大戦の敗因を探る、9

 

1、亜細亜防共戦争

 

ここで改めて、大東亜戦争の目的について整理しますと、一般には「自存自衛の戦争(本音)」「欧米支配からの亜細亜解放戦争(大義)」といわれてきました。事実、マッカーサーやパール判事も東京裁判の審理を経た結果、「日本にとって自衛のための戦争だった」と証言しています。

 

が、1932(昭和7年)5月にコミンテルンで決定された「日本における情勢と日本共産党の任務に関する方針書(テーゼ)」では、当面する革命は絶対主義的天皇制を打倒するためのブルジョア民主主義革命(反ファシズム解放闘争)であり、プロレタリア革命はその次の段階であると位置づけます(二段階革命論)。

 

また、コミンテルンは1935年(昭和10年)7月の第7回大会以来、日本とドイツを公然と敵視、敵対行為を活発にしていきます。日本はその破壊活動防止のため対策を講ずる必要を感じ、利益を同じくするドイツと「日独防共協定」を結び、支那大陸での戦線を拡大します。

 

が、以上の経緯から考えると、大東亜戦争の目的には、「アジアへの共産主義の浸透を防止する」という目的もあったといえます。このことの傍証として、世界には有力な理解者がいました。その中の最も注目すべきは、ローマ法王ピオ11世です。

 

支那事変勃発後3ヵ月経った昭和12年10月、ピオ11世は全世界、特に極東のカトリック教会に対して「(支那事変での)日本の直接の関心は、共産党勢力のアジア浸潤駆逐に他ならない」として、


❶日本の文明擁護の意図を支那が諒解する必要があることを説き、同時に外蒙からの共産主義の影響を駆逐すること、2❷共産主義の危険が存する限り、遠慮することなく日本を支援すべきこと、❸日本軍当局に対しカトリック教会の立場は、日本との協力にあることを徹底せしめること、等の指令を出します。   

全世界3億3千万のカトリック教徒に君臨するローマ法王庁のこの指令に関して、当時の朝日新聞は、「これこそ我が対支政策の根本を諒解するもの、知己の言、百万の援兵にも比すべきであって、英米諸国における認識不足の反日論を相殺して尚余りあるというべきだ」と絶賛します。 

 

東京裁判は共産主義論争を禁じたため、日本が戦争に赴いた原因は解明されず、侵略国家の烙印のみが残されました。が、アジアにおいて防共のために戦ったのは日本をおいて他にはありませんでした。

 

このことがあってか、東京裁判でABC級戦犯になった日本人1068人は、共産主義と戦った"聖者"としてバチカン大聖堂に祀られています。https://www.youtube.com/watch?v=rszEFcDv1Qo 

 

 

2、満鮮経略(1)河豚(フグ)計画

 

ところで、日本はドイツと三国同盟を結びましたが、ドイツからの多くの亡命ユダヤ人を救いました。杉原千畝の話の他に、昭和11年の日独防共協定の際、陸相・板垣征四郎の提案により、「ユダヤ人の迫害については日本は組しない」との方針が決定されます。

 

これを受け、ドイツやソ連による迫害を逃れ、ソ満国境に避難してきていた大量のユダヤ人を満州に受け入れるため、満鉄総裁・松岡洋介と関東軍参謀長・東条英機は専用の列車を仕立てユダヤ人を受け入れ、さらに希望者3~4万人には日本経由で米国へ亡命させます。

 

また、昭和12年12月、第1回極東ユダヤ人大会で、陸軍は当時ハルピン陸軍特務機関長を務めていた樋口季一郎・陸軍少将を派遣。この席で樋口はナチスドイツの反ユダヤ政策を、「ユダヤ人追放の前に彼らに土地を与えよ」と激しく批判する祝辞を行いユダヤ人らの喝采を浴びます。

 

更に、昭和13年3月、ユダヤ人が迫害から逃れるため、ソ満国境沿いにある、シベリア鉄道オトポール駅まで避難していました。が、満州国外交部が入国の許可を渋り足止めしていたため、見かねた樋口はユダヤ人に対し、直属の部下であった河村愛三少佐らとともに給食と衣類・燃料の配給、要救護者への加療を実施した上、膠着状態にあった出国斡旋、満州国内への入植斡旋、上海租界への移動の斡旋等を行います。ユダヤ避難民はその後も増え続け、満州に入国した数は急増します。

 

