今度の人は、ちょっと覚えが悪いみたいやな」

その言葉が、私の背中を静かに押し出した。これで、何度目のリセットだろう。

生活保護を受給するようになって、気づけば6年の歳月が流れていた。世間はそれを「停滞」と呼ぶかもしれないが、私の6年間は激流そのものだった。
生きるため、あるいは自分を証明するため、数々の仕事に飛び込んでは、泡のように消えていった。

ある時はライドシェアのハンドルを握り、ある時はデリヘルのドライバーとして夜の街を走り続けた。ただひたすらに続く運転は、私の心と体を削り、いつしか限界を迎えて辞めた。
けれど、すべてがダメだったわけじゃない。機械のメンテナンスの仕事は、なぜか6ヶ月も続いた。自分でも驚くほどの粘りだった。しかし、体にかかる重圧としんどさに耐えかね、最後は糸が切れるように辞めてしまった。

今は、障がい者施設の世話人として働いている。これもまた、6ヶ月が経とうとしている。
「今回は、いけるかもしれない」
そう思う日もあれば、奈落の底に突き落とされる日もある。なぜなら、私の心には「躁」と「鬱」という、制御不能な二つの太陽が交互に昇るからだ。

ハイテンションで何でもできる気がする「躁」の波が引くと、文字通り指一本動かせない「鬱」の闇がやってくる。仕事をしては辞め、辞めては探す。この終わりのないループのせいで、いつも頭の片隅には「また生活保護に戻ってしまうかもしれない」という恐怖が、黒いシミのようにこびりついている。

次の面接に行こうか、行くまいか。
求人サイトの画面を見つめたまま、指が動かない。どうせまた、続けられないんじゃないか。この先、自分はどうなってしまうのだろう。

そんな暗闇の中で、私の胸の奥で、消えずに燃え続けている小さな炎がある。

「演技がしたい。歌を歌いたい。お笑いがしたい」

表現への渇望。スポットライトを浴び、誰かを笑わせ、誰かの心を震わせたいという、あまりにも純粋で、あまりにも不相応な夢。
しかし、現実という冷たい壁がすぐに立ちはだかる。
「躁鬱」のせいか、これまでの無理がたたったのか、今の私には記憶力がほとんど残っていない。台本を開いても、文字列が滑っていくだけで、セリフがどうしても覚えられないのだ。

「セリフの覚えられない役者なんて、本当にできるのだろうか?」

自嘲気味に呟きながら、私は部屋の小さな鏡を見た。
そこには、6年間の苦闘を生き抜いてきた、一人の男の顔がある。
覚えが悪くたっていい。すぐに辞めてしまった過去があってもいい。機械のメンテも、世話人も、しんどくても6ヶ月踏ん張れた自分が確かにそこにいる。

セリフが覚えられないなら、カンペだらけのステージから始めたっていい。記憶に頼らない、その瞬間の「生」をぶつけるお笑いだってあるはずだ。
このボロボロの人生そのものが、誰にも真似できない最高の「台本」なのだから。

男は、深く息を吸い込んだ。
明日、また新しい朝が来る。躁が来ようと、鬱が来ようと、私は私の人生という舞台の上で、泥臭く、しかし誰よりも激しく、次の幕を上げる準備を始めている。