【著者】水村美苗

【出版】新潮文庫

【価格】(上)\820 (下)\740




一代で財をなすアメリカンドリームを達成した伝説の男の愛と生涯を、偶然知った若者から美苗が聞く…という構成になっており、一見私小説風の大河小説。日本近代文学においては作者と作品は切り離される事がないと言うスタイルを踏襲した形のようです。



上流階級の子女と満州から引き揚げてきた貧しい混血の孤児との間の恋物語を中心に、「本物」の上流への嫉妬と羨望から逃れられない一世代前の3姉妹、彼女たちを見続けてきた女中の目線で語られる物語は『嵐が丘』。

1度は引き裂かれた恋物語が、渡米後成功して富豪となった男が戻ってくる事で再び動き出し死と言う悲劇をもってして完結するかに見えた終盤、傍観者であったはずの女中もまた物語の中にいたのであると3姉妹の1人から推測形式で明かされ二重の三角関係が浮き彫りになる構成はある種のどんでん返しでしょうか。


かつての「上流」の格が無くなり、日本人が<希薄になった>と言うのは長い米国生活から帰国した著者自身が感じた事なのでしょうか。

いくつもの寂寥感が交差する長い長い物語は、時代背景と相まって何だか浪漫を感じさせます。






何かやらざるを得ないといいますか。



ぞろ目というものは、誰しも多少は気になるものではないでしょうか、うん。








【邦題】愛を読むひと

【監督】Stephen Daldry

【主演】Kate Winslet / Ralph Fiennes / David Kross

2008年 米/独




第二次大戦後の独。15歳だった主人公マイケルは偶然出会ったずっと年上の女性ハンナに惹かれ、彼女との情事にのめり込む。度重なる逢瀬の中で、いつしか彼が彼女に本を朗読して聞かせる事が2人の間のルールとなるが、ある日突然彼女は何の前触れもなく姿を消す。


理由も分からないまま捨てられ終わったひと夏の恋のはずだったが、8年後、法学生となっていたマイケルの前に意外な形で彼女が現れる。ゼミのメンバーで傍聴に行った第二次大戦中の強制収容所の看守たちを裁く裁判で、なんと彼女が被告の1人として法廷に立たされていたのだ。


裁判が続く中、マイケルは自分が知るかつての彼女の行動と法廷での様子から、彼女が実は文盲である事に法廷内で唯一気がつくが、それを隠そうとする彼女は他の被告たちの彼女一人に責任を押し付けようとする証言に同意して責任を被ってしまう。マイケルは自分が証言すれば判決は変わるはずと思いつつ、彼女に会う決心もつかず、思い悩むも結論を出せない中、彼女は被告たちの中で唯一人無期懲役を言い渡される。



その後弁護士となったマイケルは、妻と離婚し1人娘とも離れて暮らすことになった時、引っ越し荷物の中からハンナに読み聞かせていた本を見つけ、それを朗読してテープに吹き込み服役中の彼女に送る事を思いつく。

彼が送り続けたテープは彼女の日々にはりを与え、また彼女はそれと本を使って字を覚え読み書きが出来る様になるのだが、釈放の日、彼女は塀の中で自ら命を絶った。


彼女の遺言に従い、かつて裁判で証言した在米ユダヤ人女性を訪ねたマイケルは、自分自身と向き合う。

1人娘にこの経験を伝える事にしたマイケルは、ハンナの墓の前で想い出を語り出す…。





ハリウッド映画ですから全編英語です、ええ。ドイツ語の欠片も出てきやしない。原作『朗読者』はドイツ人作家の手によるもので、主人公の名前はミヒャエルだったようですが、英語ですのでマイケルになってしまいました…。



かつて焦がれた相手が時を経て突然目の前に現れる。お互い置かれている状況が当時とは全く異なり、ただひたすら傍観者として外から彼女を見つめることしか出来ない主人公。その後も彼女との距離の取り方も、周りとの距離の取り方も上手く掴めないまま、ただ時は流れてゆく…。


ナチスのホロコーストを背景に、人と人との向き合い方、そしてマイケルとハンナの年の差がそのまま戦中・戦後世代の差となり、人の戦後の戦争への向き合い方をも見つめる作。


注)R-12だったようです。



☆☆☆☆(4)









【著者】ノーム・チョムスキー

【出版】集英社新書(0190A)

【価格】




“知らないという状態であること”という事について考えさせられます…。

前々から感じていたことではありますが、


例えば、ある人が“何か”について一切知らなければ、それはその人にとって存在しないも同じ事ではないか。


情報を得る時、自分では“調べた”つもりでも、実はそのまま鵜呑みにしていることの方が多いのではないか。


特に自分が当事者になっている事に関しては、物事を別の角度から見るという事が出来なくなってはいないか。

報道されている事以外を知ることが出来ないという状態は。


公正なジャーナリズムなど存在できるのか?


特に権力による情報統制について言及してありますが、

blogって、こういう状態に対して“発信する力”になり得るツールなのかもしれません。このブログはただの書きなぐり雑感ですが。







 




【邦題】薬指の標本

【監督】Diane Bertrand

【主演】Olga Kurylenko

2004年 仏



小川洋子の同名小説 の映画化。Olga Kurylenkoの映画デビュー作にもなります。



幻覚のような謎の少年や、ホテルの部屋をシェアすることになる船員などオリジナルキャラは出てくるのですが、それ以外は割と原作に忠実な作。

先に原作を読んだ身としては、せっかくここまでちゃんと作るのならこの船員の男いらないだろ、という気もするのですが、

彼はこの映画の中で主人公と現実とを繋ぐ最後の糸だったのかもしれません。結局彼の失敗(?)によって切れてしまいましたけれど。「不在」感(そこにいるのにいない、みたいな)を強く匂わす役割もあったのでしょうか。



オリジナルキャラの存在はもちろん、国自体の設定を変えてなお、ここまで原作の「空気」を再現出来るということに驚嘆。

匂いと言うか雰囲気と言うかを原作そのままにここまで描けるのですね。

国や言語文化が違っても「読み込み」が出来る良い証明。



多分劇場公開時はR-18とかかかったと思うのですが(相当なシーンがいくつかアリ)、原作を楽しめた人なら映画も好きになるのではないかとキラハート。


☆☆☆★(3.5)