当時、案内所主任だった松井重松は、「週一回の列車が着くたび、20人、30人のユダヤ人が押し掛け、4人の所員では手が回わらず、発券手配に忙殺された」と述べています。

 

 

ちなみに、樋口は昭和17年8月、札幌の第5方面軍司令官として北東太平洋作戦を担当、キスカ島撤退を指揮。終戦後の占守島、樺太における対ソ戦を指揮、占守島の戦いではソ連軍千島侵攻部隊を降伏させ、北海道への侵攻を阻止。そのためスターリンは札幌に在住していた樋口を戦犯に指名します。

 

これに対して世界ユダヤ協会は、世界中のユダヤ人コミュニティーを動かし、ユダヤ人金融家によるロビー活動を行い、樋口救出運動を展開します。この結果、マッカーサーはソ連からの引き渡し要求を拒否、樋口の身柄を保護します。

 

以上の経緯から、大東亜戦争の目的の一つに「満州でのユダヤ人居留地の確保」があったという説があります。日本人とユダヤ人の共通遺伝子YAP(-)ハプロ因子を考えると、「五族協和」にいう「五族」の真の意味など、日本人のルーツに関わる「満鮮経略」の背景をなす奥深いテーマですが、この点ついてはすでに古代史の章で述べました。

 

実際、満州で活躍した日産コンツェルンの創始者で、岸信介、松岡洋右と並び"長州のサンスケ"といわれた鮎川義介は、1934年に「ドイツ系ユダヤ人5万人の満州移住計画について…河豚(フグ)計画」という論文を発表、1938年の五相会議で日本政府の方針として決定されています。

 

 

実務面でも、大連特務機関の安江仙弘陸軍大佐、犬塚惟重海軍大佐が計画実現に向けて活躍します。犬塚は、この計画を「上手に料理すれば"美味"な高級料理になるが、一歩間違えると猛毒にあたる河豚を料理するようなもの」と評しましたが、美味とは"ユダヤ資本の獲得"でした。

 

 

ただ、この河豚計画の背景は単なるユダヤ資本の取り込みだけではなく、朝鮮半島の緩衝地帯化も含めた奥深い地政学的見地に基づいた意味があり、古代からの日本の国是だったのです(満鮮経略)。

 

どういうことかというと、日本の歴史上の三大重大事件としては、❶大化の改新(白村江から壬申の乱まで)、❷建武の中興(元寇から南北朝動乱)、❸明治維新があげられますが、それぞれの事件(変革)の背景には、それを起こす力学としての外圧がありました。

 

その外圧は北方からの脅威、すなわち、❶隋、唐、❷蒙古、❸ロシアなどが朝鮮半島を通じて、いわば“日本列島の背中に突き付けられた匕首”として迫ってきて、これに対応するために、基本的に「分権分業社会(天皇制大家族社会主義)」の日本の國體を中央集権化して強力にする必要があった、あるのです。

 

ただ、終戦に伴う日本の大陸撤収と共に満州国の理想は一時頓挫し、行き場を失ったユダヤ人はパレスチナの地に建国することとなります。が、中国共産党による支配が崩壊が近づいたことにより、“世界の火種”のパレスチナ問題に楔を打ち込むべく再び満州国再建の話(第二次河豚計画)が出ており、目下の北朝鮮の問題もこの計画の流れの中にありますが、詳細は別項で後述します。

 

実際、尖閣問題で日中の対立が先鋭化し始めていた2012年8月21日から24日の間、中国東北部を基盤とする旧軍閥・瀋陽軍の大佐が極秘裏に来日、京都皇統の関係者と会って軍資金の無心をしたようです。

 

河豚計画に関しては、中共政府の「ウラジオストックは中国のものだ!」発言に激怒したロシアも、ソ満国境にユダヤ人自治区を抱える関係もあって興味を持っているといわれています。

 

ロシアが南下政策をとるのは歴史的なもので、寒冷地故に慢性的な食糧不足の懸念が拭えず、とくにこれからは地球温暖化にともなって世界的な食糧不足が懸念されており、穀倉地帯のウクライナを失ったロシアとしては、新たな食糧生産地の確保は喫緊の最重要課題です。

 

さらに、南満州には昔、朝鮮民族主体の”渤海国”というのがあって、実際この地域には朝鮮族も多いことから、この話には北朝鮮も乗り気です。当然こんなことになれば、チベット、ウイグル、内蒙古なども独立の動きを見せ始め、中華人民共和国の崩壊が始まります。

 

