悲しい別れをした犬たち④【ポール】
からの続きのエピソード。
私が高校生の頃なので、ポールが他界して少し経ってからのことだった。
ポールのことに懲りて、もう姉が犬を飼うことはないだろうと思っていたのだが、ある時また犬を飼うと言い出した。
詳細は聞いていないが、知人からなのかブリーダーからなのか、チワワの子犬を10万円で譲ってもらうとのことだった。
私も近くまで付いて行き待っていた。
夜の繁華街、人混みの中から姉が子犬を抱いて歩いて来る。
それがヒロだった。
ヒロは、ロングコートチワワのオス。
寂しがり屋の甘えん坊だった。
姉が『ヒロ』と名付けたのだが、姉の友達に名前を聞かれたので、私が「ヒロ」と言うと友達は「えっ!?」となった。
直ぐに姉が慌てて
「ちゃうちゃう!ヒーローやで!
ヒーローって名前やねん」
と言ってごまかした。
私はピンと来た。
多分だけど、姉は好きな人の名前から取ったのだろう。
それが友達も知っている相手なので、知られたくなかったのだと思う。
だから姉が『ヒーロー』と訂正したことに、反論はしないでおいた。
今度こそヒロを大切にしてほしい。
ちゃんと犬と向き合い、共に歩む暮らしをしてもらいたい。
私は見守るつもりでいた。
しかし見守るだけでは済まなかった。
姉は水商売をしていたので、昼間は眠っている。
私と弟が遊びに行くと、いつも出前で取った食器がシンクに山盛りになっているので、私が洗い物をしてあげることから始まった。
年末には部屋の大掃除をしに来てくれと頼まれたこともある。
ズボラで面倒くさがり屋、時間にもルーズだったので、やはりヒロの世話も行き届かない。
散歩にも連れて行っていないようだった。
私が土日の休みに訪ねると、超小型犬なのに部屋の中で繋がれている。
しかも糞尿の始末もしていない。
ヒロは部屋の一角に繋がれたまま、床にはペットシーツが何枚も敷き詰められて、それこそウンチが1週間分散乱していたのだ。
ブラッシングなどの手入れもされていないし、糞尿の上に強制的にいるので、ヒロはいつも汚れており、週末に私が訪ねた時には必ずシャンプーしてあげなければならなかった。
ヒロは私の姿を確認すると、決まって嬉ションをした。
喜んで体が折れ曲がるんじゃないかと思うくらいに、激しく尾を振りながらオシッコを垂れ流すのだ。
そんな時は、いつも姉は嫌そうな顔をする。
それに加えてヒロは、こたつ布団などにマウンティングをした。
交尾をするように腰を振る行為だ。
犬はメスでもマウンティングをするのだが、ヒロの場合は性的な意味でもなく、飼い主に対して自分の方が上だと示しているのでもなく·····
普段繋がれたままなのでストレスが溜まっており、放された時の解放感からエネルギー発散のための行動だと考えられる。
その原因を作っているのも、マウンティングをやめさせる躾をしていないのも姉自身なのに、ヒロがマウンティングをしていると
「こいつアホやねん」
と横目で見ながら嫌そうな顔をしていた。
だから犬の性質も何も分かっていないのに、ヒロが悪いみたいな言い方やめろよと思った。
お正月に姉が実家に来た時に、ヒロも一緒に連れて来たことがある。
私はヒロの相手をしまくった。
実家の広い屋上で放してやると、オシッコを漏らしながら喜んだ。
そして思い切り走り回るのだ。
普段ずっと繋がれたままだもんなぁ·····
私はヒロが不憫でならなかった。
屋上だけでなく、外にも散歩に連れて行ってやろうと思い、リードを付けたヒロを抱いて外へ行き、道に降ろしてあげたのだが歩かない。
ただブルブルと体を震わせて私を見上げる。
寒さは外も屋上も変わらない。
普段散歩に連れて行ってもらえていないので、車や通行人など色々と見えるものや聴こえるものがあるため、ヒロは外が怖いのだろう。
仕方ないので、再び屋上へ連れて行くと喜んで走り回る。
家に帰れば、これだけ走れることも出来なくなるだろうと思い、実家にいる間はしょっちゅうヒロを屋上で遊ばせた。
