融通無碍に貫き通す。

人それぞれの価値観を認め

でも、正解は自分が決める

 

畑:たくさんの人に支えられてといつも感謝しながらも、決して満足してしまわず田臥選手は、そこからポンと次のところへ飛び出していくという感覚があるんですが・・・。

 

田臥:それがうまくいくかどうかは全然わからないし、もちろん結果を恐れるときもあるのですが、でも最終的にやらないことの方が一番後悔をするのだと思います。だったらやってみて、ダメならダメでまた次の一歩だったり、次の扉を開いてみればまた違う世界が広がるのではないかなという思いです。

 

畑:能代工業高校で9冠、そのまま日本でプレーをしていたら盤石で、そこから海外へという展開もあったはずですよね。なのにポンとアメリカ留学をされました。築き上げたものが大きければ大きいほど、失うことは恐怖だと思うのですが・・・。

 

田臥:築き上げてきたという感覚が多分ないのだと思います。ですから、ゼロにするっていう感覚もないです。9冠達成は本当に嬉しかったし、ありがたいことでしたが、それがすべてとは思ってなかった。自分一人でやったとも思っていないので、そこですかね。NBAへの挑戦も「日本でやっていれば」っていう言い方をして下さる方もいますが、正解が何なのかわからないじゃないですか? 僕もわからないし、それは多分、それぞれの方が決めることであると思います。

 

畑:同じ次元でお話しするのは失礼なんですが、私自身も実はNHKアナウンサーとしてニュースキャスターなどをやらせていただいて、その後フランスのパリに移住しましたが、そのとき本当に色々な方から苦言を呈されたり、バッシングを受けたりもしました。田臥選手が失うものもないし、築き上げたものもないしとおっしゃっても、「勘違いしているんじゃない?」とか、「もう戻ってくる場所はないぞ」とか、言われませんでしたか。

 

田臥:まぁ、NBAに行くときには言われましたね。でも、やるのは自分ですから。いろいろな見方があり、みんなが同じ意見ではない、みんなが自分の味方ではないし、自分の味方になってほしいというのは自分のエゴというかわがままだと思います。だからこそ逆の立場になったときは、そういう風な言い方をしないように気をつけないとと思います。

 

畑:それぞれ多様なのだから、その人その人の価値観があるし、見方があると。それだけでもすごいと思うのですが、さらに自分がされて嫌だったことは人にはしないようにしようと考えられるのは、本当に立派ですね。

 

田臥:どういう気持ちで相手が言ってくれたのかは、僕には分からないんで。自分がどう思うのか、どう振る舞わなければいけないのかという方に少しでもフォーカスした方が、時間のムダにならないと思います。口で言うのは簡単ですが、なるべくそういう意識にしなければならないと思ってます。

 

畑:やっぱりゲームの中でもそういう感覚をずっと持たれているから、平常心のまま客観的に状況判断できるんですね。カーッと熱くなったりはなさらない?

 

田臥:いや、ありますあります(笑)。それで余計な動きをしてしまったり。それがあるからこそ、トライ&エラーではないですが、繰り返し繰り返しやり続けるおもしろさにつながっていくというか、反省できて成長できるんじゃないかと思ってます。

 

 

 

人生100%バスケに捧げる。

それを貫かないのは

バスケに失礼だから

 

畑:でも田臥選手って、そうした記憶のすべてが鮮明に残るわけですから、大変ですよね。

 

田臥:そうですね。いつもバスケのことばっかり考えてます、人よりもずっと。大変ですよね(笑)

 

畑:それだと死んじゃいそうなので、バスケから離れて気分転換されることはないんですか?

 

田臥:ずっと考えていることは大変ですが、苦ではないんです。逆に考えていられることが、ありがたい。特に40歳になって現役でバスケができていると、考えていられることが本当にありがたくて、長く続けるとこうやって見えてくる世界があることも学びでした。

 

畑:8歳でバスケを始めた時に、「これでずっと生きて行こう」と確固たる思いで決意されたわけですから、他のことが入りようもないですね。

 

田臥:正直言って、入れるつもりもありませんでした(笑)。自分で決めたことには頑固だと思います。

 

畑:お話を伺ってると、何でも受け入れてくれて、穏やかに誠実に答えていただけるんですが、何かまったく揺らがないというか・・・

 

田臥:はい、そういう部分はすごくあると思います。チームメイトからは変態扱いされています(笑)。それも全然気にしませんし、それでいいと思ってます。それを貫かないとバスケに対しても失礼というか、それだけ情熱をもって向き合っていたいと思ってやってきています。

 

畑:引退は考えてらっしゃるんですか?

 

田臥:やはり歳を重ねると、そういうことになると思います。

 

畑:田臥選手のお話を伺っていると、現役選手であることと、そうでないことの違いがあまり無さそうな気がします。精神世界とか、人間のあり方とか、きっとこの人は違わないのだろうなと。

 

田臥:バスケくらい情熱を注げる、楽しいものを見つけられればいいなと漠然と思います。

 

畑:「見つけたい」と思いますか?