が、これを阻止したい習近平は、計画の中心人物で瀋陽軍に近い「薄熙来」を逮捕、拘束したことはすでに報道されている通りです。

 

参考;ユダヤ人を救った日本人…オポトール事件http://www.youtube.com/watch?v=xOLtUtHePAg 東条英機元首相に感謝するユダヤ人社会:http://www.youtube.com/watch?v=GWP4eoseFMU 

 

 

 

3、満鮮経略(2)金策と横田めぐみさん

 

なお、1993年3月16日、ロシアの「ノーバヤ・ブレーミヤ」誌と、1998年6月26日の「トルネード7」紙が、金正日の父は金日成ではなく、朝鮮名・金策(キムチャク)と名乗る日本人・畑中理(はたなかおさむ)である」と暴露しました。

 

 

「金策」は、國體京都皇統が朝鮮統治下の反体制運動の中に送り込んだ、陸軍中野学校出身の上級政治工作員であり、1901年設立の「大亜細亜主義」を目指した民族派団体「黒龍会」のメンバーであるが、日露戦争の勝利を諜報活動で促進した明石元二郎陸軍大佐系列の人物で、先祖の畑中氏は真田幸村の側近でした。

 

 

金策には、「金正日」と「金国泰」、「金巳男」という三人の息子がいました。このうち金正日は、「お抱え料理人」だった藤本健二氏によれば大の親日家で、日本の「ラ王」や「力うどん」などのカップ麺を食べ、カラオケでは日本の軍歌を歌い、車はセンチュリーに乗り、パソコンはNECを使用し、

 

日本のテレビ番組を好んだといいます。金正日は日本のカップ麺を食べながら「日本の料理というのはインスタントも含めて、すべてカツオブシが基本になっているのだな」と、いつも感心していたそうです。

 

また、1982年当時、金正日は万景峰号で極秘来日し、赤坂高級クラブ「コンドルブルー」のショーを見てすっかり気に入り、北朝鮮にコンドルブルーの舞台を再現し、「喜び組」にそっくり同じショーをやらせていました。プリンセス天功のイリュージョンを見たのもコンドルブルーで、その後たびたびプリンセス天功を北朝鮮に招くようになったと言います。

 

一方、当時9歳だった金正恩も、1992年頃、別人に成りすまして日本に入国。藤本健二氏によれば、正哲、正恩、ヨジョンの高英姫の子供たち3人も両親同様に日本好きで、日本のお菓子はもとより、日本食も抵抗なく食べていたし、日本語を勉強し、日本についての知識もある親日家であるということです。

 

そして、この「金正恩」は金正日と「横田めぐみ」さんの息子で、実際、めぐみさん似の顔立ちであり、金正恩には旧朝鮮王室と日本皇室の血が流れており、横田めぐみさんは現在、北朝鮮で最高権力者の地位にある"国母"となっているそうです。

 

 

実際、横田めぐみさんは、2012年5月、7月、9月の3回、密かに日本に帰国して警察当局と交渉したが失敗、「今後は皇室関係者(京都皇統?)と相談する」と言い残して北朝鮮に戻っていったとされます。

 

また、横田めぐみの母「横田早紀江」さんは、李氏朝鮮皇太子「李垠」と「梨本宮方子(まさこ)」の間に生まれた子で、「王朝」としての正当性を確保したい北朝鮮の金体制は、旧朝鮮王室と日本皇族の血を引くめぐみさんを、金正日の「嫁」として欲しがり、これが拉致事件が起こされた理由のようです

 

一方、金策を送り込み、金王朝による「擬似天皇制」を推進した國體・京都皇統の目的は「満鮮経略」、すなわち、満州から朝鮮半島を"国防の砦"としての緩衝地帯にするとともに、東アジアの古代史を背景とする「大亜細亜主義」を推進して、「五族協和」「王道楽土」の実現を図ることにあります。

 

その具体的な動きの一つは「朝鮮戦争」です。敗戦で日本が武装解除されていた隙間を狙って、韓国の李承晩政権は一方的に「李承晩ライン」を宣言、竹島を占領します。更に対馬と九州全体までも狙って半島南部に軍を集結させたので、これを阻止するため金策は金日成を動かし、「朝鮮戦争」が起きました。

 

一方、これに対し米国も朝鮮戦争に参戦、共産主義の進行を阻止する動きに出ます。が、これにより南主導で半島が統一され、「統一韓国」ができてもそれは米国の傀儡政権になり、アジア諸国の欧米支配からの解放を謳った「大東亜戦争」の理念に背理する。

