作新学院では、論理的で多角的な思考力、社会的でグローバルな視点や知識、プレゼンテーション力やコミュニケーション能力などを養うため、日英両言語でのディベート教育に小学部から高校まで力を入れています。

一昨年には「PDA全国高校即興型英語ディベート大会」で、世界大会優勝経験のある渋谷教育学園渋谷高校を破り、決勝では筑波大学附属駒場高校と対戦、準優勝し世界大会に出場しました。

今夏の大会でも団体「授業の部」で優勝し、部門別では4年連続全国優勝を果たすことができました。

「即興型ディベート(パーラメンタリーディベート)」とは、一つの論題に対し肯定と否定のチームに分かれ、第三者を説得するディベートです。


論題は、社会、政治、倫理、環境、国際問題など多岐にわたり、論題が出されてから15分程度の短い準備時間の後、ディベートを開始します。


参加生徒は、肯定か否定いずれのチームに属するかを自分で選ぶことはできず、自身の意見とは異なる観点からの主張も考えなければなりません。


様々な地域や分野で分断が深刻化する今、世界の教育現場でこのパーラメンタリーディベートが広く導入されています。

先日、学院広報誌「作新の風」の特集記事で、今大会に出場した生徒たちと英語ディベートが拓く未来について座談会を行いました。


瞬時に的確かつ簡潔な言葉で自身の考えを述べられる、論理性やプレゼン力の高さにも舌を巻きましたがそれ以上に、他者の価値観を尊重しデジタル技術によって変革する社会を見据えた、彼らの考察力や思考力の鋭さや豊かさに感銘を受け、日本の未来に大きな希望を抱くことができました。


長文になりますが、ご一読いただければ幸いです。 

 

 



 

《英語ディベートで世界に平和を

   〜多様性の尊重と他者へのリスペクト》
 

 


             

【グローバルな課題に切り込む、真の知性と語学力】

理事長 「全国高校即興型英語ディベート大会」で4年連続での優勝と3位入賞おめでとうございます。野田君と高橋君はベストディベータ―賞など個人賞も受賞され素晴らしいですね。

生徒全員 ありがとうございます。

理事長 準決勝で作新チーム同士が当たってしまったんですよね? 

高橋 そうなんです。できれば決勝で当たりたかったんですが・・・

理事長 準決勝でのテーマはどういうものだったんですか?

野田 「選挙では適正テストに合格した人のみ選挙権を持つべきか」というテーマでした。

理事長 どういう論旨で討議を展開したんでしょう?ディベートは、自分の考えにかかかわらず賛成・反対は割り振られるんですよね。

野田 そうです。僕たちは賛成の立場で主張しなくてはならなかったので、柱となる土台にポピュリズムの危険性を挙げ、過激な思想を持つ政治家が一般大衆を扇動するようなことを防ぐために適正テストを導入すべきという考えに絞りました。
2つ目の柱として旧統一教会などの問題から、政治と宗教のつながりが政教分離に反するという考えを挙げ、政治に宗教が介入するのを防ぐという目的で導入すべきと論じました。

理事長 それをテーマが提示されて 何分くらいで組み立てるの?

田野辺 15分です。

理事長 日本語でプレゼンするのも難しいテーマなのに英語でですものね。対戦した高橋君のチームはどういう論旨を展開させたんですか?

高橋 僕たちは反対の立場なので、まず低賃金労働者など中には忙しさや貧しさから勉強する時間が取れない人もいる。そうなると、時間的金銭的に余裕のある人だけの意見しか反映されない社会になってしまい、貧しい人々はより貧しくなり、これは悪循環でしかない。
他にも障害のある方や闘病中の方にとってはこのテストを受けること自体負担が大きいのではないかという考えで立論しました。

理事長 立派な社会論や政治論ですよね。
実はこのアカデミア・ラボを設立した年に、半年間だけ私がゼミを開いたんです。トランプ大統領の誕生などポピュリズムの席巻が問題視されていた頃で「民主主義」について深掘りし、選挙権の制限も議論しました。

栗田 どんな議論だったんですか?

