僕はまた思った。

――どうして俺は、こういう人間にばかり当たるんだ。

キャバクラで働いていた頃にも、怖い先輩がいた。

その人には外国にルーツがあると聞いたことがあった。

だが、それとその人が怖かったこととは、本来何の関係もない。

当時の僕は、何か怖いことが起きるたびに、

「この人はどこの人間なんだ」

「何者なんだ」

「裏に誰かいるんじゃないか」

と考える癖があった。

自分が怖がっている理由を、相手の肩書きや出自に求めようとしていた。

本当はもっと単純だったのかもしれない。

僕が怒鳴り声に弱かった。

人との距離を測るのが苦手だった。

相手が嫌がっているのに、それに気づくのが遅かった。

そして一度怖いと思うと、相手を必要以上に巨大な存在として見てしまった。

それだけだったのかもしれない。

ある夜、僕は一人で考えた。

ヤクザによく絡まれる人生だ。

ずっとそう思ってきた。

だが、もし違うとしたら。

怖い人間が僕を探しているのではなく、

僕のほうが、なぜか怖い人間との距離を間違えてきたのだとしたら。

借金。

しつこさ。

怒られるまで引けない性格。

相手を怖がりながら、その懐へ入り込んでしまう矛盾。

そこに共通するものがあるのではないか。

僕は玄関の鍵を思い出した。

あの日、扉の向こうにいた男たち。

台所の包丁。

震える手。

もしあのとき扉を開けていたら。

もし包丁を握っていたら。

人生はまったく違う方向へ行っていたかもしれない。

そう思うと、背中が冷たくなった。

怖い人間ばかりだった。

長い間、僕はそう思っていた。

でも歳を取ってから、少しだけ考え方が変わった。

怖い人間がいる。

それは事実だ。

暴力を使う人間もいる。

脅す人間もいる。

だが、相手が怖いからといって、こちらまでその世界へ入る必要はない。

怒鳴られたら離れる。

断られたら引く。

借りた金は返す。

返せないなら、もっと早く助けを求める。

簡単なことばかりだ。

けれど、その簡単なことを覚えるまでに、僕は何十年もかかった。

僕の人生には、怖い男たちが何人もいた。

だが本当に一番怖かったものは、

玄関の向こう側の男でも、

怒鳴る先輩でも、

殴ってきた後輩でもなかったのかもしれない。

追い詰められるまで止まれない、

自分自身だった。