茂木健一郎さんブログ
日米学生会議 OB
茂木健一郎さんが
1月21日に
ご自身のブログ:
『茂木健一郎 クオリア日記』
で、日米学生会議について書いていらっしゃるのを発見!!!!
http://kenmogi.cocolog-nifty.com/
茂木さんはおととし日本で行われた会議の際、
秋田サイトで行ったフォーラムにも来てくださいました。
そのときの様子もブログに載せてくださっています。
↓
http://kenmogi.cocolog-nifty.com/qualia/2007/08/post_7c66.html
今回のブログはObama政権誕生についての
希望に溢れる記事でした。
茂木さんが日米学生会議に参加されたのは第38回と20年以上前ですが、
それでもなお、このように、
アメリカで歴史的な大きな出来事があったとき
この会議での経験や思い出が頭に浮かび上がってくるって、すごいなぁ。
なんだか嬉しい気持ちでいっぱいになりました。
そんな歴史と、様々な人の想いが溢れている会議に今かかわり、
今夏参加の28名の学生のために会議をつくりあげてゆくことが出来ることに
非常に誇りを感じます。
実行委員、がんばろ!
(以下、『茂木健一郎 クオリア日記』より)
2009/01/21
誰もが不可能だと思っていたことが
バラック・オバマ氏が
アメリカ大統領に就任した。
あれほど弁舌巧みなオバマ氏が、
宣誓の言葉を発するのを
詰まってしまったのは、
さすがに緊張していたの
だろうか。
続く演説はさすがだった。
よどみなく、言葉を連ねる。
歴史が刻まれた。
オバマ大統領、おめでとう!
アメリカは動いた。
今度は、日本の番だ。
______________
サンデー毎日連載
茂木健一郎 「文明の星時間」
第41回 典型的な地球人(全文)
バラック・オバマ氏がアメリカ大統領選に勝利して、第44代大統領になることが決まった。
アフリカ系アメリカ人としての初の快挙。「私には夢がある」という名演説で多くの人に勇気を与え、ノーベル平和賞を受けたマーティン・ルサー・キング牧師が公民権運動のさ中に凶弾に倒れたのが1968年。それから40年経って、アメリカ社会において少数派だった人たちの夢が、ついに実現した。
いや、そうではない。少数派の夢が、国民を統合する普遍的な夢へと昇華されたのだ。
リーマンブラザーズの破綻に始まる経済危機など、超大国アメリカの地位を揺るがすような事態が続く中、久しぶりの明るいニュース。世界に夢や希望を与える国としての、アメリカの真骨頂が発揮された。バラック・オバマ氏が大統領に選出されたその瞬間。アメリカという国の歴史における、一つの「文明の星時間」だったと言えるだろう。
オバマ氏当選の報に接し、私の胸の中で、ある一つの思い出がよみがえった。
あれは二十年余り前。大学生だった私は、「日米学生会議」に参加した。日米の学生が相互に訪問しあってさまざまなことを議論する会合。首相をつとめた宮澤喜一さんもかつてメンバーだった。私たちの年は日本側がアメリカを訪問する番で、訪米に向けて準備を重ねた。
到着した地はシカゴ。初日の夜、日米双方の「演し物」があった。日本側の代表は、半年前から何回も会合を開いて、綿密にプログラムを用意していた。一方、アメリカはあまりにも国が広すぎて、事前の準備ができない。電子メールもなかった時代。私たちが到着する一日前に集合して、いわば「即興」で用意を済ませたのだという。
それにもかかわらず、さすがはエンタティンメント大国。アメリカ側のパフォーマンスは素晴らしかった。特に印象深かったのが、「私は典型的なアメリカ人です」という演し物。一人ひとりが皆の前に歩み出て、自己紹介をする。そして、最後に「私は典型的なアメリカ人です」と付け加えるのである。
「私の母はボストンの片田舎で生まれました。父は、サンフランシスコの海の近くで生まれました。私は典型的なアメリカ人です。」
「私の両親は、それぞれニューオリンズとヒューストンで生まれたイタリア人でした。二人は、シカゴで出会いました。私は典型的なアメリカ人です。」
「私の父は台湾からアメリカ合衆国に移民し、母はテキサスで育ちました。二人は、結婚してフロリダに住みました。私は典型的なアメリカ人です。」
