以上は、主にAIによる社会的影響、とりわけ悲観的な側面だけを取り上げましたが、今度は、シンギュラリティが私たちに驚異的な技術的発展と革新的な経済、社会をもたらしてくれることを順を追って紹介します。

 

(1)「超次世代(エクサスケール)スパコン」と「量子コンピューター」とは

 

 

その前に、「超次世代スーパーコンピュータ(以下、超次世代スパコン)」について解説しますと、日本の産業技術総合研究所が開発した「京(けい)」は、2011年11月に世界ランキング一位になりました。

 

が、その後、米中の追い上げを受け、直近2018年11月現在では7位にとどまり、上位には米国が三社、中国が二社、スイス一社がランキングしています。

 

しかし、2014年3月、理化学研究所は総事業費1400億円、演算処理能力が「京」の100倍の1000ペタ・フロップス、すなわち、1エクサ・フロップス級の性能を持つ「超次世代スパコン」を、2020年に完成させると発表、再び世界一に返り咲くことが予想されています。

 

 

 一方、「量子コンピュータ」ですが、一般に、パソコンやスマホには「CPU」や「メモリー」という装置が内蔵され、「CPU」が情報を処理する“包丁”なら、「メモリー」は“まな板”で、メモリーの性能は「ビット数」で示されます。

 

これまでの「古典コンピュータ」では、「1ビット」で表せる数字は、「0」か「1」のどちらか1つで、1ビットで2つの状態を表せますが、これを2ビットに拡大すると「00」「01」「10」「11」という4つの状態を表せ、ビット数が増えれば増えるほど表せる状態も増えていきます。

 

ところが、量子には、同じ一つの量子が同時に複数の場所に存在し、その一つに起こった変化が他の場所の量子でも起こり、同じ状態を維持するするという性質があります(量子もつれ=相似現象)。

 

この性質を利用した「量子コンピュータ」では、1ビットは「0」か「1」のどちらか1つでは無く、「0(波動)でもあり、1(粒子)でもある」という量子の性質(重ね合わせ)を活用することで、例えば「0の可能性が20%で、1の可能性が80%」という具合に多様な表現ができ、この結果、古典コンピュータに比べて極めて複雑な計算も、格段に素早く処理できるようになります。

 

例えば、「1から5までの5個の数字をそれぞれ2倍して、すべて合計したらいくらになるのか?」という質問を古典コンピュータに入れたとすると、1から5までの数字をそれぞれ順番に2倍計算して結果を取っておき、5までの計算が全て終わったら、数値を合計して「30」という答えを出します。つまり、同じ計算を5回繰り返します。

 

一方、量子コンピュータでは、「1」「2」「3」「4」「5」の可能性がそれぞれ20%。それぞれを2倍した場合の合計は?という質問をすると、一回の計算で答えを出してくれます。

 

このため、古典コンピュータは複雑な問題に対しては「しらみつぶし方式」に全てを計算するしか方法が無いのですが、量子コンピュータでは、ビット情報の多量さを利用して複雑な計算でも一回の処理で答えを出してくれるので、古典コンピュータなら10日かかる計算を量子コンピュータは5分くらいで終わらせられることができ、しかも、現在のスパコンの100分の1の電力で稼働させられるといわれています。

 

この量子コンピュータと超次世代スパコン、そして現在のものより1000倍高速なAIエンジンを組み合わせた「先端科学技術プラットホーム」を構築すると、1台で膨大かつ複雑なビッグデータから情報を探索、解析、モデリング、シュミレーション、最適化のすべてを瞬時にこなすことができるのです。

 

2018年9月、理化学研究所はNTTやNEC、東芝などと共同で、文部科学省の事業として本格的に「量子コンピューター」の開発に乗り出すと発表しました。

 

(2)軍事利用

 

インターネットなどのテクノロジーが、軍事利用を目的に開発されてきたことは論を待たないところで、米国や中国を始めとした各国が更なる高性能コンピュータの開発に凌ぎを削るのも同様です。

 

その目的の一つに、相手国の指揮命令系統や核兵器を制御不能、無効にさせることがあります。実際、2012年6月1日付の「ニューヨーク・タイムズ」に、「Stuxnet(スタックスネット)」という、米国とイスラエルにより共同開発されたコンピュータ・ウィルスに関する記事が掲載されました。

 

それによると、2010年11月にイランのナタンズ核施設にある8400台もの遠心分離器が、これにより稼働不能にされたということです。

 