 

が、日本の支国(傀儡国)である北朝鮮による統一であれば、日本にとっての"防共の砦"を築けるとともに、大亜細亜主義」の理念に叶うと金策は考えたのでし

 

また、2010年10月20日に韓国が対馬侵攻を念頭に大部隊を集結した時も、これを知った北朝鮮軍が集結。同じく習近平政権に批判的で、日本の「満鮮経略」による満州独立を理解し、賛同する中国人民解放軍の「瀋陽軍」も中朝国境地帯に約30万人の兵力を集結。そして11月23日、北朝鮮は延坪島」を砲撃しました。

 

ちなみに、「瀋陽軍」と言えば、尖閣問題で日中が対立し始めていた2012年8月21日から24日の間、瀋陽軍の大佐が極秘裏に来日、日本の京都皇統関係者と会談し資金援助を求めたという情報があります。そして京都皇統は援助の見返りに「満州国再建」を認めさせ、

 

この件に関しては、南下政策によって食糧供給地を確保したいロシアのプーチンも興味を持っており、近い将来、日露の息のかかった国家(新満州国)ができる可能性が指摘されています。が、これを阻止したい習近平は、中心人物で瀋陽軍に近い「薄熙来」を逮捕、拘束したことはすでに報道されている通りです。

 

以上の観点からいって、朝鮮戦争から現在の北朝鮮の核カードを使った"外交ゲリラ戦"は、「大東亜戦争の延長戦」と言うことができるのです。また、2016年12月15日に行われる「日ロ首脳会談」も、「満鮮経略」にとって障害となっている日ロ間に突き刺さった「領土問題の解決」という"トゲ抜き"の意味があります。

 

したがって、北朝鮮が日本の「満鮮経略」が具体化された「第二次河豚(フグ)計画」に沿って半島統一に向け動き出せば、日本は「支国」である北朝鮮を軍事的にも支援することになります。が、それにはいまの憲法では、日本を攻撃してくる韓国軍に対し、単独では即応できないため憲法改正が急がれているのです。

 

なお、先日、京都皇統の上級舎人(とねり)が、裏天皇の代理人として北朝鮮を訪問、金正恩と会談し、「命を懸けて半島を統一する意思はあるのか?」と厳しくその意思を確認したところ、数分間睨みつけたあと、首を縦に振ったと仄聞しています。

 

これによって、國體京都皇統が、國體資金「黄金ファンド」を使って北朝鮮を軍事的にも財政的にも支援することとなります。

 

 

 

4、黄金の百合計画

 

 

ところで、大戦中、日本軍が(正確には特務機関だった笹川良一らが)亜細亜各国の王族から"預かった"金塊を「黄金の百合」といいます。"百合"は皇室の金庫番であった秩父宮のニックネームに由来したもので、フィリピン177カ所等に埋められているといわれています。

 

日本に"預けられた"理由は、戦前、清朝末期に亡命してきた孫文を民族主義者・頭山満らが匿い、また大本教・出口王仁三郎が満州で匪賊の退治を行い、さらに裏天皇・堀川辰吉郎が10年以上にわたり孫文の革命運動を支援したことなどから信頼を得ていたことによるものです。

 

この「黄金の百合」に関しては、「日本がアジア諸国から略奪した」とか、「昭和天皇がこれを獲得、蓄財目的で戦争を起こした」とか、「ロスチャイルドに借金返済を迫られ、やむをえず戦争を起こし略奪をした」などというデマがありますが、

 

 

そういう邪まな意図があったなら、戦局が有利のうちに大半を日本本国に持ち帰っていたはずです。が、敢てフィリピンという東南亜細亜と日本の中間地点に隠したことを考えると、日本は本気で、これを資金として亜細亜を独立、発展させようと考えていたことが伺われます。

 

注目点はその埋蔵量ですが、GPSなどを使って上空から探査したCIAとMI6の情報によると、当時世界一だった米国の金塊保有量の10倍を上回る14万1千トンを超えるということです。が、敗戦とともにIMFに"管理権"が委ねられたと言われていました。

 

ところが、戦後、フィリピン人のロゲリオ・ロハスという錠前師が、日本軍司令部のあったバギオのトンネルの中に隠されていた、重さ1トンの黄金の仏像と数千の金塊を見つけます。

 

話を聞いたマルコス大統領は日本とで発掘作業をするため、1968年に軍のチームを日本に派遣、昭和天皇の従兄弟に会って「日本はフィリピンに少なくとも1000億ドル以上はある財宝を隠した。それを全部掘り出すためには1世紀以上かかるだろう」という話を聞きます。