一人ひとりのバックグラウンドは、全く異なる。それにもかかわらず、誰もが「典型的なアメリカ人」。アメリカという移民国家の多様性の豊かさを、参加者の自己紹介を兼ねて提示する。会議初日の夜の見事なプレゼンテーションであった。今でも鮮明に覚えているのは、よほど心を動かされたからだろう。
「私の父は、ケニアの小さな村に生まれました。トタン屋根の粗末な小屋の中の学校に通いながら苦学して奨学金を得て、アメリカに留学しました。留学先で、母に会いました。母はカンザス州生まれで、彼女の父親は、大恐慌時代には油田や農場で働いていました。私は、典型的なアメリカ人です。」
オバマ氏の経歴を、日米学生会議におけるプレゼンテーションにならって表現すれば、こうなるだろうか。誰でも「典型的なアメリカ人」。どんな背景の人でも、努力さえすれば、アメリカ合衆国大統領になることができる。それは長い間一つの理念に過ぎなかったが、実際にそのようなことが可能であると私たちは知った。アメリカ建国の理想は生きていた。
オバマ氏が注目を浴びたのは、2004年の民主党大会。大統領候補のジョン・ケリー氏の応援演説に立った当時、オバマ氏は国政においてはほとんど無名の存在。上院議員にさえなっていなかった。
「私は次の真理を自明なものと認める。全ての人間は、平等に創られている。どんな人でも、決して否定されることのない権利をもっている。すなわち、生命、自由、そして幸福追求の自由である。」
1776年のアメリカ独立宣言の一節。自分の生い立ちから語り起こした後で、トマス・ジェファーソンの言葉を引用したオバマ氏の姿に、多くの人がアメリカという国の建国以来の理想を重ねたのだろう。
それからわずか4年後。オバマ氏は大統領選挙に勝利した。誰もが不可能だと思っていたことが実現する。それまで知られていなかった人間が、年功序列でも談合でもなく、ただ理念の卓越だけによって上り詰めることができる。東洋のどこかの国とは何から何までも違う。
人間の社会にすぐに理想が実現するのならば苦労はない。現実には、必ず醜い側面や、思うに任せぬ摩擦がある。だからといって、理想を抱くことを忘れてしまってはいけない。生きるということは、つまりは現実と理想のせめぎ合いである。文明の星時間は、現実と理想のおしあいへしあいのうちに、束の間の調和として降臨する。
高揚はやがて冷める。オバマ氏の前途は多難だろう。しかし、それで良い。受難こそが、情熱の母なのだから。
「私は典型的なアメリカ人です。」
遠いあの日、私の心にさざ波を立てた言葉の背後にあった骨太の思想に、歳月の流れの中で再会した。そして今、私たち一人ひとりが、「典型的な地球人」としてそれぞれの個性ある生を過ごす。そんな未来を夢見ている。
(「文明の星時間」の第1回~第41回は、
3月発売の単行本『偉人たちの脳 ー文明の星時間ー』(仮題)に収録される予定です。)
茂木健一郎さんが
1月21日に
ご自身のブログ:
『茂木健一郎 クオリア日記』
で、日米学生会議について書いていらっしゃるのを発見!!!!
http://kenmogi.cocolog-nifty.com/
茂木さんはおととし日本で行われた会議の際、
秋田サイトで行ったフォーラムにも来てくださいました。
そのときの様子もブログに載せてくださっています。
↓

http://kenmogi.cocolog-nifty.com/qualia/2007/08/post_7c66.html
今回のブログはObama政権誕生についての
希望に溢れる記事でした。
茂木さんが日米学生会議に参加されたのは第38回と20年以上前ですが、
それでもなお、このように、
アメリカで歴史的な大きな出来事があったとき
この会議での経験や思い出が頭に浮かび上がってくるって、すごいなぁ。
なんだか嬉しい気持ちでいっぱいになりました。
そんな歴史と、様々な人の想いが溢れている会議に今かかわり、
今夏参加の28名の学生のために会議をつくりあげてゆくことが出来ることに
非常に誇りを感じます。
実行委員、がんばろ!
(以下、『茂木健一郎 クオリア日記』より)
2009/01/21
誰もが不可能だと思っていたことが
バラック・オバマ氏が
アメリカ大統領に就任した。
あれほど弁舌巧みなオバマ氏が、
宣誓の言葉を発するのを
詰まってしまったのは、
さすがに緊張していたの
だろうか。
続く演説はさすがだった。
よどみなく、言葉を連ねる。
歴史が刻まれた。
オバマ大統領、おめでとう!