そんな飼い方をしていたから、きっと動物病院へも連れて行っていないと思う。
ポールみたいに病気になったら、また放置して死なせてしまうのではと心配だった。
しかし、その心配さえも無用になってしまうことになる。
ある時、姉からヒロが行方不明だと聞かされた。
外にも連れて行っていないのに!?と疑問を持ったのは言うまでもない。
話を聞くと、ヒロをベランダに出していたと言う。
何故ベランダ!?とも思ったのだが、話の続きを聞いた。
暫くして見るとヒロの姿が消えていたと言うのだ。
マンションの下を見たが、落ちた様子もない。
そして隣のベランダに、ヒロのウンチがあったらしい。
隣は空き部屋だった。
そこで姉は、更に1つ隣の部屋を訪ねたのだそうだ。
ピンポーンとインターホンを鳴らすと、女の人が出て来た。
「すみません、うちの犬がベランダから移動してしまったみたいなんですけど·····」
そう伝えると、女の人は
「はーい、ちょっと待って下さいね~」
と言ってドアを閉めた。
しかし暫く待っても出て来る気配がない。
姉は再度インターホンを押す。
また同じ女の人が出て来た。
「あの~うちの犬·····」
「いません!」
そう言ってドアを閉められて終わりだったそうだ。
これ·····おかしくないか?
全て姉から聞いた話なので、何処までが嘘で何処までが真実なのかも分からない。
私の中には幾つもの疑問点があった。
ヒロを持て余し、飼い切れないのでブリーダーの元へ返したのではないか。
ヒロがベランダから転落死したが、私には言えず姉が嘘を吐いているのではないか。
1つ隣の人が、ヒロはいたけれど嘘を言って返さなかったのではないか。
本気でヒロを探していたのか·····厄介払いが出来たと思っているのではないか。
私なら愛犬のためならば
しつこく1つ隣の人に詰め寄るし
なんなら部屋の前で張り込みもする。
しかし姉に飼われるよりは、他の人の手に渡った方が幸せになれた可能性もあるので、そこに希望を抱くようにしているけれど·····
こんな生死も分からない別れなんて納得が行かない。
世話をするのが面倒くさいのなら、邪魔になったのなら、ヒロを私に譲ってくれたら良かったのに·····
エルデを亡くした後、犬を飼わないでいたけれど、飼いたくない訳ではなかったので、いつでもヒロを受け入れたのに·····
真相は
永遠に謎のままだ。
姉は犬を飼うべきではない。
「お姉ちゃんは動物を飼う資格がない」
子どもの頃、私が姉に向けた言葉だ。
前にブログで書いた時には忘れていたが、今回の内容を書いていて思い出した。
私は会ったことがないけれど、姉は茶トラの猫を飼っていたことがあったのだが、引越し先がペット禁止のマンションだったので猫を捨てたと聞かされた時に言った言葉だったと·····
動物を飼っている時点で、物件を探す時には先ずペットOKが最優先するべき条件ではないのか!?
茶トラの猫もポールもヒロも、姉は飼うべきではなかったのだ。
『1人が寂しいから』
は動物を飼う理由にはならない。
そんな人は、ペット型のロボットを買えばいいと思う。
ヒロがいなくなった後、姉の家に行くとヒロの物が無くなっている。
餌入れもオモチャも、飼育するに当たって購入した全てを姉は処分していた。
しかも血統書まで
捨てていたのだ。
思い出も何も必要ないんだな·····
そもそも愛情を抱いていなかったから、楽しい思い出なんて無かったのかもしれない。
私の手元には、姉から貰った、たった1枚のヒロの写真がある。
子犬の頃の写真だが、何処となく寂しげに見える。
この写真を見ながら、ヒロの寂しい暮らしや、この後の波乱に満ちた生涯を思うと胸が痛い。
ほんの少しでも、幸せだと思える人生であってくれていたらと思う。
いつ死んでしまったのかさえ分からないけれど、私はヒロのことを一生忘れないだろう。
これからも ずっと·····