理事長 結果的に、男子は投票率が上がるので制限する派、女子は選挙に関する知識の周知や教育が先決だから制限しない派になぜかきっぱりと分かれました。

髙橋 その当時の先輩たちと相通ずる考えがあったと思うと感慨深いですね。

理事長 同じアカデミア・ラボでこういう議論ができて私も感動です。
ここでディベート大会の流れをかいつまんで教えてもらえますか。

高橋 1グループが3人から4人で、帰国子女は1人までと制限があります。

田野辺 トピック(テーマ)が提示されたら15分間の話し合いで論旨をまとめます。主張は肯定側から行いますが、スピーカーひとりにつき1つポイントを決め、なぜ肯定なのか説明をします。

高橋 肯定側のファーストの次は否定側のファースト。セカンド、サードと交互に続いていきます。

栗田 自分の前に話していた人に反論する形で展開するのですが、サードスピーカーだけはまとめるサマリーの役割を担っています。

理事長 野球の投手に例えたら先発、中継ぎ、クローザーといったように、それぞれ役割が違うということですね。

田野辺 持ち時間も違います。ファーストとセカンドがそれぞれ3分で、サマリーが2分です。

理事長 それを英語で組み立てるのは難しいでしょうね。

生徒 はい。

理事長 トピックについて即座にかつ深く考察を巡らし、与えられた立場に立ってチームで議論し短時間に論点をまとめ、的確な主張を相手の話に耳を傾けながら行う。それも英語で行うわけですから、ディベートは本当に多くのスキルを必要とするんですね。
  

 

 


 

【日常で培われる高度な英語力〜言語の垣根が低いネット世代】

理事長 みなさんはそれぞれどんなトレーニングをして、英語での理解力や表現力をアップさせているんでしょう?野田君は米国からの帰国子女で英検1級でしたよね。

野田 はい。僕は毎週末、アメリカの友人とネットで会話しているので、話すことに抵抗はないです。

栗田 BBCでニュースをチェックしたり、スピーキングも普段から練習しています。

田野辺 僕もBBCのニュースなどを聞いています。

野田 僕はアメリカのABC派です。母と夕飯を取るときはポッドキャストで放送を聞いているのですが、母もいつの間にかリスニング力が上がって、今こんなことが起きてるんだってふたりで話しています。

理事長 普通の家ですと、夕ごはん時にはテレビがついてると思いますが、それがABCニュースというわけですね。

野田 実は、僕の家にはテレビも車もないんです。

理事長 ご自分の価値観をしっかり持ってらっしゃるご家庭なんですね。

高橋 僕はJapan todayで日本のニュースを英語で読んだり、ピアノが趣味なんですが、この曲は海外の人はどう弾くんだろうと思った時に海外のユーチューブを見て学んだりしています。

理事長 なるほど。特に英語の勉強をしようと思って英語に触れるのではなくて、自分が知りたい情報を得るための言語が英語だっていうことなんですね。
ネットの世界では、国とか言語による垣根が本当に無いんですね。
栗田君も英検準1級だそうですが、読む物ももう紙媒体じゃなくてネットなの?

栗田 僕はニルヴァーナというバンドが特に好きで、ボーカルの方が生前遺した日記を読んだり、ビートルズの曲の背景などが書かれた本を読んだりしています。
最近はネットで情報が得られるので、そちらが主体になりつつあるかもしれません。

理事長 本当にネットは時空を超えるんですね。
ネット空間ではすべてのものが並列に存在しているので、国や時代の違いなど関係なく自分の興味や好みに合ったものにダイレクトにアクセスできるわけですね。

髙橋 そうですね。身近にあるから本当に便利です。

理事長 学校教育もネットによる変革スピードについて行く努力を怠ると、あっという間にout of date になってしまいますね。

 


 


 

【変革が急務の英語教育〜問われる学校教育の意義】

理事長    今、学校ではどのような英語の授業を受けてるんですか?