 

田臥:「見つけたい」という意識よりは、現役をどれだけ長く続けられるかの方に行ってしまいますね。

 

 

 

互いにリスペクトし合える

文化としてのスポーツを

日本にも根付かせたい

 

畑:バスケ人気は今また再燃して来ていると思いますが、これからの日本バスケにはこうなってほしいという、具体的なご希望はありますか?

 

田臥:僕が小さいころはプロリーグはなかったですし、オリンピックなんてまさか出場できるなんて思いませんでした。男子・女子ともに小さい子どもたちのバスケ人口が増えてくれて、上を目指してやっていってもらえることが一番です。アメリカでは文化としてスポーツが根付いているので、日本もそういう風になってくれればうれしいと、スポーツをやってきた身としては大きな夢だと思っています。

 

畑:コロナ禍という状況で、スポーツを含む文化活動全般が“不要不急”と一括りにされる傾向があり、強い違和感を抱いて来ました。東京五輪のおかげで、スポーツはやっぱりすごいパワーをもらえるものだし、必須なものであると、多くの方が感じてくださったと思っています。

 

田臥:本当に大変な状況ですが、やっぱりオリンピックを観ていると一瞬忘れてますよね。スポーツの力ってすごいなと思う瞬間です。元気をもらえたり感動したり、すごく前向きな気持ちにさせてもらえる。スポーツのそういう力は、本当にすごいなと今回改めて思いました。

 

畑:先日子どもたちに「“レジリエンス”という言葉が今のキーワードよ」という話をしたのですが、田臥選手がお持ちの、相手の力をかわしたり、あるいは一旦受け止めてしなやかに自分の力に変えていくような、そういった強靭な復元力のようなものを、スポーツほど具体的にイメージさせてくれるものはないと感じました。

 

田臥:僕のことはわかりませんが・・・、とにかくスポーツの力はすごいです。

 

畑:田臥選手のご本に、親友からの言葉を受けて「明日の自分は今日よりもビッグなはずだ」という一言がありますが、すごくいい言葉ですね。シンプルだけど前向きで志が高い。くじけないで頑張ろうという気持ちにさせてもらえます。指導を受けた方からの言葉でも「これはすごく刺さった」というものはありますか?

 

田臥:ええ、それこそ先ほどの中学校の時の「NBAみたいに思いっきりプレーをしてこい」という言葉。上から押さえつけられるのではなく、可能性を広げてくれる言葉でした。それからNBAのコーチにかけてもらった「大事なのは気持ちの大きさ。体の大きさではない」という言葉。それはとても勇気づけられました。

 

畑:その言葉、本当にかっこよくて、アメリカ的ですよね。

 

田臥:ね、アメリカ的ですよね。「ここで自信をなくしてはダメだぞ!」というときに呼んでくれて、肩を組んでかけてくれた言葉でした。自分もそういう風にタイミングを見て、勇気を与えられる存在でありたいと思わせてくれた言葉です。

 

畑:相手に対する信頼がなくては言えない言葉ですよね。

 

田臥:はい。互いにリスペクトがあればこそです。コミュニケーションを大切にし、うまくいくような道をお互いに探りながらやっていくところに、アメリカのスポーツの真髄を見た気がします。

 

畑:この会場は日本で言う「アクティブラーニング」、それぞれが主体性を持って意見を交わし、発表し合うことで、相手を尊重し互いに協調しながら解決策を探っていくための場なので、今のお話をここで伺えてとても嬉しいです。私たちの教育も、そうあらねばと強く思います。

締めくくりに、田臥選手が今思っている夢、当座の目標を教えていただけますか?

 

田臥:1年でも長く現役としてバスケを楽しむことです。また、バスケットを通じて何か貢献できればとも思っています。

 

畑:東京オリンピック前に行われた強豪国チームを迎えてのテストマッチでは、テレビ中継の解説をなさってましたよね。田臥選手の解説は、素人の私が聴いてもとても分かりやすいです。

 

田臥:本当ですか?そう言ってもらえるととても嬉しいです。プレーヤー以外の立場でも日本バスケに貢献できるよう、自分の幅を広げたいと思っていたところなので。

 

畑:お世辞でなく本当に分かりやすいです。他の解説者ですと、ゲームの盛り上がりに過剰なほど興奮したり、やたらとエピソードやデータを突っ込んで来たりしがちですが、田臥選手の解説はいつも平らかで俯瞰的。ゲームの要所を必要最小限の言葉と絶好のタイミングで教えてくれるので、理解度や面白さが格段に高まります。

 

田臥:いえ、まだやり始めたばかりなので・・・でも、これからも頑張ります。

 

畑:今はコロナ禍でこういった時期ですが、今の子どもたちにも田臥選手のように、海外への扉を開けてもらいたいと思います。日本はとても暮らしやすい国ですが、それだけに画一的であったり、一つのフレームや価値観に押し込められるところがあって、やっぱりいろいろな世界を見て、多様な価値観を理解できる人が増えて行くことが大事だと思います。作新学院でも、今日のお話を是非これからの教育に役立てて参ります。

田臥選手の現役生活が1秒でも長く、そしてバスケ人生が永遠に続くことを、心からお祈りしています。本当にありがとうございました。

 

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<画像出典>

(※1:CYCLE -cyclestyle.net)