卯月の天神祭に北野天満宮へ御礼詣りに伺うため、穀雨を過ぎ青もみじが美しい京都を訪れました。

 

「若草萌ゆ」の言葉通り、この季節の京の都は、山も街路樹も何もかもが萌黄や若緑など柔らかなとりどりの緑に彩られ、生命感に満ちあふれ心洗われます。

 

そうした新緑に映えるのが、咲き競うように見頃を迎えている躑躅や石楠花、牡丹に藤花といった花々。

 

行く先々で目を愉しませ、心を和ませてくれます。

 

 

中でもとびきり美しかったのが、宇治・平等院の藤棚です。

 

 

 

 

 

実は宇治を訪れるのは今回が初めてだったのですが、雲ひとつない晴天に恵まれたこともあり、深いエメラルドグリーンを湛えた宇治川の美しさと、清々として穏やかな風土が醸し出す “氣”の良さに、すっかり魅力されました。

 

そして初めて眼前にする鳳凰堂と、今が盛りと咲きこぼれ匂い立つ藤の花とのコントラスト。

 

 

 

 

どこまでも瀟洒で端正で、優美で気品に満ちながら、なんとも優しく温かい心持ちで参拝する者をすっぽりと包み込んでくれる。

 

古人(いにしえびと)が残した言の葉が物語るように、この世の極楽浄土とはまさに此処であると、納得の平等院・鳳凰堂でありました。

 

さらに平等院は鳳凰堂のみならず、宇治川や対岸の山々を借景に取り込んだ浄土式庭園や、モダンアートミュージアムかと見まごうスタイリッシュな宝物館、そしてそこに所蔵される数多の国宝や重要文化財などの仏像や美術品の数々に至るまで、とにかく何もかもが瀟洒かつ優美で、まさしく平等院ごのみ。

 

秋の唐紅に染まる頃も格別と聞きますので、またのご縁をいただけるのであれば錦繍の極楽浄土も、ぜひ再訪してみたいものです。

 

 

 

 

 

ちなみに平等院から宇治川に添って歩いていくと対岸に見えるのが、日本最古の神社建築とされる「宇治上神社(うじがみじんじゃ)」。

 

 

 

 

新緑に映える朱塗りの鳥居を越え参道を登っていくと、神さびた小ぶりの山門があらわれます。

 

そこをくぐると、海を吹き抜ける風に立つさざ波のように繊細な曲線が美しい、「縋破風(すがるはふ)」という屋根を擁した拝殿。

 

さらにその先が本殿となり、こちらは一間社(いっけんしゃ)流造(ながれつく)りのなんとも鄙びた古式ゆかしいお社で、思わずほっこりしてしまいます。

 

 

 

 

拝殿脇には、宇治では今はここだけという名水「桐原水」が湧き出ている手水舎もあり、身も心も浄められる、実に気持ちの良い神社です。

 

 

さて、抜けるような晴天に映える青葉もさることながら、穀雨に濡れる若緑の美しさもまた格別です。

 

次回は、しっとりと眩い慈雨を纏った新緑の貴船神社をご紹介します。