 

 

焦った国際金融筋は「マルコス革命」を画策して彼を追い出し、死後、裁判でイメルダ夫人から保有分を回収します。また、戦後ルバング島で発見された中野学校出身の特務少尉だった小野田寛郎氏も「隠し場所を厳守せよ」との命で島に残り、監視していました。

 

 

一方、すべての隠し場所の地図を持った皇族・竹田宮中将は、終戦直前に帰国。最高司令官だった山下大将は戦犯で死刑になったことになっていますが、「余計なこと喋られたら困る」ということで、フィリピンで70歳過ぎまで生きていたという現地人の証言もあります。

 

 

ちなみに、元特務機関の笹川良一は、小野田氏が発見された後のルバング島で、日本人向けのリゾート開発の名目で大規模な土木作業を実施しましたが、結果は非公開となっています。

 

私の下関在住の友人に、日本船舶協会(会長・笹川良一)の下で、日本海海戦の時、対馬沖で沈んだナヒモフ号の引き上げに従事した人物がいて、笹川は「金属のインゴッドを1本見つけただけ」と公式発表していましたが、その友人によると「実際は大量の金のインゴッドや宝石箱を引き上げた」と証言しています。

 

 

笹川良一の出自が日本皇室(有栖川家?)と関りがあることからすると、日露戦争終戦後行われたシベリア出兵と同じく日本海海戦も、黄金の百合の移動を隠すための“カモフラージュ”だったのかもしれません。

 

この他、昭和21年4月6日に、GHQのE・ニールセン中尉らが、東京湾月島付近の海底から金塊1000本と、プラチナ200本を発見、回収した事件(東京湾金塊事件)がありました。これはベトナムの王族から信託されたものですが、堀川辰吉郎の尽力で奪還したことは既に述べました。

 

実際、私の友人もGPSで隠し場所の一つを探し当てましたが、14メートル掘ったところで日本軍が仕掛けた厚さ1メートルの地雷が敷設された人口岩盤に阻まれ、掘削を断念したと証言しています。

 

さらに、北海道美幌の自衛隊基地(旧海軍航空隊基地)の地下壕には、シベリア出兵時にロマノフ王朝から預かったダイヤモンドで飾られた王冠やルビー、サファイア、金塊等約400兆円が保管されていたそうで、目下進展中の北方領土交渉でも交換条件の一つとなっていると聞いています。

 

ただ、これらは一部に過ぎず、古来より日本には秦氏らが持ち込んだ砂金や、護良親王が「散所経済」という経済システムや海外との交易で稼いだ資産、徳川幕府滅亡後、勘定奉行・小栗上野介から返還された埋蔵金等があり、日銀の地下三階金庫に保管されているそうです("黄金の壷")。

 

大坂の陣で大坂城の天守閣が燃やされ、新しい天守閣が別の位置に移築されたのも、埋められていた黄金の百合を掘り返し、役割を終えた豊臣家から徳川家に移すための演出だったそうです。

 

加えて、火山列島である日本には自然核融合によってできた金鉱脈が多数あり、そのため日本の国立公園の多くは金山と言われおり、その総額は約3垓5千京円に達するという説もあります。

 

しかし、金塊など、ユダヤ三種の神器が入っていた「契約の箱アーク」で、いくらでも作れるそうで、その証拠に終戦直後、マッカーサーが一番先に調べたのは、「アーク」の隠し場所ではないかとされた「仁徳天皇陵」でした。(仁徳天皇陵の秘密)https://www.youtube.com/watch?v=MblkbRVmSNY 

 

ところで、金(鉱脈)というものは単に財産的価値があるというだけではなく、強力なエネルギーを発しています。そして、日本最大、否、世界最大の金鉱脈は硫黄島近辺の海底から富士山に連なって存在しており、これが日本國體(国魂)の"霊ライン"となっているため、

 

近年、中共が"珊瑚漁"と称して3〜4百隻の民間漁船を使って海底砂金の探索を始めたことは周知の事実です。が、いわゆる"グーレーゾーン事態"のため現行法では対応できず、また物理的にも海上保安庁や自衛隊だけでは対処できないため「安保法」の成立が急がれたのが真相です。

 

 

