天津教と竹内巨麿…新興宗教と圀體6
天津教と竹内巨麿…新興宗教と圀體6 ところで、天皇の日常は実に多忙である。大臣、裁判官の任命や叙勲などの決められた国事行為のほか、外国要人への応対や国内行事への参列など、列挙すれば枚挙に暇がない程である。 しかし、私的行為と見做されている「宮中祭祀」こそが、祭祀王たる天皇にとって最大の務めとなる。国家安寧を祈り皇祖皇宗を敬う宮中祭祀は、四季の訪れとともに様々な儀式が目白押しで、それらは基本的に皇居内の賢所・神殿・皇霊殿からなる宮中三殿で執り行われる。 見えざるものに対して天皇は多くの時間を割いている。いや、見えざるものを中心に天皇の日常が組み立てられ、天皇は常に見えざるものに繋がろうとし、そのために祈りがあり、所作があり、服装がある。 ただし、見えざるものは近代合理主義の中では排除されやすい。また一方では見えざることを奇貨として、そこに介入してくる人物もいる。このように、世上の移ろいをこなしながら祭祀を執り行わなければならないのが、天皇にとっての宿痾(しゅくあ)である。 さて、内務大臣木戸幸一の『木戸幸一日記』九月十二日のくだりには、以下の記述がある。「この件は神政竜神会の矢野祐太郎、天津教にも関係ある模様なり。島津は矢野とは五~六回会見せり。…島津は将来自分が再び女官長になり、山本英輔(陸軍大将)が侍従長となるなどと述べたという。天津教(竹内巨麿)の所謂神宝は、秦真次(陸軍中将)の手にて遊就館(靖国神社)松田常太館長に、その保管託したりという」 まず、 天津教(皇祖皇太神宮天津教)だが、その教団よりも教団に伝わる『竹内文書』の方が、人口に膾炙(かいしゃ)しており、言わずと知れた「古文書の中の古文書」である。 教祖・竹内巨麿は武内宿祢の子孫を名乗り、同書は武内宿祢の孫・平群真鳥が雄略天皇の勅命で、太古代にあったとされる神代文字を用いて記されたとされている。そこには『記紀』以前の天皇家の歴史がかかれ、世界文明が日本を起源にしていることを示唆している。 史学界からは「偽書」の認定を受けているが、その内容には一万五千年~二万年といわれる縄文時代など、太古代の歴史を知る手掛かりを得られる貴重な書であると本稿では見る。実際、この内容を裏付けるように、モーゼが来日の際に持ってきた十戒石板や、ユダヤのユセフ族を象徴するオニックス(縞瑪瑙宝石)などが、先祖からの伝承品として武内家から見つかり、世間の耳目を引いた。 さらに、釈迦、キリストが日本で修行したとか、神武天皇は第七十三代だとし、神社の伝承物としては後醍醐天皇や長慶天皇の御真筆、三種の神器の類まであるということから当時の特高警察(特別高等警察)の目を引かなかったはずがない。 天津教は、明治四十三年(一九一〇)、当時は御嶽教の行者であった竹内巨麿が、茨城県磯原で創起した神道系新興宗教であるが、「神宝」の公開とともに参拝者そして信者を増やしていった。 ただ、竹内巨麿自身は明治七年、富山県上新川郡新保村(富山市)生まれで、父は石川県人の木挽職人の「竹次郎」こと森山勇吉、勘の良い読者の方なら気づかれるかもしれないが、「竹細工職人」等というと山の民「山窩(さんか)」の伝統的な生業である。また、富山県といえば、太古「白山王朝」があったと、複数の古文書に記述されている曰くつきの地である。 幼少時の巨麿は「岩次郎」と呼ばれ、婦負郡神明村大字下野(富山市下野)の竹内庄蔵の養子となるが、養父母の他界を機につてを辿って上京した。明治二十五年のことである。東京では人夫頭(労働者斡旋業)をしていた竹橋松五郎に寄寓(きぐう)する。 この時期に教派神道の御嶽教に入信、諸国を遍歴したのち明治二十三年に茨城県多賀郡北中郷村磯原(北茨木市磯原町磯原)に居を定め、御嶽教天都教会・ 皇祖皇太神宮天津教を創起して、前者の名を借りて後者の布教宣伝を繰り広げる。 そして、信者拡大に大きく貢献した人物が、キリスト者の「酒井勝軍(さかいかつとし)」である。昭和四年(一九二九)春、「ピラミッドの発祥地は日本だ」と主張するピラミッド研究家でもある酒井がやってきて、竹内に様々なアイデアを与え、これを受けた竹内が「神宝」を蔵から見つけ出すという日々が続き、これに惹かれた入信者が引きも切らさなかっのた。 このような天津教には大正十一年から戦後まで、華族や陸海軍将官を始めとした荘赫(そうかく)たる名が連なった。竹内義宮著『竹内巨麿伝』には、昭和三年三月に公爵・一条実孝、海軍大将・有馬良橘、陸軍中将・筑紫熊七、陸軍中将・堀内三郎、海軍少将・横山正恭、宮内省・佐藤民雄といった要人が、「神宝開鑑」を拝観したと記されている。 さらに同年中には陸軍大将・東條英機、昭和十年には頭山満、時期不詳ながら海軍大将で総理大臣をやった山本権兵衛、元総理・平沼騏一郎、陸軍大将・山下奉文、陸軍中将・秦真次があり、終戦後には旧海軍中将・久爾宮朝融王、旧陸軍中将・賀陽宮(かやのみや)恒憲王も出てくる。 カタカムナ近代論: 大戦の真相と昭和回天 | 長髄玄師 |本 | 通販 | Amazon