もちろん、そうした核施設では厳重なセキュリティ体制の下、外部ネットワークとは完全に遮断されていたはずですが、スパコンを使えば、高性能のコンピュータ・ウィルスとともに、ナノテクノロジーも加味した“小バエ”程度のサイズの「クワッドコプター・ドローン(超小型自律無人航空機)」も開発でき、通気口から侵入させ、感染させることが可能となります。

 

(3)常温核融合発電

 

 

「AI」「超次世代スパコン」「量子コンピューター」によるシンギュラリティは、産業分野においては新エネルギー開発に最大の貢献をしますが、その代表が「常温核融合発電}です。

 

これまで進められてきた「プラズマ核融合」のような巨大な施設を必要とせず、各家庭で見られるプロパンガスボンベと同程度の容器を使った発電が可能となるため、大量生産して各家庭に常備させることが可能な画期的な発電装置です。

 

常温核融合は、原子核に中性子と陽子を持っていて普通の水素より重い「重水素」を用います。一般に水素は、金属の表面に引きつけられるという性質を持っていますが、この性質を利用して、重水を入れた容器に、陽極をプラチナ、陰極をパラジウムにして電流を流します。

 

すると電気分解が起き、酸素と分かれた重水素はパラジウムに引きつけられ濃密となり、原子核の融合が起こるのです。

 

確かに核融合の際に中性子は出ますが、核分裂とは大きく異なって自然界に存在する程度の僅かなもので全く問題がなく、また生成されるヘリウムも全くの無害で、さらに原料の重水素は海水の中に無尽蔵に存在し、事実上原料費はゼロです。

 

また、事故や地震の際でも核分裂のような連鎖反応は起こらず、自動的に停止します。

 

ところが、これまで開発上の最大の課題となっていたのが複雑なシュミレーションです。データはとれてもその膨大さと複雑さから、その分析にテマ・ヒマ・コストが費やされ、検証のためのシュミレーションが進みませんでした。

 

しかし、「超次世代スパコン」や「量子コンピューター」を用いることで常温核融合の実現が一気に進むと期待されます。

 

(4)電気自動車(蓄電技術)

 

発電された電力の消費で、工場等の生産設備以外で大きなウェートを占めるのが交通移動手段、とりわけ自動車です。このため、目下、EV(電気自動車)の開発競争が熾烈を極めています。

 

その際の最大の課題が「蓄電技術」の開発ですが、問題は技術というよりも「蓄電池」の原材料開発です。

 

現時点で最も普及している電気自動車は、日産の「リーフ」ですが、走行距離が2万キロを越えるあたりからリチウムイオン電池の劣化が始まるのか満充電に要する時間が長くなり、家庭用充電器では約8時間、急速充電器を使っても1時間近くかかってしまいます。

 

実際、高速道路のサービスエリアや都心の公共施設に設置された急速充電器では、順番待ちの複数台の電気自動車が並んでいます。

 

そんな中、産業技術研究所とNEDO(新エネルギー開発機構)の支援を受けたベンチャー企業が、コスト(価格)、体積、重量、劣化時間、充放電時間、安全性のいずれの問題も解決する「導電性高分子電池」と呼ばれる次世代リチウムイオン電池を開発済みです。

 

ただ、現時点では普及に向けた大量生産の手法が確立されておらず、最大の効率で充放電を行う電解質との接触面積を極大化した、陽極構造の製造方法を突き止めるためのシュミレーションと最適化構造の模索に、超次世代スパコンの活用が期待されるところです。

 

(5)自動運転

 

 

なお、自動車といえば目下、AIによる自動運転が注目を浴びています。

 

前を走る車がどの程度離れているか、歩行者はいないか、道はどのように曲がっているか、道路標識はどうなっているか、信号はどうかなど、外界の様子を正しく認識する必要がありますが、これらパターン認識はAIの得意とするところだからです。

 

現在販売されている自動運転車は、「条件付自動運転」までしかできませんが、政府は2020年までに「高度な自動運転」、

さらに2025年までには「完全自動運転」の実現を目指しています。

 

完全自動運転が実現すると、バス、タクシー、トラックは無人化され、これに小型ドローンやロボットを組み合わせれば自動戸別配達も可能になり、人口減少や人手不足が原因で全国に七百万人いるといわれる、高齢者を中心とした“買い物難民”が救われ、また山間地などの住環境も改善されて、地方からの人口流出が解消される可能性があります。

 

さらに、日本の自動車の一日あたりの稼働時間はわずか30分程度で、自家用車の稼働率は数パーセントといわれていますが、自動運転車が普及すると自動車を個人で所有するのではなく、必要な時にスマートフォンで呼び寄せ、目的地に着いたら乗り捨て、帰宅時には別の車を呼ぶという利用形態が確立するものと考えられます。

 

(次回に続く…)