6月1日、安倍総理は2017年4月に予定していた消費税率8%から10%への引き上げを、2019年10月へと再延期することを正式に表明しました。
2015年に消費税引き上げを延期した際、安倍首相は「リーマンショックや大震災のような事態が起きない限り、再び延期することはない」と明言しています。
にもかかわらず、今回、再延期を決定した理由について総理は、「中国や新興国経済が落ち込み、世界経済が不透明感を増している。専門家の多くも、世界的な需要の低迷で今年、来年と更なる景気悪化を見込んでいる中、消費増税により日本を再びデフレに陥らせるわけにはいかない。」と説明しました。
伊勢志摩サミットで参加各国首脳から同意を得られなかった、「リーマンショック級」の危機が発生するリスクについてはさすがに否定したものの、アベノミクスが達成した成果を強調した上で、あくまでも世界経済の落ち込みいう外的要因により、消費増税の再延期を決断したと語りました。
しかし、本当に世界経済はそれほどの危機に直面しているのでしょうか?
確かに一時は不安が広がった資源価格の下落や中国経済の失速ですが、価格の下落は一服し、中国の景気失速も底入れの見通しが立って懸念は後退しています。年明けには財政出動を模索していた米国ですが、現在は、大統領選後を睨んで再利上げも視野に入れています。
ゴールデンウィーク中に安倍総理がわざわざ訪問したドイツと英国でも、世界経済の下振れリスクに対する深刻さについて、安倍総理と両首脳との見解の溝は埋まらず、結局、協調しての財政出動に同意してもらえないままサミット本番を迎えることになってしまいました。
どんなに安倍総理が抗弁し詭弁を弄しても、深刻な危機に直面しているのは世界経済ではなく、G7参加国中唯一マイナス成長の瀬戸際に立たされている「日本経済」なのです。
安倍総理が胸を張って主張するようなデフレからの脱却や景気の好転を、国民が実感できていない日本経済の危機は、データの数値を見れば明らかです。
たとえば、経済成長率。自民党時代からのデフレを更に悪化させたとされる民主党政権時代は、2009年から2012年の4年間で経済成長率は平均0.1%。それが安倍政権になると、2013年から2016年の4年間平均で、0.6%。顕著な経済成長は見られていません。
さらに、実質賃金。民主党政権下では、2010年から2012年の3年間累計で0.5%増に対し、安倍政権下では2013年が0.9%減、2014年が2.8%減、2015年が0.9%減と、3年間の累計で4.6%も減少してしまっています。
アベノミクスの「異次元的金融緩和」により円安が進行、それを追い風に企業収益が拡大したにもかかわらず、日本経済はなぜこのように低迷しているのでしょうか。
その背景には、円安により企業収益が増加した分だけ、輸入インフレにより家計の可処分所得が減少しているという事実があります。その結果、実質賃金は下落を続け、GDPの6割超を占める個人消費が大幅に落ち込んでいるのです。
安倍総理は、円安で大企業が潤えば賃金が上昇し設備投資が進んで、やがてその恩恵は中小零細企業や地方の末端まで行きわたると主張します。しかし、こうしたいわゆるトリクルダウン理論(富める者が富めば、貧しい者にも自ずと富が滴り落ちるとする経済理論)が幻想に過ぎないことは、この理論を生んだ米国で貧富の格差が著しく拡大し、大統領選で反エスタブリッシュ(支配階級)を掲げるトランプ候補やサンダース候補が旋風を巻き起こしている状況を見ればわかるはずです。
しかし、個人消費や設備投資を冷え込ませている原因は、円安だけではありません。
国民ひとり一人の心の中にある“将来への不安感”が、何より財布のひもを固くさせています。
消費税は年金や医療、介護や子育てといった社会保障を支える安定財源です。そして現在の日本は、国の借金だけで1000兆円を超える巨額の財政赤字を抱えています。GDPの2倍を超えるこの債務は先進国の中で最悪で、今回の消費税率引き上げの再延期により、そのツケは将来世代にさらに回されることとなります。
当面、日本が財政破綻する確率は低いとはいえ、再延期によりそのリスクは確実に高まり、今後、日本の国債の格付けが下がることも考えられます。そうなれば長期金利が上昇し、日本企業が社債発行などで資金を調達する費用は増加してしまいます。
政府は2020年度に国と地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス)を黒字にする目標を掲げ、今回の再延期後もそれを堅持するとしています。しかし、どうやって達成するというのでしょうか?
政府の試算では、予定通り消費税率10%への引き上げを実施し、さらに名目成長率が3%程度の高成長を実現したとしても、20年度の基礎的収支は6.5兆円の赤字が見込まれていました。目標達成を掲げる以上、政府は歳出を削減するなり、消費税以外の税収を増やすなり、達成に向けての財源を具体的に示さなければなりません。そうでなければ、政府に対する信用が失墜してしまいます。
にもかかわらず政府・与党内では参院選を直前にして、消費増税の先送りに加え、大型の補正予算案を編成し景気対策をはかるべきという意見が盛んに出されています。
このままでは国民も企業も、将来に対する不安がより一層増幅し、消費は落ち込み景気は低迷して、やがて経済も財政も破綻してしまいます。
サプライズ頼みの金融緩和や、カンフル剤のような財政出動を繰り返して目先の成長率を押し上げても、実体経済が改善しなければその効果は一過性で終わってしまいます。後には、混乱と不安定化、そして借金の山が残るだけです。
場当たり的でその場しのぎな政策や、関係省庁からの寄せ集め(永田町では通称「ホッチキス」と呼ばれる)の如き総花的政策はもうこのくらいにして、日本は今、本気で「構造改革」を断行すべき時に来ています。
ドイツのシュレーダー政権が実行し成長を実現したように、労働市場の柔軟化、社会保障制度の抜本改革、規制緩和といった構造改革が待ったなしで求められています。
同時に「イノベーション」政策も、20年一日の如く“掛け声倒れ”のまま進歩を停止した現状から一刻も早く脱却し、加速化する世界競争にキャッチアップしなければなりません、
基礎・応用研究から実用化・産業化まで切れ目のない研究開発体制を構築し、勝負できる分野やテーマを的確に絞り込むための評価システムや、研究者のシーズを社会的ニーズとマッチングさせ実用化・産業化につなげイノベーションを実現させていく促進体制の整備を、国内外の総力を結集して早急に実現しなければなりません。
今、覚悟を決めて構造改革とイノベーションに国を挙げて取りかからねば、この国の未来はなくなってしまう…
“正念場”に立たされているのはアベノミクスだけでなく、日本そのものだと、私はそう思います。