田野辺 「論理表現」で表現力をつけるための文法を、「コミュニケーション英語」でスピーキングを学んでいます。

理事長 英語圏で育った野田君は、授業で文法などを学ぶことをどう感じます?

野田 適切な文法は身につけるべきだと思いますが、こういう表現って使ったことないなって思ったこともあります。

髙橋 文語で使うような堅い表現とか・・・

理事長   デジタルネイティブで英語が特別な存在ではないみなさんにとって、学校教育の英語とはどうあるべきか、意見をいただけますか。

野田 スピーキングの機会がもっと多くあればコミュニケーション能力も上がるので、僕はネイティブの先生が増えて欲しいなと思っています。
(全員大きくうなづく)

田野辺 英語との距離が近づけば楽しくなりますよね。僕はテニスをやっているんですが、ウィンブルドンのジョコビッチ選手のスピーチを聞いた時、ぐっと世界との距離が近く感じられて、感慨深かったです。

理事長 そうね、やっぱりリアルに声を聴いて表情を見ながらコミュニケートすることが大切で、そのためにはネイティブの人が授業にいることが必要ということかしら。
今はスマホに話しかけたらAIが英語で応えてくれる時代になりつつありますけど。

田野辺 スピーキングが大切かなと。

栗田 生徒の中には、大きく分けて2種類の人がいると思います。大学受験のために学んでいる人と、大学受験は通過点で、その後の人生に活かしていくために学んでいる人と。
前者にとっては3技能(リーディング・リスニング・ライティング)が優先されますが、後者はもっとスピーキングの時間が欲しいと考えていると思うので、後者向けに特設のセミナーを設けていただけたりすると、両者の要望が成立するのではないかと思います。

理事長   実はアカデミア・ラボのダイニングで「英会話カフェ」を開きたいと5年前から試行錯誤しているのですが、コロナ禍などでストップし難航しています。中高生に課外時間、気軽に英語で話してもらえる場を作るようずっと働きかけているのですが。

高橋 僕の好きな小説に、学校で決まった時間に昼食を摂らなくてはならないのは非合理的だ、人によってお腹がすくタイミングは違うのだから、もっと柔軟に対応されるべきだという内容があって。
この話を英語教育に置き換えるなら、AIによって希望に応じた教育コンテンツを提供してもらい、パーソナライズされた英語教育を選択することができると、英語力の向上が加速していくと思ってます。

理事長 作新でもICTやAIの活用によって、いつでもどこでも一人ひとりのニーズに合った質の高い学びが実現できると考え、「ハイブリッド教育(対面式+オンライン教育)」を推進して来ました。
特に語学教育は、AI活用によって飛躍的にパフォーマンスが向上すると思うので改革は急務だと考えています。

田野辺 コロナ禍で一斉休校になった時、作新がどこよりも早くオンライン授業を始めたんですよね。

髙橋 先輩たちがオンラインで学べることを喜んでいたのを覚えています。

理事長 実はオンライン教育を始めて、学校教育の存在意義ってそもそも何なのだろうって、自問することが増えました。
オンラインなら通学しなくても学べるし、自分の好きな時に好きなことを繰り返し学べるので、無駄がなくて効率的に思える。
でも教育や学びってそれだけじゃ成立しないんですよね。
一見、非効率で回り道に見えるところに、人として社会人として大切なことをバランス良く学ぶための機会や出会いがある。だから学校って絶対に必要なんじゃないかと。

田野辺 共生や共働がやっぱり大切ですよね。作新でこのメンバーに出会えてディベートに取り組めていることをうれしく思っています。

理事長 そうね。今日こうして年齢や立場の違いを越えてみなさんと話す機会に恵まれたのも「学校」という場があったからですものね。すごく感謝しています!
 

 

 


 

【ディベートが育む豊かな人間力〜多様性の尊重と他者へのリスペクト】

理事長 ディベートって、自分の意思や意見を明確に持っていなくてはいけない一方で、本来の自分の考えとは違う立場に立って相手を論破しなければならない。
今、世界の分断や対立が深まる中で、みなさんはディベートの意義をどう考えていますか?

