてエルデを
飼ってしまったのだろう


私は自分自身を責めた。





母は気持ち悪がって発狂していたが、苦しんで息絶えたエルデの亡骸を、私は抱いて離さなかった。

手放したら最後、もう二度とエルデを抱きしめてあげることが出来ないから。



エルデを連れ帰り、私はエルデの葬儀を行った。

エルデを火葬する時、またこんな熱い思いをさせてしまっていることが辛かった。


エルデは健康で
まだまだ生きられたはずの
若い命だったのだ。





親戚からは
謝罪の言葉
さえ無かった。



「犬が勝手に入ったのだから、
うちには落ち度がないし責任もない」

「そもそも犬を連れて来たお前が悪い」

「気持ち悪くて風呂が焚けなくなった」


逆に言い訳がましく責められて
酷い言葉の数々を投げ付けられた。


リードを外されなければ
追い回したりしなければ
エルデが釜の中に
入ることもなかったのに·····


事故?事件?
そんなことは問題ではない。
だって当事者からすれば
被害者は犬であり
何のお咎めもないのだから。

これが人間の子どもだったなら
大問題だし
ニュースにもなるのだろう。



それ以降、私は親戚とは縁を切った。


母や姉や弟は、結婚式などに出席したけれど、私は現在に至るまでその親戚とは全く関わりを持っていない。





突然引き裂かれた愛·····
突如奪われた私達の幸せ·····


ずっとずっと側にいたかった。
もっともっと愛したかった。



風のように疾走する美しい姿。
その風は私にまとわりついて
大きな幸せをくれた。

だけど風はひと所に留まることを知らない。

私の前から消えてしまった·····



またいつか、同じ風が吹くだろうか。


その時を
私は待っている。

姿形は変わったとしても
また一緒に走れる日を
切に願いながら··········