パリ同時多発テロの惨劇から一ヶ月。
日常を楽しむ一般市民を無差別に標的としたテロの衝撃から発した不安と恐怖は、人々の心にひたひたと津波の如く押し寄せ、寛容性や多様性、人権や自由という人間の“良心”を、いま確実に蝕みつつあるように思えます。
米国では「イスラム教徒全面入国禁止」発言後も、次期大統領選の共和党候補ドナルド・トランプ氏が依然として圧倒的な支持率を維持し、同党候補としてはトップを独走。
一方、フランスの州議会選挙では、「移民排斥」を掲げる極右政党・国民戦線(FN)が大躍進。第一回選挙では全国で得票率首位を獲得しました。
さすがに決戦投票では、危機感を強めた与党・社会党と中道右派が協調した結果、勝利には至らなかったもの、国民戦線のマリーヌ・ル・ペン党首は来年の大統領選挙の有力候補と目され、大多数の世論調査で第1回投票で最多票を獲得することが確実視されています。
トランプ候補とル・ペン党首。両氏には、幾つかの共通点があります。
一つは、支持層。
両者とも核になっているのは、グローバリズムや移民の流入で不利益を被った、地方に暮らす低所得者層。強い自国の復活を願い、ポピュリズムに動かされやすい人たちです。
次に、その論調。
イスラム教徒や移民、他民族や欧州連合という共通の敵を作り上げ、景気低迷も治安悪化もすべてその敵のせいだと論理を単純化し、自分が属するコミュニティの一体感を醸成し、支持につなげる。
自国民の純潔性にこだわり、偉大な国の復活を掲げ、愛国心を煽る。
もちろん、支離滅裂な差別発言を繰り返し「暴言王」の異名を持つトランプ候補と、ファシズム政党と揶揄されてきた国民戦線を、得票率首位を獲得するにまで躍進させたル・ペン党首を、同一視することは乱暴と思います。
現在の国民戦線は、ルペン氏の父親が党首であった頃の反ユダヤ主義や露骨な差別主義を排除。若手や左派出身者をスタッフに迎えることで、本来なら社会党に投票するはずの労働者層、低所得者層の支持を獲得しています。
しかしパリに暮らしていた当時、私は実際に何度もテレビニュースで、父親のジャン=マリー・ル・ペン氏がユダヤ人を差別し、ホロコーストを軽んじる発言を耳にし、現代にこのような妄言を口にする政党党首が存在することに震撼しました。
ですから、彼の娘に代替わりすることにより現在の国民戦線が、本当に「極右」ではない民主的な政党に生まれ変わったとは、にわかに信じ難いのです。
「イスラム教徒や移民を排斥すれば、テロの危険は減少する」
イスラム教徒や移民をテロリストと混同して語る、トランプ候補とル・ペン党首のこの主張は、明らかに誤りです。
差別は憎悪に火をつけ、やがて暴力へと発展します。
差別は新たな差別を生み出し、憎悪から暴力への暴走を加速させるばかりです。
平和を守るには、間違いなく武力が必要ですが、私はヒットラーのように、「平和は剣のみで守れる」とは決して思いません。
ポピュリズムやエゴイズムに陥ることなく、不安や恐怖に流されてしまうことなく、私たちはどこまでその理性や良心を健全に維持し、機能させ続けることができるのかー
テロとの闘いの核心は、そこにあるのだと思います。