野田 ディベートってある議題に対して、自分の意志に関係なく振り分けられるので、物事を新しい視点から捉えることができるんですよね。
また相手の立場に立って考えられるようになるので、ディベートを通して多面的な思考力を身に付けることができる。
いま世界では紛争などが起きてますが、相手にとって何が問題なのか、常に相手の立場に立って考えることができるようになりました。
人って自分の立場からしか物事を見ないじゃないですか。
相互の立場で考えることによって争いを遠ざけ平和な社会を実現できるかもしれないので、ディベートには大きな力があると思っています。

理事長 完璧な回答ですね、素晴らしい!

田野辺 与えられたトピックに対して、何が求められているかを模索するので、いろんな考え方を発見できます。
批判的な目を持ちつつ自分とは異なる意見も吸収できるのが、ディベートのいいところだと思っています。

高橋 ディベートの練習中、“ベーシックインカム”を導入すべきかというトピックが出たんですが、いくら考えても貧しい人の立場に立った恩恵の側面しか浮かんで来なくて理論の発展性がなく、出口がみつからなかったんです。
その時、先生が「では、所得の多い人にとって(ベーシックインカムという制度)はどうなのか」という視点に立ったらとアドバイスをくださいました。
自分が頑張った対価として収入を得たのに、努力をしなくてもみんな一律にお金をもらえるというのは、努力した側から見たらどうなのかと。
頭の上をふさいでいた天井がパッと取り払われたようで、自分の発想の限界を超えたと認識できて、とっても感動しました。これがディベートなのかと。

理事長 たしかに、世の中の様々な制度や社会情勢、歴史などを学ぶことによって想像できる世界が広がることで、自分の発想の限界を超えられるんですね。
だからこそ人は学ぶんだと教えられる話です。

栗田 これまでは生徒と教師の間に情報の格差があって、生徒が学ぶためには教師に教えてもらうという形でしたが、これからは両者の情報格差は狭まっていく時代になると思います。
そうすると生徒は必ずしも先生に教えてもらうという必要がなくなり、これまで重要視されてきた“知識を教える場”としての学校という考え方は見直さなければいけないと思うんです。
この形を続けていたのでは、AIなどの技術に付いていけなくなってしまうと思うし、学校の価値を捉え直してみると、友達とか経験豊富な先生方との関わりの中で考えを共有したり交換することで自分の視野を広げることができ、成長することができると思うんです。
そういった点で考えると、ディベートっていうのは、他の人の視点を学びながら自分の考えを述べることができるので、学校の在り方としても重要な役割を果たしていると思います。

理事長 俯瞰的でかつ実に本質的な視点ですね!
日本の学校教育も、大人が一方的に生徒に教えるteaching型 から生徒自身の主体的な学びを促進したりサポートするleaning型へともっと軸足を移すべきだと思っています。
色々な課題についてもっと自由に伸びやかにディベートできる、そんな学校や世の中に日本も変わって行かなければなりませんね。

生徒 はい。

理事長 栗田君の言った通り、ネット時代は教師と生徒の情報格差は狭まり、むしろAIやICTに関する情報や技術では、大人より若い世代の方が長けているという逆転現象が起きています。
そうした中、学校側も謙虚に子どもたちの声に耳を傾け、ともに新しいテクノロジーを駆使して社会的課題を解決できる努力をして行くことがとても重要だと思います。

野田 多様性や相手の意見を尊重するというディベートの力が、学校生活にも活かされていくと思っています。

髙橋 自分とは異なる新たな視点を獲得できると、学校という場の可能性がまた広がるような気がします。

理事長 今日はみなさんから、ディベートとは他者への尊重、つまり“愛”ということを教わりました。
ガザやウクライナなど痛ましいことが続く昨今ですが、みなさんがディベートを通して学んだ人間力が、世界の未来を光となって照らしてくれることを心から期待しています。