動産評価の分野は未だ黎明期といわれる状態ですが、それでも評価を手がける組織や企業はいくらか存在します。
大まかにいえば、不動産鑑定や監査法人出身のグループと、流通関係出身のグループに分かれるように思えます。
我々は不動産鑑定の方からのグループになりますが、新聞などで時々記事を目にするのが流通系グループの団体の方です。ビジネス的には彼らの方が非常に洗練されていて、なるほどと思うようなサービスやシステムを次々に繰り出してきています。
その中で、時々我々の中で議論になるのが「目利き力」という言葉です。
特に流通系のグループでは「目利き力」の養成を重視しています。彼らはABLを得意としていて特に在庫の評価に力を入れています。担保を取る場合には、破綻した時にどれだけ換金できるかがきわめて重要になりますから、「目利き力」ということになるのでしょう。
方や、我々の中では「目利き力」はそれほど重要ではないという考え方の方が比較的支持されています。
それはなぜか。
「評価」といってもビジネスで評価をする以上、様々な案件が我々のところに持ち込まれます。「私はアパレルしか知らないからそれ以外は絶対に受託しない」というビジネスモデルであれば結構なのですが、実際はそうではありません。
となると、すべての分野で「目利き」になるのは非常に難しいのです。
ですから、自分が目利きになるより「目利き」のおチカラを借りた方が得策という考えかたになってしまいます。
つまり、商品に対する目利き力というより、情報を収集するチカラ、その真贋を見抜くチカラというのが重要になると考えています。
「目利き力」が必要か、必要でないかという短絡的な結論は意味がないと思います。
いろんなサービスが妍を競う方が社会全体のためにはいいことですし、依頼目的によって適切なサービスを使い分けていただければよろしいわけです。
同じ「評価」といっても目線が違うと考え方も変わるという点では非常におもしろいところです。
実際にレポート(評価書)を書く時はアメリカの評価士が書いたレポートを参考にしながら書いているのが現状です。
しかし、アメリカの文化といいますか社会情勢が多分に反映されており、少し使いにくく感じます。
ご存じの通り、アメリカは訴訟社会で、特にビジネスの世界では隙あらば訴えられる世界です。
ですから、彼らの防御態勢は鉄壁と言っていいほど。
評価士の責任の範囲はどこまでで、それ以外については責任を負わないという文言が見事に羅列されており、正直読んでいるとウンザリします。
でもって、評価についてはさらっと。
おいおい、説明責任があるだろ!
というのが最近の日本の感覚でしょうが、専門家といえども特に社会科学の範疇にあるものを誰にも異論を挟まれることなく説明することは困難です。
価格の形成というのは特に複雑ですからなおさらです。
ですので、あえてしっぽを捕まれるような情報は出さないのでしょう。
ただし、彼らの出す数字はいい加減かというと全くそんなことはなく裏では実に緻密な計算をしており、エヴィデンスはちゃんとあるのです。
もし裁判になった場合、しっかりとした裏付けがなければ負けてしまうからです。
日本はむしろ見せなくてもいいところまで見せてしまって、後で説明に窮してしまうというところが往々にあります。
日本も徐々に欧米のような契約社会に移行しつつあり(民法改正など)、タフな競争社会で揉まれている彼らに見習わなければならないのかもしれません。
とはいえ、自分で読んでもウンザリするような物を商品としてお出しするわけにもいきませんから、できあがったレポートは参考のレポートにだいぶ手を加えたものになっています。
しかし、アメリカの文化といいますか社会情勢が多分に反映されており、少し使いにくく感じます。
ご存じの通り、アメリカは訴訟社会で、特にビジネスの世界では隙あらば訴えられる世界です。
ですから、彼らの防御態勢は鉄壁と言っていいほど。
評価士の責任の範囲はどこまでで、それ以外については責任を負わないという文言が見事に羅列されており、正直読んでいるとウンザリします。
でもって、評価についてはさらっと。
おいおい、説明責任があるだろ!
というのが最近の日本の感覚でしょうが、専門家といえども特に社会科学の範疇にあるものを誰にも異論を挟まれることなく説明することは困難です。
価格の形成というのは特に複雑ですからなおさらです。
ですので、あえてしっぽを捕まれるような情報は出さないのでしょう。
ただし、彼らの出す数字はいい加減かというと全くそんなことはなく裏では実に緻密な計算をしており、エヴィデンスはちゃんとあるのです。
もし裁判になった場合、しっかりとした裏付けがなければ負けてしまうからです。
日本はむしろ見せなくてもいいところまで見せてしまって、後で説明に窮してしまうというところが往々にあります。
日本も徐々に欧米のような契約社会に移行しつつあり(民法改正など)、タフな競争社会で揉まれている彼らに見習わなければならないのかもしれません。
とはいえ、自分で読んでもウンザリするような物を商品としてお出しするわけにもいきませんから、できあがったレポートは参考のレポートにだいぶ手を加えたものになっています。