このような「黄金の百合」の一部は、堀川辰吉郎によって米国から奪還され、実際に戦後の高度経済成長や日本列島改造に使われました。が、それだけにとどまらず、辰吉郎の意を受けて出口王仁三郎らが設立した「亜細亜紅卍会」や「白龍会(ホワイトドラゴン財団)」を通じて、ODA(政府開発援助)やアジア開発銀行の資金となり、アジア諸国の経済発展に活用されています。

 

 

また、国内においても、現在京都皇統(國體政府=真の日本政府)は、「黄金の百合」を使って以下のような原発対策と放射能処理計画を進めていると聞いています。

 

❶既存の原発に関しては、老朽化が進んだものは稼働再開させず、稼働再開するものに関しては「トリウム」を混入させ放射能の発生をなくす。その後、順次、世界最高性能を誇る放射能がでない「核融合炉」に転換していく。

 

❷放射能による土壌汚染については、世界には見られない日本の中世からの伝統農業技術である「糞尿発酵技術」を使う。現在、東京夢の島に糞尿を発酵させ、安価で大量の除染堆肥を生産する施設の建設が検討されており、これを土壌に散布する。

 

❸放射能による海洋汚染については、「EMASA・GAS」という特殊な水を使った、セシウムを高価なプラチナに転換させる技術で処理する。

 

❹放射性廃棄物については、核融合による絶対零度でのプラズマ処理で時空間を歪め、一気に放射性物質半減期にまで時間を進め、鉛などに原子転換させる技術で処理する。目下、老朽化した核兵器処理に困ったロシアと北方四島での共同施設建設の話が進行中。なお、この処理過程では黄金が産出されることも確認されている。

 

❺もう一つの放射性廃棄物処理技術として、どんなに離れていても一カ所で起こった現象と同じ現象が別の場所で起こるという、量子物理学で解明された「量子もつれ効果(エンタングルメント現象)」を用いた「半素粒子・核変換」という技術を使う、などです。

 

ちなみに、「黄金の百合」と言えば、これにかこつけて、一時、いわゆる"M資金詐欺"が横行しました。"M資金"の"M"は、GHQ経済科学局のウィリアム・F・マーカットやマッカーサーの"M"だという説もあります。が、真相は、堀川辰吉郎が米国滞在中に、たまたま乱暴されていたロスチャイルド本家の娘に出くわし、これを助けた縁で親密になってできた子供で(雑誌「玉響」2009年6月号)、辰吉郎の後の裏天皇となった「前田御楼(オグラディッシュ・ハーマン)」の"M"だという説もあります。堀川辰吉郎の素性を考えると、"たまたま"などあり得ず、「前田御楼」の誕生こそ、まさに「王室間通婚」の魁となったものと推測されます。

 

なお、堀川辰吉郎亡き後、資産管理人になったと”勘違い”した大徳寺住職・立花大亀は、ロックフェラーなどの国際金融資本からの援助要請にこたえようとしました。が、これを聞きつけた高松宮が阻止、国際金融側は三笠宮を立て皇室内で深刻な抗争が続いた時期がありました。しかし、両親王の薨去とともに収束、安心された今上天皇は譲位を決断されたそうです。

 

なお、ここで、「ロスチャイルドが…」「ロックフェラーが…」などのいわゆる「ユダヤ陰謀論」について一言述べておきますと、そもそもキリスト教では、「金融」、つまり、貸金に対して利子を取る行為は汚れた行為として禁止されてきました。が、ユダヤ教では禁止されなかったため、国家を持たないユダヤ人たちは、各国王族の資産管理や徴税に当るなどしながら金融業を生業としてきて、今日でも国境を越えて一定の影響力を持っていることは周知の事実です。

 

が、これらのユダヤ人はあくまで各国王族などの保有する資産を管理、運用してきただけで、莫大な資産は彼らユダヤ人自身のものではありません。

 

また、これら莫大な資産は、元々は世界各国のために使うことが予定され、また、実際、大戦後のインフラ整備などに利用されてきました。しかし、歴史の流れの中で、革命などで各国王室は断絶し、日本皇室だけが"万世一系"として続いていることから、結果的に日本皇室が資産の保有者になっているのが真相です。

 

ただ、国家を持たないユダヤ人たち特有の「グローバリズム」という"普遍主義(ときに資本主義であり、ときに共産主義である)"を推進する過程で、戦争などの"ダークな出来事"に関わってきたのも事実ですが、「世界の全てを支配している」とか、ましてや「日本の天皇家が世界を支配している」などの指摘は、"妄想"以外の何物でもないと言わざるを得ません。