アメリカは動いた。
今度は、日本の番だ。
______________
サンデー毎日連載
茂木健一郎 「文明の星時間」
第41回 典型的な地球人(全文)
バラック・オバマ氏がアメリカ大統領選に勝利して、第44代大統領になることが決まった。
アフリカ系アメリカ人としての初の快挙。「私には夢がある」という名演説で多くの人に勇気を与え、ノーベル平和賞を受けたマーティン・ルサー・キング牧師が公民権運動のさ中に凶弾に倒れたのが1968年。それから40年経って、アメリカ社会において少数派だった人たちの夢が、ついに実現した。
いや、そうではない。少数派の夢が、国民を統合する普遍的な夢へと昇華されたのだ。
リーマンブラザーズの破綻に始まる経済危機など、超大国アメリカの地位を揺るがすような事態が続く中、久しぶりの明るいニュース。世界に夢や希望を与える国としての、アメリカの真骨頂が発揮された。バラック・オバマ氏が大統領に選出されたその瞬間。アメリカという国の歴史における、一つの「文明の星時間」だったと言えるだろう。
オバマ氏当選の報に接し、私の胸の中で、ある一つの思い出がよみがえった。
あれは二十年余り前。大学生だった私は、「日米学生会議」に参加した。日米の学生が相互に訪問しあってさまざまなことを議論する会合。首相をつとめた宮澤喜一さんもかつてメンバーだった。私たちの年は日本側がアメリカを訪問する番で、訪米に向けて準備を重ねた。
到着した地はシカゴ。初日の夜、日米双方の「演し物」があった。日本側の代表は、半年前から何回も会合を開いて、綿密にプログラムを用意していた。一方、アメリカはあまりにも国が広すぎて、事前の準備ができない。電子メールもなかった時代。私たちが到着する一日前に集合して、いわば「即興」で用意を済ませたのだという。
それにもかかわらず、さすがはエンタティンメント大国。アメリカ側のパフォーマンスは素晴らしかった。特に印象深かったのが、「私は典型的なアメリカ人です」という演し物。一人ひとりが皆の前に歩み出て、自己紹介をする。そして、最後に「私は典型的なアメリカ人です」と付け加えるのである。
「私の母はボストンの片田舎で生まれました。父は、サンフランシスコの海の近くで生まれました。私は典型的なアメリカ人です。」
「私の両親は、それぞれニューオリンズとヒューストンで生まれたイタリア人でした。二人は、シカゴで出会いました。私は典型的なアメリカ人です。」
「私の父は台湾からアメリカ合衆国に移民し、母はテキサスで育ちました。二人は、結婚してフロリダに住みました。私は典型的なアメリカ人です。」
一人ひとりのバックグラウンドは、全く異なる。それにもかかわらず、誰もが「典型的なアメリカ人」。アメリカという移民国家の多様性の豊かさを、参加者の自己紹介を兼ねて提示する。会議初日の夜の見事なプレゼンテーションであった。今でも鮮明に覚えているのは、よほど心を動かされたからだろう。
「私の父は、ケニアの小さな村に生まれました。トタン屋根の粗末な小屋の中の学校に通いながら苦学して奨学金を得て、アメリカに留学しました。留学先で、母に会いました。母はカンザス州生まれで、彼女の父親は、大恐慌時代には油田や農場で働いていました。私は、典型的なアメリカ人です。」
オバマ氏の経歴を、日米学生会議におけるプレゼンテーションにならって表現すれば、こうなるだろうか。誰でも「典型的なアメリカ人」。どんな背景の人でも、努力さえすれば、アメリカ合衆国大統領になることができる。それは長い間一つの理念に過ぎなかったが、実際にそのようなことが可能であると私たちは知った。アメリカ建国の理想は生きていた。
オバマ氏が注目を浴びたのは、2004年の民主党大会。大統領候補のジョン・ケリー氏の応援演説に立った当時、オバマ氏は国政においてはほとんど無名の存在。上院議員にさえなっていなかった。
「私は次の真理を自明なものと認める。全ての人間は、平等に創られている。どんな人でも、決して否定されることのない権利をもっている。すなわち、生命、自由、そして幸福追求の自由である。」
1776年のアメリカ独立宣言の一節。自分の生い立ちから語り起こした後で、トマス・ジェファーソンの言葉を引用したオバマ氏の姿に、多くの人がアメリカという国の建国以来の理想を重ねたのだろう。
それからわずか4年後。オバマ氏は大統領選挙に勝利した。誰もが不可能だと思っていたことが実現する。それまで知られていなかった人間が、年功序列でも談合でもなく、ただ理念の卓越だけによって上り詰めることができる。東洋のどこかの国とは何から何までも違う。
人間の社会にすぐに理想が実現するのならば苦労はない。現実には、必ず醜い側面や、思うに任せぬ摩擦がある。だからといって、理想を抱くことを忘れてしまってはいけない。生きるということは、つまりは現実と理想のせめぎ合いである。文明の星時間は、現実と理想のおしあいへしあいのうちに、束の間の調和として降臨する。
高揚はやがて冷める。オバマ氏の前途は多難だろう。しかし、それで良い。受難こそが、情熱の母なのだから。
「私は典型的なアメリカ人です。」
遠いあの日、私の心にさざ波を立てた言葉の背後にあった骨太の思想に、歳月の流れの中で再会した。そして今、私たち一人ひとりが、「典型的な地球人」としてそれぞれの個性ある生を過ごす。そんな未来を夢見ている。
(「文明の星時間」の第1回~第41回は、
3月発売の単行本『偉人たちの脳 ー文明の星時間ー』(仮題)に収録される予定です。)
日本側実行委員カルテ 最終回
こんばんは~!
