初夏の日差しが降り注ぎ、鮮烈な青翠に彩られた宇治とは打って変わり、そぼふる雨にけぶる貴船の森は緑滴る水の世界。
それもそのはず、京都御所から遥か北、天狗が住むといわれる鞍馬山と並ぶ貴船山中に鎮座する貴船神社は、古より京の都の水源を守る神として崇められて来た水神様です。
社伝によれば、初代・神武天皇の皇母、玉依姫命が大阪湾から淀川を遡り、黄船でこの地へたどり着いて、水を司る神・高龗神を祀ったことに始まるとのこと。
高龗神とは降雨・止雨を司る龍神で、雲を呼び、雨を降らせ、陽を招き、降った雨を地中に蓄えさせて、それを少しずつ適量に湧き出させる働きを司る神だそうです。
浄めの雨を受けながら、こんなにも翠輝く澄みきった大気の中を参拝したら、ひょっとしたら龍神様にも出会えたりして・・・
そんな淡い予感を抱きながら「本宮」の石段を上っていくと、なんとその先には婚礼を控えた花嫁さんの姿が・・・
日本人形のように愛らしくも凛としたその姿は、京都ならではのゆかしさに富み、たっぷりの水を含んで眩いほど輝く青もみじと朱塗りの灯籠に映えて、一幅の絵の如き美しさでした。
これまで何度も貴船神社には参拝させていただきましたが、花嫁さんと遭遇したのは初めてだったので、これを吉兆と感じ、拝殿にて御祈祷を受けることにしました。
ちなみに貴船さんの御祈祷は、祝詞の後半から雷鳴轟くかとばかり勇壮な太鼓が、ドンドコドン、ドンドコドンドンと打ち鳴らされ、俗世を生きる内こびりついた憑き物の如き穢れが根こそぎ落ちるような勢いで、生気が吹き込まれるというか、とにかく心身ともに浄められシャキッと元気になります(あくまで個人的感想ではありますが・・・)。
さて、本宮を出て貴船川沿いにさらに山道を上って行くと、貴船神社の「結社」が左手に見えて来ます。
縁結びを司る御祭神は、山の神・大山祇神の娘である磐長姫。木花咲耶姫のお姉さんです。
さらにその先に進むと、ここが貴船神社の創建の地である「奥宮」。
洪水で流されたため、現在の本宮の位置に1055年に移されたそうです。
奥宮の本殿は小ぶりではありますが、その真下には「龍穴」と言われる大きな穴が空いていて、貴船神社の龍穴は日本三大龍穴の一つとされているそうです。
また本殿に向かって左手には、高さは人の背丈より少し高い程度、上から見れば紡錘型、側面に小岩を貼り付けたか積んだような「御船形石」が鎮座しています。
たしかに舟のように上面は真っ平らで苔生していて、なんとも不思議な形をしています。
御鎮座伝説によると、これは玉依姫命が乗っていらした黄船を、人目に触れぬよう石で包み囲んだものと伝えられています。
真偽のほどはともかくとして、雨水をたっぷりと含んだこの日の貴船の瑞々しさ、神々しさは、明らかに龍日和。
貴船神社で私が愛してやまない御神木の「大桂」が、いつにも増して神々しい耀きを放つ、若草萌ゆる京のひとときでありました。