ついに実行委員カルテも最終回です。
最終回ってちょっと寂しいです。
だってネタがなくなっちゃった
というのは冗談です。
最終回は実行委員長。
自分の番はまだかまだかと待ち続けていた実行委員長。
そんな実行委員長はこんな人です↓
*☆*:;;;:*☆*:;;;:*☆*:;;;☆*:;;;:*☆*:;;;:*☆*:;;;:*☆*:;;;:*☆*:;;;:*☆*:;;;:*☆*:;;;:
氏名:松本秀也
ニックネーム:ひでや
RT:実行委員長
自己紹介:【自己紹介:委員長・松本秀也】
他己紹介:
60回参加者の中でも圧倒的な存在感を放っていました。(特にサングラス着用時)
成熟したクレヨンしんちゃん
番長松本。
モンタナで一緒にホストファミリー宅でサッカーをしたり星をみたり。なんだか家庭的な雰囲気が似合います。
いざというとき一番頼れる温かい実行委員長!
ゴッドファーザーにあこがれるエセマフィア
チーム全体の把握、客観視できる、情熱的な人
やさしい。
電話魔(笑)
ちょっとクールな発言もあれば、とても心のぬくもりが伝わってくるような切ない発言もあり
松本秀也=日本男児×(絵文字+っぽさ)+老け顔+ゴッドファーザー×10
器が大きく、寛大さと柔軟さを持っている
フレキシブル。
実行委員長らしい冷静な部分とお茶目な部分を両方持ち合わせています。
おちゃめ。
髪の毛をわちゃわちゃすると喜ぶ。
出張先で泥酔した大人の絡んできた時、あしらいつつ話を合わせる姿に違和感がなかった(笑)
行動力と自信に気遣いが加わり、さらに慎重さと世渡りのうまさもつけてきたこの頃。
マダムキラー(笑)
*☆*:;;;:*☆*:;;;:*☆*:;;;☆*:;;;:*☆*:;;;:*☆*:;;;:*☆*:;;;:*☆*:;;;:*☆*:;;;:*☆*:;;;:
さてさて、読んでくださってありがとうございました!
2つ目の連載企画は終了です。
次も何か企画を考えてみますねー◎

ついに実行委員カルテも最終回です。
最終回ってちょっと寂しいです。
というのは冗談です。
最終回は実行委員長。
自分の番はまだかまだかと待ち続けていた実行委員長。
そんな実行委員長はこんな人です↓
*☆*:;;;:*☆*:;;;:*☆*:;;;☆*:;;;:*☆*:;;;:*☆*:;;;:*☆*:;;;:*☆*:;;;:*☆*:;;;:*☆*:;;;:
氏名:松本秀也
ニックネーム:ひでや
RT:実行委員長
自己紹介:【自己紹介:委員長・松本秀也】
他己紹介:
60回参加者の中でも圧倒的な存在感を放っていました。(特にサングラス着用時)
成熟したクレヨンしんちゃん
番長松本。
モンタナで一緒にホストファミリー宅でサッカーをしたり星をみたり。なんだか家庭的な雰囲気が似合います。
いざというとき一番頼れる温かい実行委員長!
ゴッドファーザーにあこがれるエセマフィア
チーム全体の把握、客観視できる、情熱的な人
やさしい。
電話魔(笑)
ちょっとクールな発言もあれば、とても心のぬくもりが伝わってくるような切ない発言もあり
松本秀也=日本男児×(絵文字+っぽさ)+老け顔+ゴッドファーザー×10
器が大きく、寛大さと柔軟さを持っている
フレキシブル。
実行委員長らしい冷静な部分とお茶目な部分を両方持ち合わせています。
おちゃめ。
髪の毛をわちゃわちゃすると喜ぶ。
出張先で泥酔した大人の絡んできた時、あしらいつつ話を合わせる姿に違和感がなかった(笑)
行動力と自信に気遣いが加わり、さらに慎重さと世渡りのうまさもつけてきたこの頃。
マダムキラー(笑)*☆*:;;;:*☆*:;;;:*☆*:;;;☆*:;;;:*☆*:;;;:*☆*:;;;:*☆*:;;;:*☆*:;;;:*☆*:;;;:*☆*:;;;:
さてさて、読んでくださってありがとうございました!
2つ目の連載企画は終了です。
次も何か企画を考えてみますねー◎

